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第7章 25通の約束
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あの夜、アルフォンス様が弟君の軍服を静かに抱きしめた光景が、どうしても忘れられません。
冷たい雪明かりの中で、彼が一瞬だけ見せた表情――それは孤独でも哀しみでもなく、ほんの少しの安らぎに似ていました。
たとえ短い瞬間でも、彼の心が凍てついた牢から解き放たれたのなら。
そう思うと、この胸の奥があたたかくふくらんでいきます。
(わたしにもできることが、きっとある)
それが、わたしの“25通目までの約束”の始まりでした。
*
雪も少しずつ解けはじめ、屋敷の空気が穏やかに変わっていきました。
温室の作業が進み、屋敷の者たちが笑う姿を少しずつ見るようになりました。
「奥様、奥様! 芽が出ましたわ!」
ソフィが弾む声で報告し、泥だらけの手を見せて笑います。
小さな白い芽が、冷たい土を押しのけて顔を出していました。
それを見た瞬間、胸の奥がじんと熱を帯びます。
「よかった……本当に春が来るのですね」
「ええ、奥様が届けてくださった春です!」
その言葉に、思わず顔がほころびました。
温室の中の空気はまだ冷たくても、人々の笑い声が明るく響いていました。
*
そんなある日。
わたしは自室の机の上に、小さな束を作りました。
同じ封筒、同じ羊皮紙。
薄く金の紋様が押された封に、整った文字で「お母様への25の手紙」と記しています。
「25通、ですか?」とソフィが首をかしげました。
「ええ。この屋敷で過ごすあいだに、25通の手紙を書こうと思うの。
書き終えたとき、きっとわたしも変われる気がして」
「奥様……すてきです!」
ソフィは感極まったように両手を胸に当てて言いました。
その真っ直ぐな笑顔に背を押されるように、ペンを取ります。
最初の行は少し震えていましたが、すぐに光を帯びたような文字が並びました。
窓の外からは、遠くで雪解け水が流れる音が聞こえます。
『七通目。
25通を書き終えるころには、わたしは変わっているはず。
この屋敷が笑顔で満ちるよう、今日も祈っています。』
*
雪解けの季節にあわせるように、村の様子も少しずつ変わり始めました。
学校の建物を修理して、子どもたちが再び通えるようにしたのです。
「侯爵夫人が先生を探してくださったんだって!」
「おかげで冬の間に止まっていた勉強が再開できる!」
そんな声が村のあちこちで聞こえるようになり、笑い合う人々の姿が戻ってきました。
その知らせを聞いたアルフォンス様は、最初こそ無言でしたが……
その晩、廊下ですれ違ったとき、いつもと違ってわずかに立ち止まりました。
「……子どもたちがうるさい」
「まあ、それは困りましたね。……でも、きっとそれは“いい音”ですよ」
わたしがそう答えると、彼の口端がほんの少しだけ動いた気がしました。
笑った、のでしょうか。ほんの一瞬――風のような微笑み。
初めて見たその表情に、胸の奥で何かがとけるようでした。
(ああ、“氷の侯爵”の中にも春がある)
その夜、日記のようにまた一枚、手紙を書き加えました。
『七通目。
春が少しずつ近づいています。
彼の中にも、小さな光が見える気がします。
その光を、わたしはどうしても見逃したくありません。』
*
数日後の夕暮れ。
温室の前で、アルフォンス様が外套姿のまま立っていました。
窓越しにわたしを見ると、静かに近づいてきます。
「花が、咲くのか?」
「ええ。白花です。雪を割って咲くように、強い花だと聞きました」
彼は少しのあいだ黙ってその花壇を見つめていました。
冷たい指先でそっと蕾に触れたあと、目を閉じて小さく息をつきます。
「……春の匂いがするな」
その言葉に、胸が跳ねました。
彼の瞳はまだ氷の色をしているけれど、光を閉じ込めるような優しさがありました。
「アルフォンス様……」
「何だ」
「いえ。ただ、わたしも、ようやくここに来てよかったと思えました」
彼がこちらを見つめ、わずかに頷きました。
それだけで、心が満たされるようでした。
*
夜、静かな部屋で封筒を閉じます。
今日の手紙には、今までよりも長い文章が並んでいました。
『七通目。
彼の中にも春があるのなら、わたしはその光を見たい。
25通をすべて書き終えるころ、きっと二人の心にも春が咲くだろうと信じています。』
窓の外では、雪がゆっくりと解けていく音がしています。
