3 / 10
3 ローラン・フォースター
しおりを挟む
「何か先が見えたのですね?」
フロイドは微笑むと、革の手提げ鞄から活版印刷された小冊子を取り出した。
それは、昨年、卒業論文で王立医学学会でシシリーが発表した、オークの血液が人間のものに近く、さらに研究を重ねれば代用ができる可能性が高いことに触れた内容だった。
フロイドは、冊子をめくりながら、
「君の研究がすばらしいと思って、三日ほど馬車でここまで来たんです。そして、もし、研究を続けたいなら援助をしたいと、伝えたかったものでね」
卒業を控え、研究はあきらめ、そのまま田舎の実家に戻ろうと考えていたシシリーにとって、またのない提案である。
「ありがとうございます。わたし、研究を続けたい。ぜひ、お願いします」
「なら、良かった。卒業までは、王宮近くのサンテス公爵が留守なので、屋敷を借りている。卒業までにはどこか研究場所を考えておくから」
「よろしくお願いします!」
シシリーは頭を下げると、
「家まで送ろう」と、馬車でベイリー地区の下宿先まで送ってくれる。
下宿の門前に、同じ組で同郷の幼なじみであるローランが、じれったそうに足踏みしながら待っていた。
「シシリー、一体、何やってるんだ」
車内から降りて来るなり、金髪巻き毛の少年はシシリーに駈け寄り、両手を握った。
「心配して戻ってきたんだ。まあ、何より無事で良かった」
それから、ローランは車内の窓から遠巻きに見ている、灰色の青年に気づいた。
「あの方って、まさか、転落した時の……?」
「フロイド・ベッテル先生。命の恩人よ」
フロイドは車内の窓から遠慮がちに軽く帽子を脱いで会釈したのち、足早に馬車は走り去っていく。
ローランは世界中の魔獣を退治して、報奨金を稼ぐ冒険者に憧れて、武術を学ぶために、同じ学園に通っている。
研究職を目指しているシシリーとは違う学部であっても、悪役令嬢ジョセフィーヌやそれに加担する国王の子爵や親衛隊出身の子息たちからいじめに遭うシシリーを何度も助けてきた。
登校や下校も、できるだけ調整して共にし、同じ下宿で別室だが、食事もいっしょに食べる。
むろん、シシリーと王太子との恋のこともよく知っているし、応援してきた。
階段で三階の自室に戻りながら、
「さっきの王太子とジョセフィーヌの結婚話はジョークだったんだ」
と、ローランは気の毒そうに告げた。
「な、何それ……」
シシリーは、信じられないと、しきりに首を横に振る。
「君がどう行動するか、笑いものにしようという、ジョセフィーヌ嬢や取り巻きたちのいたずらだ」
「なら、さっき、馬車に乗って、オークがいる路地裏まで連れて行かれたのも……」
シシリーは言葉を失い、足を止めた。
「シシリー、どうしたの?」
「わたし、殺されかけたの。だまされて……」
「ちっ! 何てことしやがる。今すぐにでもジョセフィーヌの屋敷に乗り込んで、父親の公爵に言いつけて……!」
シシリーは、薄く笑みを浮かべて、ローランの腕を掴み、「もう、いいの」と再び階段を上がり始める。
「何でだよ。抗議しないと、またやられるよ」
「平気よ。わたし、もう、ジョセフィーヌと同じ道は歩まない。だから、こんな罠にもはまらないわ」
自室の廊下の前で、ローランに向き直る。
「わたし、フロイド先生に教えてもらったの。自分が進むべき道が何なのかをね。それじゃあ、おやすみなさい」
シシリーが部屋に戻るのを確かめて、ローランも向かいの自室で、椅子にもたれる。
王太子とジョセフィーヌが結婚すると聞いたとき、内心、ホッとしたのは本心だ。
シシリーとは使用人の平民だった頃からの知り合いだし、ローランの公爵家とシシリーのタール男爵家とはお隣であるから、出入りも多かった。
