12 / 12
最終章 ざまあ請負人、恋に落ちる
しおりを挟む
カイル様の告白を受け、わたしは、ただただ温かい腕の中にいました。
彼の胸に顔を埋め、彼の心臓の力強い鼓動を耳にするたびに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。
この温かさは、もう失いたくない。
この安らぎは、もう誰にも渡したくない。
そう、心の底から思いました。
「カイル様、もう少しだけ……もう少しだけ、こうしていてもよろしいでしょうか?」
わたしがそっと尋ねると、彼はわたしの髪を優しく撫でながら、くすりと笑ってくれました。
「リリアーナ嬢が望む限り、いくらでも」
その言葉に、わたしは、彼の胸に顔をより深く埋めました。
彼の胸は、とても広くて、安心できる場所でした。
どれほどの時間が経ったでしょうか。
ゆっくりと顔を上げました。
カイル様は、わたしの顔にそっと手を添え、親指でわたしの頬を優しく撫でました。
「……もう、泣いていませんね」
「はい」
わたしは、少し恥ずかしくなって、うつむきました。
彼は、そんなわたしの様子を見て、もう一度、優しく笑ってくれました。
「リリアーナ嬢。君の過去の傷を、俺が全て癒すことはできないかもしれません。ですが、これからは、君が二度と傷つかないように、俺が守ります」
その言葉を聞いて、わたしは、彼の手に、そっと自分の手を重ねました。
「カイル様……ありがとうございます」
生まれて初めて、誰かの優しさに、心から甘えることができました。
それは、とても怖くて、そして、とても温かいことでした。
それから、カイル様は、毎日、わたしの家に顔を出すようになりました。
彼は、わたしが刺繍をしている隣で、黙って本を読んだり、わたしが焼いたお菓子を「美味しいですね」と、嬉しそうに食べてくれたりしました。
そんな彼と一緒にいる時間が、とても幸せでした。
今まで、誰にも見せることのなかった素顔を、少しずつ、彼に見せていく。
それは、とても勇気がいることでしたが、彼の優しい眼差しと、温かい手に触れるたびに、わたしの心は、少しずつ溶けていきました。
しかし、そんな平和な日々は、長くは続きませんでした。
ある日の午後、わたしのもとに、新しい依頼が舞い込んできたのです。
「リリアーナ様、私、このままでは、社交界での地位を失ってしまいますわ……!」
サロンに現れたのは、伯爵家のご令嬢、アメリア様でした。
彼女は、見るからに可愛らしい容姿をしていましたが、その瞳は、不安と絶望で揺れていました。
「落ち着いて、アメリア様。まずは、お話をうかがいましょう」
紅茶を淹れて、アメリア様の向かいに座りました。
「実は、わたくしの婚約者様が……」
アメリア様は、そう言って、涙声で話し始めました。
彼女の婚約者は、王国騎士団に所属する、若きエリート騎士、アルベルト様。
彼は、真面目で、誰からも慕われる、非の打ち所のない人物だそうです。
しかし、彼は、極度の……。
「……極度の、剣術馬鹿でございますの!」
アメリア様は、そう叫んで、テーブルに突っ伏してしまいました。
「ええと……、剣術馬鹿、ですか?」
思わず、聞き返しました。
アメリア様の話によると、アルベルト様は、剣術の稽古に夢中で、社交界のパーティーにも、ほとんど顔を出さないそうです。
ようやくパーティーに来たと思ったら、他の騎士と剣術談義に花を咲かせ、アメリア様を完全に放置。
おまけに、アメリア様が刺繍をしたハンカチを贈ったところ、「素晴らしい!これで、また剣を拭くことができます!」と、嬉しそうに言って、稽古場に持って行ってしまったそうです。
「わたくしは、もう、どうしたらいいのか……。このままでは、『婚約者に放置された可哀想な令嬢』として、社交界の笑い者になってしまいますわ!」
アメリア様は、泣きながら、わたしに依頼を持ちかけました。
(なるほど……。今回は、純粋な『ざまあ』ではなく、ちょっとした『お仕置き』が必要そうですわね)
わたしは、心の中で、そう呟きました。
そして、ふと、頭の中に、ある人物の顔が浮かびました。
王国騎士団所属。冷静沈着。そして、人の心をよく観察する……。
カイル様ですわ。
「アメリア様、今回は、少しばかり、強力な助っ人をお借りすることになるかもしれませんわ」
そう言うと、アメリア様は、きょとんとした顔をしました。