遠くで犬の吠える声、そして村の子どもたちの笑い声。
凍りついたグラウベル領に、確かに“春”が訪れ始めていました。
冷たい雪明かりの中で、彼が一瞬だけ見せた表情――それは孤独でも哀しみでもなく、ほんの少しの安らぎに似ていました。
たとえ短い瞬間でも、彼の心が凍てついた牢から解き放たれたのなら。
そう思うと、この胸の奥があたたかくふくらんでいきます。
(わたしにもできることが、きっとある)
それが、わたしの“25通目までの約束”の始まりでした。
*
雪も少しずつ解けはじめ、屋敷の空気が穏やかに変わっていきました。
温室の作業が進み、屋敷の者たちが笑う姿を少しずつ見るようになりました。
「奥様、奥様! 芽が出ましたわ!」
ソフィが弾む声で報告し、泥だらけの手を見せて笑います。
小さな白い芽が、冷たい土を押しのけて顔を出していました。
それを見た瞬間、胸の奥がじんと熱を帯びます。
「よかった……本当に春が来るのですね」
「ええ、奥様が届けてくださった春です!」
その言葉に、思わず顔がほころびました。
温室の中の空気はまだ冷たくても、人々の笑い声が明るく響いていました。
*
そんなある日。
わたしは自室の机の上に、小さな束を作りました。
同じ封筒、同じ羊皮紙。
薄く金の紋様が押された封に、整った文字で「お母様への25の手紙」と記しています。
「25通、ですか?」とソフィが首をかしげました。
「ええ。この屋敷で過ごすあいだに、25通の手紙を書こうと思うの。
書き終えたとき、きっとわたしも変われる気がして」
「奥様……すてきです!」
ソフィは感極まったように両手を胸に当てて言いました。
その真っ直ぐな笑顔に背を押されるように、ペンを取ります。
最初の行は少し震えていましたが、すぐに光を帯びたような文字が並びました。
窓の外からは、遠くで雪解け水が流れる音が聞こえます。
『七通目。
25通を書き終えるころには、わたしは変わっているはず。
この屋敷が笑顔で満ちるよう、今日も祈っています。』
*
雪解けの季節にあわせるように、村の様子も少しずつ変わり始めました。
学校の建物を修理して、子どもたちが再び通えるようにしたのです。
「侯爵夫人が先生を探してくださったんだって!」
「おかげで冬の間に止まっていた勉強が再開できる!」
そんな声が村のあちこちで聞こえるようになり、笑い合う人々の姿が戻ってきました。
その知らせを聞いたアルフォンス様は、最初こそ無言でしたが……
その晩、廊下ですれ違ったとき、いつもと違ってわずかに立ち止まりました。
「……子どもたちがうるさい」
「まあ、それは困りましたね。……でも、きっとそれは“いい音”ですよ」
わたしがそう答えると、彼の口端がほんの少しだけ動いた気がしました。
笑った、のでしょうか。ほんの一瞬――風のような微笑み。
初めて見たその表情に、胸の奥で何かがとけるようでした。
(ああ、“氷の侯爵”の中にも春がある)
その夜、日記のようにまた一枚、手紙を書き加えました。
『七通目。
春が少しずつ近づいています。
彼の中にも、小さな光が見える気がします。
その光を、わたしはどうしても見逃したくありません。』
*
数日後の夕暮れ。
温室の前で、アルフォンス様が外套姿のまま立っていました。
窓越しにわたしを見ると、静かに近づいてきます。
「花が、咲くのか?」
「ええ。白花です。雪を割って咲くように、強い花だと聞きました」
彼は少しのあいだ黙ってその花壇を見つめていました。
冷たい指先でそっと蕾に触れたあと、目を閉じて小さく息をつきます。
「……春の匂いがするな」
その言葉に、胸が跳ねました。
彼の瞳はまだ氷の色をしているけれど、光を閉じ込めるような優しさがありました。
「アルフォンス様……」
「何だ」
「いえ。ただ、わたしも、ようやくここに来てよかったと思えました」
彼がこちらを見つめ、わずかに頷きました。
それだけで、心が満たされるようでした。
*
夜、静かな部屋で封筒を閉じます。
今日の手紙には、今までよりも長い文章が並んでいました。
『七通目。
彼の中にも春があるのなら、わたしはその光を見たい。
25通をすべて書き終えるころ、きっと二人の心にも春が咲くだろうと信じています。』
窓の外では、雪がゆっくりと解けていく音がしています。
遠くで犬の吠える声、そして村の子どもたちの笑い声。
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