シシリーは見た目は大人しく見えるが、実は活発で心根がしっかりとした子どもだった。同じくやんちゃだったローランとは森や林で追いかけっこをしたり、虫や魚を捕まえたりしたものだ。
冒険者になりたいと思ったのも、将来、もしシシリーが望むなら夫婦になって、世界中を旅しながら楽しく暮らしたいという淡い夢があったからでもある。
「フロイドか……」
シシリーが彼の名前を出したときの瞳の一瞬の煌めきを、ローランは見逃さなかった。
あの男は何者なんだろう。
ローランは、据え付けのベッドに横になりながら、フロイドについて調べてみようと思った。
フロイドは微笑むと、革の手提げ鞄から活版印刷された小冊子を取り出した。
それは、昨年、卒業論文で王立医学学会でシシリーが発表した、オークの血液が人間のものに近く、さらに研究を重ねれば代用ができる可能性が高いことに触れた内容だった。
フロイドは、冊子をめくりながら、
「君の研究がすばらしいと思って、三日ほど馬車でここまで来たんです。そして、もし、研究を続けたいなら援助をしたいと、伝えたかったものでね」
卒業を控え、研究はあきらめ、そのまま田舎の実家に戻ろうと考えていたシシリーにとって、またのない提案である。
「ありがとうございます。わたし、研究を続けたい。ぜひ、お願いします」
「なら、良かった。卒業までは、王宮近くのサンテス公爵が留守なので、屋敷を借りている。卒業までにはどこか研究場所を考えておくから」
「よろしくお願いします!」
シシリーは頭を下げると、
「家まで送ろう」と、馬車でベイリー地区の下宿先まで送ってくれる。
下宿の門前に、同じ組で同郷の幼なじみであるローランが、じれったそうに足踏みしながら待っていた。
「シシリー、一体、何やってるんだ」
車内から降りて来るなり、金髪巻き毛の少年はシシリーに駈け寄り、両手を握った。
「心配して戻ってきたんだ。まあ、何より無事で良かった」
それから、ローランは車内の窓から遠巻きに見ている、灰色の青年に気づいた。
「あの方って、まさか、転落した時の……?」
「フロイド・ベッテル先生。命の恩人よ」
フロイドは車内の窓から遠慮がちに軽く帽子を脱いで会釈したのち、足早に馬車は走り去っていく。
ローランは世界中の魔獣を退治して、報奨金を稼ぐ冒険者に憧れて、武術を学ぶために、同じ学園に通っている。
研究職を目指しているシシリーとは違う学部であっても、悪役令嬢ジョセフィーヌやそれに加担する国王の子爵や親衛隊出身の子息たちからいじめに遭うシシリーを何度も助けてきた。
登校や下校も、できるだけ調整して共にし、同じ下宿で別室だが、食事もいっしょに食べる。
むろん、シシリーと王太子との恋のこともよく知っているし、応援してきた。
階段で三階の自室に戻りながら、
「さっきの王太子とジョセフィーヌの結婚話はジョークだったんだ」
と、ローランは気の毒そうに告げた。
「な、何それ……」
シシリーは、信じられないと、しきりに首を横に振る。
「君がどう行動するか、笑いものにしようという、ジョセフィーヌ嬢や取り巻きたちのいたずらだ」
「なら、さっき、馬車に乗って、オークがいる路地裏まで連れて行かれたのも……」
シシリーは言葉を失い、足を止めた。
「シシリー、どうしたの?」
「わたし、殺されかけたの。だまされて……」
「ちっ! 何てことしやがる。今すぐにでもジョセフィーヌの屋敷に乗り込んで、父親の公爵に言いつけて……!」
シシリーは、薄く笑みを浮かべて、ローランの腕を掴み、「もう、いいの」と再び階段を上がり始める。
「何でだよ。抗議しないと、またやられるよ」
「平気よ。わたし、もう、ジョセフィーヌと同じ道は歩まない。だから、こんな罠にもはまらないわ」
自室の廊下の前で、ローランに向き直る。
「わたし、フロイド先生に教えてもらったの。自分が進むべき道が何なのかをね。それじゃあ、おやすみなさい」
