【完結】森で出会ったもふもふ獣は、元婚約者でした。しかも超かわいい。

朝日みらい

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最終章:もふもふだった彼と、始まりの約束

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 王城の朝は、どこかくすんだ空気をしていました。

 混乱はまだ続いています。

偽王子の一件が解決したとはいえ、急に王族の入れ替わりが起きたこと、魔族の存在が公に知れ渡ったこと――人々の心は揺れていて当然でした。

 

 でも、わたしはもう逃げるつもりはありません。

 ここで、ノアの隣に立っていたいのです。

 

 王都に戻ってからというもの、わたしは街の治癒院や巡礼所に出向いて、癒しの術を授けています。

偽王子によって始められた戦によって傷ついた兵士や、心を病んだ市民、そして混乱の中で我が子を失った母親に――ただ静かに、そっと手を添えて。

 

「ありがとう、聖女さま。もふもふだった王子さまのお話、子どもが大好きなんです」

 そんな言葉をかけられるたび、なんとも言えない気持ちになります。

やっと思い出として笑えるようになってきました。

 

 いつしか、街の子どもたちはわたしを“もふもふ聖女”と呼ぶようになりました。

 ……語感がちょっとゆるい気もしますけど、まあ、愛称ということで受け入れました。

 

 

 ある夕暮れ、王城の中庭で、ノアと並んで薬草を干していた時のことです。

 彼が唐突に、わたしの手を取りました。

 

「セリナ」

 

 その声は、以前より少し低く、でも優しさは変わらずに響いていました。

 

「君がいなければ、僕はもうとっくに消えていた。あの姿のまま、誰にも知られずに……」

 

 わたしの手を握るその指先は、あのもふもふの肉球とは違って、少しだけ汗ばんでいて、そして――暖かかったのです。

 

「今度こそ、君を幸せにさせてほしい」

 

 わたしは、その言葉に少しだけ目を伏せて、頬が火照るのを隠すためにわざとつんとした声を返しました。

 

「じゃあ、まずは……今夜のスープからお願いします。あれ、前回は塩入れすぎでしたよ」

 

 ノアは苦笑しながら、そっと頷きました。

 

「え、いまプロポーズした気分だったのに……台所修行から始まるの?」

「当然です。また、もふもふ期の記憶を取り戻してもらわないと」

 

 そのやり取りを聞いていたらしい木陰から、ちいさく「ふにっ」と鳴く声が聞こえました。

 

「……今のって」

 

 中庭の花の植え込みから、ころんと転がるように出てきた小さな獣。

その姿は、かつてノアがもふもふだった頃に似ていて。

 丸い耳に、ぶち模様の鼻。ころんとしたお腹を揺らしながら、ちょこちょこと駆け寄ってきます。

 

「ふにっ」

 

 わたしの膝にすっぽり収まったその小さな命は、まるで運命が連れてきてくれたように感じられました。

 

 

 ――恋も、奇跡も、戦いも。

 

 すべて、あの“もふもふ”から始まったのですから。



 【完】
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