【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい

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第7章 25通の約束

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 あの夜、アルフォンス様が弟君の軍服を静かに抱きしめた光景が、どうしても忘れられません。  
 冷たい雪明かりの中で、彼が一瞬だけ見せた表情――それは孤独でも哀しみでもなく、ほんの少しの安らぎに似ていました。

 たとえ短い瞬間でも、彼の心が凍てついた牢から解き放たれたのなら。  
 そう思うと、この胸の奥があたたかくふくらんでいきます。

(わたしにもできることが、きっとある)

 それが、わたしの“25通目までの約束”の始まりでした。



 雪も少しずつ解けはじめ、屋敷の空気が穏やかに変わっていきました。  
 温室の作業が進み、屋敷の者たちが笑う姿を少しずつ見るようになりました。

「奥様、奥様! 芽が出ましたわ!」  
 ソフィが弾む声で報告し、泥だらけの手を見せて笑います。

 小さな白い芽が、冷たい土を押しのけて顔を出していました。  
 それを見た瞬間、胸の奥がじんと熱を帯びます。

「よかった……本当に春が来るのですね」

「ええ、奥様が届けてくださった春です!」

 その言葉に、思わず顔がほころびました。  
 温室の中の空気はまだ冷たくても、人々の笑い声が明るく響いていました。



 そんなある日。  
 わたしは自室の机の上に、小さな束を作りました。

 同じ封筒、同じ羊皮紙。  
 薄く金の紋様が押された封に、整った文字で「お母様への25の手紙」と記しています。  

「25通、ですか?」とソフィが首をかしげました。

「ええ。この屋敷で過ごすあいだに、25通の手紙を書こうと思うの。  
 書き終えたとき、きっとわたしも変われる気がして」

「奥様……すてきです!」

 ソフィは感極まったように両手を胸に当てて言いました。  
 その真っ直ぐな笑顔に背を押されるように、ペンを取ります。

 最初の行は少し震えていましたが、すぐに光を帯びたような文字が並びました。  
 窓の外からは、遠くで雪解け水が流れる音が聞こえます。

『七通目。  
 25通を書き終えるころには、わたしは変わっているはず。  
 この屋敷が笑顔で満ちるよう、今日も祈っています。』



 雪解けの季節にあわせるように、村の様子も少しずつ変わり始めました。  
 学校の建物を修理して、子どもたちが再び通えるようにしたのです。

「侯爵夫人が先生を探してくださったんだって!」  
「おかげで冬の間に止まっていた勉強が再開できる!」

 そんな声が村のあちこちで聞こえるようになり、笑い合う人々の姿が戻ってきました。

 その知らせを聞いたアルフォンス様は、最初こそ無言でしたが……  
 その晩、廊下ですれ違ったとき、いつもと違ってわずかに立ち止まりました。

「……子どもたちがうるさい」

「まあ、それは困りましたね。……でも、きっとそれは“いい音”ですよ」

 わたしがそう答えると、彼の口端がほんの少しだけ動いた気がしました。  
 笑った、のでしょうか。ほんの一瞬――風のような微笑み。

 初めて見たその表情に、胸の奥で何かがとけるようでした。

(ああ、“氷の侯爵”の中にも春がある)

 その夜、日記のようにまた一枚、手紙を書き加えました。

『七通目。  
 春が少しずつ近づいています。  
 彼の中にも、小さな光が見える気がします。  
 その光を、わたしはどうしても見逃したくありません。』



 数日後の夕暮れ。  
 温室の前で、アルフォンス様が外套姿のまま立っていました。  
 窓越しにわたしを見ると、静かに近づいてきます。

「花が、咲くのか?」

「ええ。白花です。雪を割って咲くように、強い花だと聞きました」

 彼は少しのあいだ黙ってその花壇を見つめていました。  
 冷たい指先でそっと蕾に触れたあと、目を閉じて小さく息をつきます。

「……春の匂いがするな」

 その言葉に、胸が跳ねました。  
 彼の瞳はまだ氷の色をしているけれど、光を閉じ込めるような優しさがありました。

「アルフォンス様……」

「何だ」

「いえ。ただ、わたしも、ようやくここに来てよかったと思えました」

 彼がこちらを見つめ、わずかに頷きました。  
 それだけで、心が満たされるようでした。



 夜、静かな部屋で封筒を閉じます。  
 今日の手紙には、今までよりも長い文章が並んでいました。

『七通目。  
 彼の中にも春があるのなら、わたしはその光を見たい。  
 25通をすべて書き終えるころ、きっと二人の心にも春が咲くだろうと信じています。』

 窓の外では、雪がゆっくりと解けていく音がしています。  
 遠くで犬の吠える声、そして村の子どもたちの笑い声。

 凍りついたグラウベル領に、確かに“春”が訪れ始めていました。
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