シシリーが部屋に戻るのを確かめて、ローランも向かいの自室で、椅子にもたれる。
王太子とジョセフィーヌが結婚すると聞いたとき、内心、ホッとしたのは本心だ。
シシリーとは使用人の平民だった頃からの知り合いだし、ローランの公爵家とシシリーのタール男爵家とはお隣であるから、出入りも多かった。
シシリーは見た目は大人しく見えるが、実は活発で心根がしっかりとした子どもだった。同じくやんちゃだったローランとは森や林で追いかけっこをしたり、虫や魚を捕まえたりしたものだ。
冒険者になりたいと思ったのも、将来、もしシシリーが望むなら夫婦になって、世界中を旅しながら楽しく暮らしたいという淡い夢があったからでもある。
「フロイドか……」
シシリーが彼の名前を出したときの瞳の一瞬の煌めきを、ローランは見逃さなかった。
あの男は何者なんだろう。
ローランは、据え付けのベッドに横になりながら、フロイドについて調べてみようと思った。
1
あなたにおすすめの小説
契約婚のはずが、腹黒王太子様に溺愛されているようです
星月りあ
恋愛
「契約結婚しませんか? 愛を求めたりいたしませんので」
そう告げられた王太子は面白そうに笑った。
目が覚めると公爵令嬢リリカ・エバルディに転生していた主人公。ファンタジー好きの彼女は喜んだが、この国には一つ大きな問題があった。それは紅茶しかないということ。日本茶好きの彼女からしたら大問題である。
そんな中、王宮で日本茶に似た茶葉を育てているらしいとの情報を得る。そして、リリカは美味しいお茶を求め、王太子に契約結婚を申し出た。王太子はこれまで数多くの婚約を断ってきたため女性嫌いとも言われる人物。
そう、これはそのためだけのただの契約結婚だった。
それなのに
「君は面白いね」「僕から逃げられるとでも?」
なぜか興味をもたれて、いつしか溺愛ムードに突入していく……。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
転生したら魔王のパートナーだったので、悪役令嬢にはなりません。
Y.ひまわり
恋愛
ある日、私は殺された。
歩道橋から突き落とされた瞬間、誰かによって手が差し伸べられる。
気づいたら、そこは異世界。これは、私が読んでいた小説の中だ。
私が転生したのは、悪役令嬢ベアトリーチェだった。
しかも、私が魔王を復活させる鍵らしい。
いやいや、私は悪役令嬢になるつもりはありませんからね!
悪役令嬢にならないように必死で努力するが、宮廷魔術師と組んだヒロイン聖女に色々と邪魔されて……。
魔王を倒すために、召喚された勇者はなんと転生前の私と関わりの深い人物だった。
やがて、どんどん気になってくる魔王の存在。前世に彼と私はどんな関係にあったのか。
そして、鍵とはいったいーー。
※毎日6時と20時に更新予定。全114話(番外編含む)
★小説家になろうでも掲載しています。
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
婚約破棄された伯爵令嬢は隣国の将軍に求婚され、前世の記憶を取り戻す
nacat
恋愛
婚約者である王太子に身に覚えのない罪を着せられ、婚約破棄された伯爵令嬢エリシア。
廷臣たちの嘲笑の中、隣国の若き将軍ライナルトが現れ、「ならば、俺が君を妻にしよう」と求婚する。
彼はただの救い手ではなかった。エリシアの“前世の記憶”と深く結びついた存在だったのだ——。
かつてすべてを失った令嬢が、今世では誰より強く、愛され、そしてざまぁを下す。
溺愛と逆転の物語、ここに開幕。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる