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「エリシア様、こちらが王太子殿下でございます。」
その言葉に、私は思わず背筋を伸ばした。
待ちに待った――いや、少しも待っていなかったと言いたいけれど――新しい夫となるべき人、レオニード王太子との対面の瞬間。
目の前に立つ彼は、冷たい彫刻のような顔立ちをした青年だった。
金色の髪が陽光を受けて眩しく輝き、深い青の瞳は夜空のように澄んでいる。
それは確かに美しい人だったけれど、表情がどこか険しく、まるで私をじろりと品定めするような視線を送ってきた。
「これが…例の『身代わりの花嫁』か。」
彼の口から出た第一声は、氷のように冷たかった。
思わずドキッとしてしまったけれど、ここで怯んではいけない。
私の中の何かがピンと反応した。
「そうです。身代わりの花嫁のエリシアです。何か問題でも?」
ちょっとだけ微笑んで、真っ直ぐに彼の目を見つめ返す。
これは挑発ではなく、礼儀正しい笑顔のつもりだった。
でもその瞬間、彼の眉がほんの少しだけ動いたのを見逃さなかった。
***
「王太子殿下、エリシア様のご挨拶を受けていただけますか?」
側近の人が、若干気まずそうな顔で声を挟んでくる。
どうやらこの険悪な雰囲気が耐えられないらしい。
「挨拶ね。」
彼はゆっくりと私に近づき、まるで相手を試すように腕を組んだ。
「聞こうじゃないか。君がここに来た理由を。」
「和平のためです。両国の絆を強めるために、私はここに参りました。」
しっかりとした声で答える。
だってこれは事実だもの。
けれど、彼の口元には小さな皮肉の笑みが浮かんでいる。
「和平のためね。それなら、君はずいぶんと勇敢だ。」
皮肉めいた言葉にカチンときたけれど、ここで怒ったら負け。
私はあえて穏やかな笑みを浮かべたまま答えた。
「ありがとうございます。勇敢なのが私の取り柄ですので。」
彼の瞳が少しだけ驚いたように見開かれた。
これって、少しは効いた?
***
「ふん、少なくとも泣き虫ではないようだな。」
レオニードの言葉には、どこか挑発的な響きがあった。
でもその一方で、彼の視線は先ほどよりも鋭さを失い、何か探るようなものに変わっている気がする。
「泣き虫ではありませんが、感受性は豊かです。」
私はさらりと答える。
それから一歩だけ彼に近づいてみた。
「王太子殿下がどれほど冷たくとも、私はめげません。お覚悟を。」
これにはさすがの彼も少し面食らったらしく、ほんの一瞬、目を丸くした。
「あ、覚悟か。君は面白いな。」
小さく笑った彼の表情が、ほんのわずかだけ柔らかくなった気がする。
それを見た瞬間、私の胸の中に何か温かいものが広がった。
***
その後、形式的な会話がいくつか交わされ、私たちの初対面の場は終了となった。
けれど、部屋を後にするとき、レオニードが小さく言った一言が耳に残った。
「少しは期待してもいいのかもしれない。」
期待?
何を?
それが褒め言葉なのか、それともまた皮肉なのか、私には分からなかった。
でも、ほんの少しだけ彼が私を認めてくれたような気がして、心の中で小さくガッツポーズをした。
「さて、これからどうなるのかしら。」
私は自分に問いかけながらも、どこか高揚感を感じていた。
彼の冷たさに立ち向かえた自分が、少しだけ誇らしかったのかもしれない。
その言葉に、私は思わず背筋を伸ばした。
待ちに待った――いや、少しも待っていなかったと言いたいけれど――新しい夫となるべき人、レオニード王太子との対面の瞬間。
目の前に立つ彼は、冷たい彫刻のような顔立ちをした青年だった。
金色の髪が陽光を受けて眩しく輝き、深い青の瞳は夜空のように澄んでいる。
それは確かに美しい人だったけれど、表情がどこか険しく、まるで私をじろりと品定めするような視線を送ってきた。
「これが…例の『身代わりの花嫁』か。」
彼の口から出た第一声は、氷のように冷たかった。
思わずドキッとしてしまったけれど、ここで怯んではいけない。
私の中の何かがピンと反応した。
「そうです。身代わりの花嫁のエリシアです。何か問題でも?」
ちょっとだけ微笑んで、真っ直ぐに彼の目を見つめ返す。
これは挑発ではなく、礼儀正しい笑顔のつもりだった。
でもその瞬間、彼の眉がほんの少しだけ動いたのを見逃さなかった。
***
「王太子殿下、エリシア様のご挨拶を受けていただけますか?」
側近の人が、若干気まずそうな顔で声を挟んでくる。
どうやらこの険悪な雰囲気が耐えられないらしい。
「挨拶ね。」
彼はゆっくりと私に近づき、まるで相手を試すように腕を組んだ。
「聞こうじゃないか。君がここに来た理由を。」
「和平のためです。両国の絆を強めるために、私はここに参りました。」
しっかりとした声で答える。
だってこれは事実だもの。
けれど、彼の口元には小さな皮肉の笑みが浮かんでいる。
「和平のためね。それなら、君はずいぶんと勇敢だ。」
皮肉めいた言葉にカチンときたけれど、ここで怒ったら負け。
私はあえて穏やかな笑みを浮かべたまま答えた。
「ありがとうございます。勇敢なのが私の取り柄ですので。」
彼の瞳が少しだけ驚いたように見開かれた。
これって、少しは効いた?
***
「ふん、少なくとも泣き虫ではないようだな。」
レオニードの言葉には、どこか挑発的な響きがあった。
でもその一方で、彼の視線は先ほどよりも鋭さを失い、何か探るようなものに変わっている気がする。
「泣き虫ではありませんが、感受性は豊かです。」
私はさらりと答える。
それから一歩だけ彼に近づいてみた。
「王太子殿下がどれほど冷たくとも、私はめげません。お覚悟を。」
これにはさすがの彼も少し面食らったらしく、ほんの一瞬、目を丸くした。
「あ、覚悟か。君は面白いな。」
小さく笑った彼の表情が、ほんのわずかだけ柔らかくなった気がする。
それを見た瞬間、私の胸の中に何か温かいものが広がった。
***
その後、形式的な会話がいくつか交わされ、私たちの初対面の場は終了となった。
けれど、部屋を後にするとき、レオニードが小さく言った一言が耳に残った。
「少しは期待してもいいのかもしれない。」
期待?
何を?
それが褒め言葉なのか、それともまた皮肉なのか、私には分からなかった。
でも、ほんの少しだけ彼が私を認めてくれたような気がして、心の中で小さくガッツポーズをした。
「さて、これからどうなるのかしら。」
私は自分に問いかけながらも、どこか高揚感を感じていた。
彼の冷たさに立ち向かえた自分が、少しだけ誇らしかったのかもしれない。
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