その日の夜、わたしは、カイル様に、今回の依頼について、全て話しました。
「……というわけで、今回は、アルベルト様という騎士様がターゲットなのです」
そう言うと、カイル様は、真剣な顔で、わたしの話を聞いていました。
そして、話が終わると、彼は、少しだけ驚いたような顔をして、言いました。
「……アルベルトか。彼は、確かに、少しばかり、剣術に夢中になりすぎる嫌いがありますね」
「ふふ。カイル様も、ご存知でしたか」
そう言うと、彼は、困ったように笑ってくれました。
「ええ。彼は、とても優秀な騎士なのですが……。どうも、社交界の作法には、疎いようです」
「そういうことなのです。そこで、カイル様。……実は、お願いしたいことがございます」
少しだけ、彼の様子を伺いました。
「俺にも、手伝わせてくれないか?」
カイル様は、わたしの言葉を待つことなく、そう言ってくれました。
思わず、彼の顔を見つめました。
真剣な眼差しで、わたしのことを見てくれていました。
「今回は、アメリア様の『幸せ』がゴールです。侯爵様を没落させるような、大きなざまあではありません。だから……」
「だから、俺が、君の隣で、一緒にその『幸せ』を演出したいのです」
カイル様は、わたしの言葉を遮って、そう言ってくれました。
わたしは、胸がいっぱいになり、思わず、彼の手を取りました。
「カイル様……」
「リリアーナ嬢。君の『ざまあ請負人』としての顔も、俺は、大好きです」
彼は、そう言って、わたしの手を、彼の頬に優しく押し当てました。
それから、わたしたちの『ざまあ計画』が始まりました。
今回の計画は、とてもシンプルです。
まずは、アルベルト様を、騎士団の稽古場から、社交界のパーティーへと誘い出すこと。
そして、そこで、アメリア様が、他の男性と楽しそうに話している姿を見せる。
アルベルト様の『嫉妬心』に火をつけ、アメリア様の大切さを、彼に気づかせるのです。
わたしは、カイル様と一緒に、騎士団の稽古場へ向かいました。
そこで、わたしは、アルベルト様に声をかけました。
「アルベルト様、お久しぶりでございますわ。相変わらず、剣の腕前は素晴らしいと、お噂は伺っております」
すると、アルベルト様は、少し戸惑ったような顔をして、言いました。
「ええと……、リリアーナ嬢、でしたか? ありがとうございます」
(ふふ。やはり、アメリア様の話は本当でしたわ)
心の中で、そう呟きました。
わたしは、カイル様と一緒に、アルベルト様に、パーティーへの誘いをかけました。
「もしよろしければ、今夜、私とカイル様と、ご一緒に、舞踏会へいらっしゃいませんか?」
すると、アルベルト様は、少し困ったような顔をして、言いました。
「しかし、今夜は、新しい剣技を学ぶ予定でして……」
(出たわね、剣術馬鹿!)
心の中で、そう叫びました。
その時、カイル様が、アルベルト様の肩に、そっと手を置きました。
「アルベルト。剣は、いつでも振れる。だが、女性との時間は、二度と戻ってこない」
その言葉は、とても重みがありました。
アルベルト様は、カイル様の言葉に、少しだけ考え込むような顔をしました。
そして、少し悩んだ後、ようやく、頷いてくれました。
「わかりました。では、今夜、ご一緒させていただければと」
「よかった!では、今夜、パーティー会場で、お待ちしておりますわ」
そして、その夜。
パーティー会場で、わたしたちの『ざまあ計画』が、ついに実行されました。
わたしは、アルベルト様を、アメリア様から少し離れた場所に誘導しました。
そこで、アメリア様の魅力について、語り始めました。
「アメリア様は、お料理も、刺繍も、とてもお上手で。最近は、お花を活けることも、お勉強していらっしゃるそうですわ」
すると、アルベルト様は、少し驚いたような顔をして、言いました。
「そうなのですか……。知りませんでした」
「……アルベルト様は、いつも、剣術の稽古で、お忙しいですからね」
少しだけ、皮肉を込めて、そう言いました。
その時、カイル様が、アメリア様の手を取り、ダンスへと誘いました。
カイル様は、とてもダンスが上手で、アメリア様も、とても楽しそうに踊っています。
その様子を、アルベルト様は、じっと見つめていました。
彼の瞳の中に、少しずつ、『後悔』の色が浮かんでくるのが、わたしにはわかりました。
「……アルベルト様?」
そう尋ねると、彼は、ハッとしたように、言いました。
