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第三章

第19話

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 クララは、胸騒ぎを覚えた。

 テレス神官が唱えた呪文は、邪神であるゲリスヘーデス神の闇魔術だったからだった。

 通常の魔術教書の中には白魔術は記述があるが、この闇魔術は扱いには危険が伴うため、使用を禁じられているはず。

 呪文を唱え終えると、テレス神官の周りを覆っていた、黒い霧が晴れた。

 テレス神官は起ち上がると、護衛隊の隊長に手招きをした。

「隊長、わたしの身体を剣で貫きなさい」

「で、ですが……」

 隊長は、脇にさしたホルダーに指を置いたまま、引き抜くのをためらっている。

「でしたら、わたしがあなたを殺しに行きますよ」
 
 テレス神官は、一笑して銀杖を手に取ると、
「神柱よ、槍となれ」と叫んだ。

 すると、杖の先の円柱が鋭い刃に形を変えて、テレス神官は軽々と槍を片手で振り上げながら、隊長に向かっていった。

「神官長様に刃は交えたくはありませんが、仕方ありません」

 隊長はホルダーから剣を引き抜くと、テレス神官の槍と、なんども刃を合わせる。

 そして、不意にテレス神官は槍を投げ出し、隊長の剣先に自らの胸を投げだした。

「テレス神官様! 何てことを!」

 クララは絶句して、目を覆った。
 
 剣がテレス神官の体を貫通していた。
 神官はぐったりとして、首を垂れている。

 隊長は剣を引き抜き、血だらけで横たわるテレス神官を呆然とみていた。

 すると、突然、身体から流れ出た血が炎のように燃え上がった。その火は先ほど傷を付けた大木にも発火して、あっという間に大木は燃え尽きて灰になった。

 火が収まって、一同が固唾をのんで見守っていると、その灰色の煙から、すっくと立ち尽くす人影が見えた。
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