【完結】転生したら婚約破棄されたけれど、第二の人生、幸せになりますから!

朝日みらい

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第2章 貴族令嬢フィオナとして

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 最初に自分の姿を見たとき、私は思わず息を呑みました。

 いや、赤子の頃はもちろんわからなかったのですが──自我がしっかりしはじめた三歳のある朝、金色の巻き毛に包まれた小さな顔が鏡の中でこちらを見返してきたときの衝撃といったら。

「……誰、この美少女」

 反射的につぶやいてから、「あ、わたしだった」と気づいて、ひとりで苦笑してしまいました。

 鏡の中の少女──私、フィオナ・エルステッドは、どうやらこの世界では名門貴族の長女という立場のようです。

 父は侯爵。亡き母は元王族の血を引く名門の出で、三才年上の兄、使用人は二十人以上。

召使のくせに衣装のフリル数えて小言を言ってくる執事とか、物語でしか見たことなかったけれど──いた。本当にいた。

「お嬢さま、お靴が左右逆でございます」

 「あら、そう。前世では片方ずつ違う靴で駅まで歩いたこともありましたけど」

 「それは人として問題がございます」

 ……ごもっとも。

 私は現在、エルステッド侯爵家の令嬢として、文字通り“完璧に”育てられておりました。

 黄金色の髪に、紅玉のような瞳。小鳥のさえずりを聞き分ける聴覚に、どうやら魔法適性も“桁外れ”とのこと。

 お付きの侍女たちは皆、「まぁ、なんてお美しい……」「まるで絵画の中の姫君のよう……!」と陶酔気味に囁きあっておりましたが──

 その横で、私は黙って紅茶に角砂糖を三つ落としながら、心の中で深いため息を吐くのでした。

(いや、こんな世界、望んで来た覚えはないんですけど)

 目覚めた時点で記憶は前世のまま。

 つまり三十歳の社畜、恋愛経験ゼロ、同僚の顔とExcelの関数しか覚えていないOLの中身を持ったまま、見目麗しい貴族令嬢として生まれ変わってしまったわけで。

「フィオナ様、今日の礼儀作法の授業も完璧でいらっしゃいましたわ」 

「ありがとうございます。でも実は、三秒間だけ正座のまま寝てました」 

「……えっ」

 言ってから気づきました。ここの人々、冗談が通じにくい。

 ともあれ、この世界は剣と魔法が息づく典型的なファンタジー世界。

 そう聞くだけならワクワクもするものですが、実際は──

 朝から晩まで礼儀作法に歴史、剣術、魔法の基礎理論。振る舞い一つで「それは侯爵令嬢の品位にそぐいません」と窘められる日々。

 前世ではタスク地獄。今世では上流階級の期待地獄。どちらも自由とは程遠い。



「ねぇ、リリィ……わたし、ずっとこのまま、“いい子”でいなきゃいけないのかしら」

 ある日の夕暮れ、鏡台の前で髪を梳かしてもらいながら、そっと侍女に尋ねると──

「“いい子”でいられるのは、特別な子だけですよ、お嬢さま」

 そう言って微笑んだリリィの言葉に、私は返事ができませんでした。

 ──特別であることは、望んだことじゃなかったのに。

 ドレスの裾を翻して歩くたび、足取りは軽やかなのに、心は不思議と重たく沈むのです。

 そして、私は密かに、胸の奥に小さな願いを抱くようになりました。

(自由に……生きてみたいな)

 お茶会の場でお行儀よく微笑む自分。

 母の前では気丈に振る舞い、父の前では誇り高く──

 けれどそのすべてが、どこか仮面のように感じられるのです。
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