「……俺は、ずっと、アメリアのことを、放置していました。なんて馬鹿なことを……!」
そんなアルベルト様を見て、心の中で、にやりと笑いました。
その夜、アルベルト様は、アメリア様に、心から謝罪しました。
そして、もう二度と、剣術の稽古ばかりで、アメリア様を放置しないと、誓ってくれました。
「リリアーナ様、本当にありがとうございました!」
アメリア様は、そう言って、幸せそうに、アルベルト様と手を取り合いました。
その様子を見て、心の底から、この仕事をしてよかったと思いました。
わたしは、静かに、パーティー会場を後にしました。
すると、カイル様が、わたしの隣に、そっと並んでくれました。
「リリアーナ嬢。見事な手腕でしたね」
「ふふ。カイル様のおかげですわ」
彼に、そう言って、微笑みました。
「リリアーナ嬢……」
カイル様は、わたしの手を取り、優しく、そして、真剣な眼差しで見つめました。
「もう、仮面をかぶらなくていい。君のすべてが、俺は好きだから」
彼の言葉に、何も言わずに、ただ、彼の手を握り返しました。
その手は、とても温かく、わたしの心を温めてくれました。
「カイル様……。私の『ざまあ請負人』としての仕事は、これからも、続いていくと思います。でも……」
彼の手に、そっと自分の手を重ねました。
「これからは、カイル様と、二人で、この道を歩んでいきたいです」
そう言うと、カイル様は、わたしの髪を優しく撫で、そして、頬に、そっとキスをしてくれました。
「リリアーナ嬢。いつでも、君の隣にいます。君の『ざまあ』も、『幸せ』も、全て、俺が支えます」
わたしは、もう、平凡な令嬢ではありません。
愛する人と共に、この世界で、わたしらしく生きていく。
「平凡で地味な令嬢だなんて、もう誰にも言わせませんわ!」
【完】
彼の胸に顔を埋め、彼の心臓の力強い鼓動を耳にするたびに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。
この温かさは、もう失いたくない。
この安らぎは、もう誰にも渡したくない。
そう、心の底から思いました。
「カイル様、もう少しだけ……もう少しだけ、こうしていてもよろしいでしょうか?」
わたしがそっと尋ねると、彼はわたしの髪を優しく撫でながら、くすりと笑ってくれました。
「リリアーナ嬢が望む限り、いくらでも」
その言葉に、わたしは、彼の胸に顔をより深く埋めました。
彼の胸は、とても広くて、安心できる場所でした。
どれほどの時間が経ったでしょうか。
ゆっくりと顔を上げました。
カイル様は、わたしの顔にそっと手を添え、親指でわたしの頬を優しく撫でました。
「……もう、泣いていませんね」
「はい」
わたしは、少し恥ずかしくなって、うつむきました。
彼は、そんなわたしの様子を見て、もう一度、優しく笑ってくれました。
「リリアーナ嬢。君の過去の傷を、俺が全て癒すことはできないかもしれません。ですが、これからは、君が二度と傷つかないように、俺が守ります」
その言葉を聞いて、わたしは、彼の手に、そっと自分の手を重ねました。
「カイル様……ありがとうございます」
生まれて初めて、誰かの優しさに、心から甘えることができました。
それは、とても怖くて、そして、とても温かいことでした。
それから、カイル様は、毎日、わたしの家に顔を出すようになりました。
彼は、わたしが刺繍をしている隣で、黙って本を読んだり、わたしが焼いたお菓子を「美味しいですね」と、嬉しそうに食べてくれたりしました。
そんな彼と一緒にいる時間が、とても幸せでした。
今まで、誰にも見せることのなかった素顔を、少しずつ、彼に見せていく。
それは、とても勇気がいることでしたが、彼の優しい眼差しと、温かい手に触れるたびに、わたしの心は、少しずつ溶けていきました。
しかし、そんな平和な日々は、長くは続きませんでした。
ある日の午後、わたしのもとに、新しい依頼が舞い込んできたのです。
「リリアーナ様、私、このままでは、社交界での地位を失ってしまいますわ……!」
サロンに現れたのは、伯爵家のご令嬢、アメリア様でした。
彼女は、見るからに可愛らしい容姿をしていましたが、その瞳は、不安と絶望で揺れていました。
「落ち着いて、アメリア様。まずは、お話をうかがいましょう」
紅茶を淹れて、アメリア様の向かいに座りました。
「実は、わたくしの婚約者様が……」
