【完結】平凡令嬢、実はざまぁ請負人~婚約破棄された令嬢たちの代理で復讐します~

朝日みらい

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最終章 ざまあ請負人、恋に落ちる

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 カイル様の告白を受け、わたしは、ただただ温かい腕の中にいました。

  彼の胸に顔を埋め、彼の心臓の力強い鼓動を耳にするたびに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。

  この温かさは、もう失いたくない。

  この安らぎは、もう誰にも渡したくない。

  そう、心の底から思いました。

 「カイル様、もう少しだけ……もう少しだけ、こうしていてもよろしいでしょうか?」

 わたしがそっと尋ねると、彼はわたしの髪を優しく撫でながら、くすりと笑ってくれました。

  「リリアーナ嬢が望む限り、いくらでも」

  その言葉に、わたしは、彼の胸に顔をより深く埋めました。

  彼の胸は、とても広くて、安心できる場所でした。

 どれほどの時間が経ったでしょうか。

  ゆっくりと顔を上げました。

  カイル様は、わたしの顔にそっと手を添え、親指でわたしの頬を優しく撫でました。

  「……もう、泣いていませんね」

  「はい」

  わたしは、少し恥ずかしくなって、うつむきました。 

 彼は、そんなわたしの様子を見て、もう一度、優しく笑ってくれました。

 「リリアーナ嬢。君の過去の傷を、俺が全て癒すことはできないかもしれません。ですが、これからは、君が二度と傷つかないように、俺が守ります」

 その言葉を聞いて、わたしは、彼の手に、そっと自分の手を重ねました。

  「カイル様……ありがとうございます」

 生まれて初めて、誰かの優しさに、心から甘えることができました。

  それは、とても怖くて、そして、とても温かいことでした。


 それから、カイル様は、毎日、わたしの家に顔を出すようになりました。

  彼は、わたしが刺繍をしている隣で、黙って本を読んだり、わたしが焼いたお菓子を「美味しいですね」と、嬉しそうに食べてくれたりしました。

  そんな彼と一緒にいる時間が、とても幸せでした。

  今まで、誰にも見せることのなかった素顔を、少しずつ、彼に見せていく。

  それは、とても勇気がいることでしたが、彼の優しい眼差しと、温かい手に触れるたびに、わたしの心は、少しずつ溶けていきました。


 しかし、そんな平和な日々は、長くは続きませんでした。

  ある日の午後、わたしのもとに、新しい依頼が舞い込んできたのです。

 「リリアーナ様、私、このままでは、社交界での地位を失ってしまいますわ……!」

 サロンに現れたのは、伯爵家のご令嬢、アメリア様でした。

  彼女は、見るからに可愛らしい容姿をしていましたが、その瞳は、不安と絶望で揺れていました。

  「落ち着いて、アメリア様。まずは、お話をうかがいましょう」 

 紅茶を淹れて、アメリア様の向かいに座りました。

 「実は、わたくしの婚約者様が……」

  アメリア様は、そう言って、涙声で話し始めました。 

 彼女の婚約者は、王国騎士団に所属する、若きエリート騎士、アルベルト様。

  彼は、真面目で、誰からも慕われる、非の打ち所のない人物だそうです。

 しかし、彼は、極度の……。

 「……極度の、剣術馬鹿でございますの!」 

 アメリア様は、そう叫んで、テーブルに突っ伏してしまいました。

  「ええと……、剣術馬鹿、ですか?」

 思わず、聞き返しました。

 アメリア様の話によると、アルベルト様は、剣術の稽古に夢中で、社交界のパーティーにも、ほとんど顔を出さないそうです。

  ようやくパーティーに来たと思ったら、他の騎士と剣術談義に花を咲かせ、アメリア様を完全に放置。

  おまけに、アメリア様が刺繍をしたハンカチを贈ったところ、「素晴らしい!これで、また剣を拭くことができます!」と、嬉しそうに言って、稽古場に持って行ってしまったそうです。

 「わたくしは、もう、どうしたらいいのか……。このままでは、『婚約者に放置された可哀想な令嬢』として、社交界の笑い者になってしまいますわ!」

   アメリア様は、泣きながら、わたしに依頼を持ちかけました。

 (なるほど……。今回は、純粋な『ざまあ』ではなく、ちょっとした『お仕置き』が必要そうですわね)

 わたしは、心の中で、そう呟きました。

   そして、ふと、頭の中に、ある人物の顔が浮かびました。 

 王国騎士団所属。冷静沈着。そして、人の心をよく観察する……。 

 カイル様ですわ。

 「アメリア様、今回は、少しばかり、強力な助っ人をお借りすることになるかもしれませんわ」

 そう言うと、アメリア様は、きょとんとした顔をしました。


 その日の夜、わたしは、カイル様に、今回の依頼について、全て話しました。 

 「……というわけで、今回は、アルベルト様という騎士様がターゲットなのです」

  そう言うと、カイル様は、真剣な顔で、わたしの話を聞いていました。

  そして、話が終わると、彼は、少しだけ驚いたような顔をして、言いました。

 「……アルベルトか。彼は、確かに、少しばかり、剣術に夢中になりすぎる嫌いがありますね」

 「ふふ。カイル様も、ご存知でしたか」

  そう言うと、彼は、困ったように笑ってくれました。 

 「ええ。彼は、とても優秀な騎士なのですが……。どうも、社交界の作法には、疎いようです」

 「そういうことなのです。そこで、カイル様。……実は、お願いしたいことがございます」

  少しだけ、彼の様子を伺いました。

 「俺にも、手伝わせてくれないか?」

  カイル様は、わたしの言葉を待つことなく、そう言ってくれました。

  思わず、彼の顔を見つめました。

  真剣な眼差しで、わたしのことを見てくれていました。

 「今回は、アメリア様の『幸せ』がゴールです。侯爵様を没落させるような、大きなざまあではありません。だから……」

 「だから、俺が、君の隣で、一緒にその『幸せ』を演出したいのです」
 
 カイル様は、わたしの言葉を遮って、そう言ってくれました。

 わたしは、胸がいっぱいになり、思わず、彼の手を取りました。 

 「カイル様……」

  「リリアーナ嬢。君の『ざまあ請負人』としての顔も、俺は、大好きです」
  彼は、そう言って、わたしの手を、彼の頬に優しく押し当てました。


 それから、わたしたちの『ざまあ計画』が始まりました。

  今回の計画は、とてもシンプルです。 

 まずは、アルベルト様を、騎士団の稽古場から、社交界のパーティーへと誘い出すこと。 

 そして、そこで、アメリア様が、他の男性と楽しそうに話している姿を見せる。

  アルベルト様の『嫉妬心』に火をつけ、アメリア様の大切さを、彼に気づかせるのです。

 わたしは、カイル様と一緒に、騎士団の稽古場へ向かいました。

  そこで、わたしは、アルベルト様に声をかけました。

  「アルベルト様、お久しぶりでございますわ。相変わらず、剣の腕前は素晴らしいと、お噂は伺っております」 

 すると、アルベルト様は、少し戸惑ったような顔をして、言いました。 

 「ええと……、リリアーナ嬢、でしたか? ありがとうございます」

 (ふふ。やはり、アメリア様の話は本当でしたわ) 

 心の中で、そう呟きました。

  わたしは、カイル様と一緒に、アルベルト様に、パーティーへの誘いをかけました。

  「もしよろしければ、今夜、私とカイル様と、ご一緒に、舞踏会へいらっしゃいませんか?」

  すると、アルベルト様は、少し困ったような顔をして、言いました。 

 「しかし、今夜は、新しい剣技を学ぶ予定でして……」

 (出たわね、剣術馬鹿!) 

 心の中で、そう叫びました。

  その時、カイル様が、アルベルト様の肩に、そっと手を置きました。  

 「アルベルト。剣は、いつでも振れる。だが、女性との時間は、二度と戻ってこない」

  その言葉は、とても重みがありました。

  アルベルト様は、カイル様の言葉に、少しだけ考え込むような顔をしました。 

 そして、少し悩んだ後、ようやく、頷いてくれました。

 「わかりました。では、今夜、ご一緒させていただければと」 

 「よかった!では、今夜、パーティー会場で、お待ちしておりますわ」


 そして、その夜。 

 パーティー会場で、わたしたちの『ざまあ計画』が、ついに実行されました。 

 わたしは、アルベルト様を、アメリア様から少し離れた場所に誘導しました。

  そこで、アメリア様の魅力について、語り始めました。 

 「アメリア様は、お料理も、刺繍も、とてもお上手で。最近は、お花を活けることも、お勉強していらっしゃるそうですわ」

  すると、アルベルト様は、少し驚いたような顔をして、言いました。

  「そうなのですか……。知りませんでした」

  「……アルベルト様は、いつも、剣術の稽古で、お忙しいですからね」

  少しだけ、皮肉を込めて、そう言いました。

 その時、カイル様が、アメリア様の手を取り、ダンスへと誘いました。

  カイル様は、とてもダンスが上手で、アメリア様も、とても楽しそうに踊っています。 

 その様子を、アルベルト様は、じっと見つめていました。

  彼の瞳の中に、少しずつ、『後悔』の色が浮かんでくるのが、わたしにはわかりました。

 「……アルベルト様?」 

 そう尋ねると、彼は、ハッとしたように、言いました。

  「……俺は、ずっと、アメリアのことを、放置していました。なんて馬鹿なことを……!」 

 そんなアルベルト様を見て、心の中で、にやりと笑いました。


 その夜、アルベルト様は、アメリア様に、心から謝罪しました。

  そして、もう二度と、剣術の稽古ばかりで、アメリア様を放置しないと、誓ってくれました。


 「リリアーナ様、本当にありがとうございました!」 

 アメリア様は、そう言って、幸せそうに、アルベルト様と手を取り合いました。

  その様子を見て、心の底から、この仕事をしてよかったと思いました。


 わたしは、静かに、パーティー会場を後にしました。 

 すると、カイル様が、わたしの隣に、そっと並んでくれました。

 「リリアーナ嬢。見事な手腕でしたね」 

 「ふふ。カイル様のおかげですわ」

  彼に、そう言って、微笑みました。

 「リリアーナ嬢……」

  カイル様は、わたしの手を取り、優しく、そして、真剣な眼差しで見つめました。 

 「もう、仮面をかぶらなくていい。君のすべてが、俺は好きだから」

 彼の言葉に、何も言わずに、ただ、彼の手を握り返しました。

  その手は、とても温かく、わたしの心を温めてくれました。

 「カイル様……。私の『ざまあ請負人』としての仕事は、これからも、続いていくと思います。でも……」

 彼の手に、そっと自分の手を重ねました。

  「これからは、カイル様と、二人で、この道を歩んでいきたいです」

 そう言うと、カイル様は、わたしの髪を優しく撫で、そして、頬に、そっとキスをしてくれました。

  「リリアーナ嬢。いつでも、君の隣にいます。君の『ざまあ』も、『幸せ』も、全て、俺が支えます」



 わたしは、もう、平凡な令嬢ではありません。

  愛する人と共に、この世界で、わたしらしく生きていく。

 「平凡で地味な令嬢だなんて、もう誰にも言わせませんわ!」



【完】
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