【完結】転生したら婚約破棄されたけれど、第二の人生、幸せになりますから!

朝日みらい

文字の大きさ
31 / 51

第31章 火の灯る窓辺

しおりを挟む
 風邪をこじらせて、寝込んでしまいました。

 ……ええ、あの満月の夜、あれだけ薄着で庭をうろついたのですから当然ですわよね。

言い訳のしようがございません。

 喉はひりひりと痛むし、咳は止まらないし、頭はぼうっとするし。

鼻が詰まってものの味も香りもしません。

でも、唯一よかったのは──。

 レオニード様が、今夜もそばにいてくださっているということでした。

「……まだ、眠れないのか?」

 その声に、わたくしは枕元でこくりとうなずきました。

布団から出るのも億劫で、声を出すのすら面倒でしたけれど、その人の気配だけは、すぐにわかります。

 窓辺には、やさしい灯りがひとつ。

ランプの光に照らされたレオニード様の横顔は、どこか夢の中の誰かみたいで……なんだか現実味がありませんでした。

 それでも、彼は黙ってわたくしの好きな本を手に取り、ページをめくって、読み始めてくれました。

「……“小さな鳥は、ある日、海を越えようと決めた。誰もがそれを無理だと言ったが、鳥は笑ってこう言った──『風がある限り、私の翼は空を忘れない』……”」

 その声は、低く落ち着いていて、どんな薬より効きそうな気がいたします。

「ふふ……それ、子どもの頃、大好きだったお話ですわ。よく覚えていてくださいましたね」

「お前が読んでくれと、毎回せがんでただろう。忘れろって方が無理だ」

 読みながら、時折そうやって冗談を交えてくださるものですから、咳き込みながらもつい笑ってしまいました。

「……こんなふうに看病されるの、初めてです」

 わたくしがぽつりとそう呟くと、レオニード様は少しだけ、ページをめくる手を止めました。

「……俺もだ。誰かのために、眠れない夜を過ごすなんて、初めてだ」

 それは、熱のせいではなく、心にじんわり染み込むような言葉でした。

「まあ……では、おあいこですわね」

「ふっ、そういうことにしておこうか」

 わたくしの額にかかった髪を、そっと指先で払ってくださった彼は、立ち上がるでもなく、また窓辺の椅子に腰を戻されました。

 窓の外には、やわらかい夜の気配。ほんのかすかに、春の気配さえ感じるような気がします。

「……レオニード様」

「ん?」

「ずっと、ここにいてくださるのですか?」

 その問いは、熱に浮かされてうっかり口に出てしまったものでした。

でも、次の彼の言葉が、わたしの心をもっと熱くさせました。

「窓の灯がついている限り、お前の傍にいる」

 ……ああ、これは夢でしょうか。風邪の熱が見せた幻?

 でも、その声があまりにも真っ直ぐで、あまりにもやさしくて。

 わたしはそのまま、安心してまぶたを閉じました。

彼の声と灯りの揺らぎが、交互に、波のように、わたしを包んでくれます。

「……寝たか?」

「……寝てません」

「嘘つけ、目閉じてるじゃないか」

「“寝ようとしているだけ”です」

「……まったく、子どもか」

「子どもだったら、もうとっくに治ってますわ。風邪なんて」

「それは……たしかにそうだな」

 くすっと、笑い合いました。

 眠れない夜でしたが、それでも、心はとても温かかったのです。

* * *

 翌朝、わたしは少しだけ熱が下がりました。

 目を覚ましたとき、ランプは消えていましたが、窓辺の椅子に、たたまれた上着が残されていたのです。

 それは、レオニード様のものでした。

 ……きっと、あのあとも、ずっとここにいてくださったのでしょう。

 ふと、窓の外を見れば、遠く空に雲雀の声。

 その朝、執事が一通の手紙を持ってまいりました。

差出人は、懐かしい名前──

「……クラリッサ?」

 わたしの幼馴染からの、便りでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...