アメリア様は、そう言って、涙声で話し始めました。
彼女の婚約者は、王国騎士団に所属する、若きエリート騎士、アルベルト様。
彼は、真面目で、誰からも慕われる、非の打ち所のない人物だそうです。
しかし、彼は、極度の……。
「……極度の、剣術馬鹿でございますの!」
アメリア様は、そう叫んで、テーブルに突っ伏してしまいました。
「ええと……、剣術馬鹿、ですか?」
思わず、聞き返しました。
アメリア様の話によると、アルベルト様は、剣術の稽古に夢中で、社交界のパーティーにも、ほとんど顔を出さないそうです。
ようやくパーティーに来たと思ったら、他の騎士と剣術談義に花を咲かせ、アメリア様を完全に放置。
おまけに、アメリア様が刺繍をしたハンカチを贈ったところ、「素晴らしい!これで、また剣を拭くことができます!」と、嬉しそうに言って、稽古場に持って行ってしまったそうです。
「わたくしは、もう、どうしたらいいのか……。このままでは、『婚約者に放置された可哀想な令嬢』として、社交界の笑い者になってしまいますわ!」
アメリア様は、泣きながら、わたしに依頼を持ちかけました。
(なるほど……。今回は、純粋な『ざまあ』ではなく、ちょっとした『お仕置き』が必要そうですわね)
わたしは、心の中で、そう呟きました。
そして、ふと、頭の中に、ある人物の顔が浮かびました。
王国騎士団所属。冷静沈着。そして、人の心をよく観察する……。
カイル様ですわ。
「アメリア様、今回は、少しばかり、強力な助っ人をお借りすることになるかもしれませんわ」
そう言うと、アメリア様は、きょとんとした顔をしました。
その日の夜、わたしは、カイル様に、今回の依頼について、全て話しました。
「……というわけで、今回は、アルベルト様という騎士様がターゲットなのです」
そう言うと、カイル様は、真剣な顔で、わたしの話を聞いていました。
そして、話が終わると、彼は、少しだけ驚いたような顔をして、言いました。
「……アルベルトか。彼は、確かに、少しばかり、剣術に夢中になりすぎる嫌いがありますね」
「ふふ。カイル様も、ご存知でしたか」
そう言うと、彼は、困ったように笑ってくれました。
「ええ。彼は、とても優秀な騎士なのですが……。どうも、社交界の作法には、疎いようです」
「そういうことなのです。そこで、カイル様。……実は、お願いしたいことがございます」
少しだけ、彼の様子を伺いました。
「俺にも、手伝わせてくれないか?」
カイル様は、わたしの言葉を待つことなく、そう言ってくれました。
思わず、彼の顔を見つめました。
真剣な眼差しで、わたしのことを見てくれていました。
「今回は、アメリア様の『幸せ』がゴールです。侯爵様を没落させるような、大きなざまあではありません。だから……」
「だから、俺が、君の隣で、一緒にその『幸せ』を演出したいのです」
カイル様は、わたしの言葉を遮って、そう言ってくれました。
わたしは、胸がいっぱいになり、思わず、彼の手を取りました。
「カイル様……」
「リリアーナ嬢。君の『ざまあ請負人』としての顔も、俺は、大好きです」
彼は、そう言って、わたしの手を、彼の頬に優しく押し当てました。
それから、わたしたちの『ざまあ計画』が始まりました。
今回の計画は、とてもシンプルです。
まずは、アルベルト様を、騎士団の稽古場から、社交界のパーティーへと誘い出すこと。
そして、そこで、アメリア様が、他の男性と楽しそうに話している姿を見せる。
アルベルト様の『嫉妬心』に火をつけ、アメリア様の大切さを、彼に気づかせるのです。
わたしは、カイル様と一緒に、騎士団の稽古場へ向かいました。
そこで、わたしは、アルベルト様に声をかけました。
「アルベルト様、お久しぶりでございますわ。相変わらず、剣の腕前は素晴らしいと、お噂は伺っております」
すると、アルベルト様は、少し戸惑ったような顔をして、言いました。
「ええと……、リリアーナ嬢、でしたか? ありがとうございます」
(ふふ。やはり、アメリア様の話は本当でしたわ)
心の中で、そう呟きました。
わたしは、カイル様と一緒に、アルベルト様に、パーティーへの誘いをかけました。
「もしよろしければ、今夜、私とカイル様と、ご一緒に、舞踏会へいらっしゃいませんか?」
すると、アルベルト様は、少し困ったような顔をして、言いました。
「しかし、今夜は、新しい剣技を学ぶ予定でして……」
(出たわね、剣術馬鹿!)
心の中で、そう叫びました。
その時、カイル様が、アルベルト様の肩に、そっと手を置きました。
「アルベルト。剣は、いつでも振れる。だが、女性との時間は、二度と戻ってこない」
その言葉は、とても重みがありました。
アルベルト様は、カイル様の言葉に、少しだけ考え込むような顔をしました。
そして、少し悩んだ後、ようやく、頷いてくれました。
「わかりました。では、今夜、ご一緒させていただければと」
「よかった!では、今夜、パーティー会場で、お待ちしておりますわ」
そして、その夜。
パーティー会場で、わたしたちの『ざまあ計画』が、ついに実行されました。
わたしは、アルベルト様を、アメリア様から少し離れた場所に誘導しました。
そこで、アメリア様の魅力について、語り始めました。
「アメリア様は、お料理も、刺繍も、とてもお上手で。最近は、お花を活けることも、お勉強していらっしゃるそうですわ」
すると、アルベルト様は、少し驚いたような顔をして、言いました。
「そうなのですか……。知りませんでした」
「……アルベルト様は、いつも、剣術の稽古で、お忙しいですからね」
少しだけ、皮肉を込めて、そう言いました。
その時、カイル様が、アメリア様の手を取り、ダンスへと誘いました。
カイル様は、とてもダンスが上手で、アメリア様も、とても楽しそうに踊っています。
その様子を、アルベルト様は、じっと見つめていました。
彼の瞳の中に、少しずつ、『後悔』の色が浮かんでくるのが、わたしにはわかりました。
「……アルベルト様?」
そう尋ねると、彼は、ハッとしたように、言いました。
「……俺は、ずっと、アメリアのことを、放置していました。なんて馬鹿なことを……!」
そんなアルベルト様を見て、心の中で、にやりと笑いました。
その夜、アルベルト様は、アメリア様に、心から謝罪しました。
そして、もう二度と、剣術の稽古ばかりで、アメリア様を放置しないと、誓ってくれました。
「リリアーナ様、本当にありがとうございました!」
アメリア様は、そう言って、幸せそうに、アルベルト様と手を取り合いました。
その様子を見て、心の底から、この仕事をしてよかったと思いました。
わたしは、静かに、パーティー会場を後にしました。
すると、カイル様が、わたしの隣に、そっと並んでくれました。
「リリアーナ嬢。見事な手腕でしたね」
「ふふ。カイル様のおかげですわ」
彼に、そう言って、微笑みました。
「リリアーナ嬢……」
カイル様は、わたしの手を取り、優しく、そして、真剣な眼差しで見つめました。
「もう、仮面をかぶらなくていい。君のすべてが、俺は好きだから」
彼の言葉に、何も言わずに、ただ、彼の手を握り返しました。
その手は、とても温かく、わたしの心を温めてくれました。
「カイル様……。私の『ざまあ請負人』としての仕事は、これからも、続いていくと思います。でも……」
彼の手に、そっと自分の手を重ねました。
「これからは、カイル様と、二人で、この道を歩んでいきたいです」
そう言うと、カイル様は、わたしの髪を優しく撫で、そして、頬に、そっとキスをしてくれました。
「リリアーナ嬢。いつでも、君の隣にいます。君の『ざまあ』も、『幸せ』も、全て、俺が支えます」
わたしは、もう、平凡な令嬢ではありません。
愛する人と共に、この世界で、わたしらしく生きていく。
「平凡で地味な令嬢だなんて、もう誰にも言わせませんわ!」
【完】
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
貧乏伯爵家の妾腹の子として生まれましたが、何故か王子殿下の妻に選ばれました。
木山楽斗
恋愛
アルフェンド伯爵家の妾の子として生まれたエノフィアは、軟禁に近い状態で生活を送っていた。
伯爵家の人々は決して彼女を伯爵家の一員として認めず、彼女を閉じ込めていたのである。
そんな彼女は、ある日伯爵家から追放されることになった。アルフェンド伯爵家の財政は火の車であり、妾の子である彼女は切り捨てられることになったのだ。
しかし同時に、彼女を訪ねてくる人が人がいた。それは、王国の第三王子であるゼルーグである。
ゼルーグは、エノフィアを妻に迎えるつもりだった。
妾の子であり、伯爵家からも疎まれていた自分が何故、そんな疑問を覚えながらもエノフィアはゼルーグの話を聞くのだった。
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。
天音ねる(旧:えんとっぷ)
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】
アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。
愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。
何年間も耐えてきたのに__
「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」
アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。
愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。
誤字訂正ありがとうございました。4話の助詞を修正しました。
「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました
ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」
王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。
誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。
「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」
笑い声が響く。
取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。
胸が痛んだ。
けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。
氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。
吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる