【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい

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第14章 盗まれた手紙

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 王都での穏やかな日々は、ほんの一枚の紙によって崩れ去りました。

 その朝、わたしは王宮の控え室で侍女から奇妙な顔で1つの封筒を渡されたのです。  
「これを……見つけました。廊下に落ちておりまして」

 受け取った封筒を見て、息が止まりました。  
 それは見覚えのある筆跡でした。自分の、です。  
 表には、丁寧な文字で「十通目」とだけ書かれていました。

(まさか……あの手紙?)

 慌てて封を開くと、確かにわたしが屋敷で書いたもの。  
 アルフォンス様への気持ちを綴った、あの私的な手紙です。  
 胸がざわめき、手が震えました。

「これが、どうして王都に……?」

 頭の中が混乱するまま封を握りしめたとき、別の侍女が駆け込んできました。

「奥様! 大変です、貴婦人方が……! 夜会の広間で、その手紙が読まれています!」

「え……?」

 一瞬、時間が止まりました。  
 次の瞬間には、体が勝手に動いていました。



 大広間の中央。  
 光の海のような燭枝の下で、貴婦人たちが扇を口元に当てながら笑っていました。

「まあ、これをご覧なさいな。ご婦人の恋文ですよ」  
「“彼の瞳は氷のよう。でも、なぜか悲しそうで”――ふふ、不憫な告白ですこと」

 笑いの渦の中心で、高々と手紙を掲げているのは――ルネでした。  
 金色の髪を無造作に撫でつけ、傲慢な笑みを浮かべています。

「これは痛々しい。かつて婚約者だった娘が、あの無愛想な侯爵に恋するなど。  
 憐れではないか、諸君?」

 貴族たちが口々に囁き、失笑が一斉に広がりました。  
 喉がかすれて、声が出ません。足が床に貼りついたように動けませんでした。

 そのとき、重い扉の音が鳴り響きました。

 静寂。  
 誰もがその音に振り返った瞬間――氷を裂くような足音が広間に響きました。

 アルフォンス・ヴェイル侯爵が、堂々と歩いてきたのです。

 どんな華やぎも霞むほどの存在感。  
 彼の纏う冷気が、人々の笑いを一瞬で凍りつかせました。

 ルネが慌てて口を開きます。  
「こ、侯爵殿。これはただの冗談で――」

「その手紙を、返せ」

 低く、凍えるような声でした。  
 動揺したルネが半歩下がります。

「し、しかしこれは社交上の話題で――」

「社交……だと?」

 アルフォンス様はゆっくりと歩み寄り、彼の間近に立ちました。  
 灰色の瞳が、まるで刃のように光ります。

「お前たちの笑いが、俺を救った。  
 この“痛み”を笑うことが、どれほどの愚かさか、知らぬのか」

 ざわめきが波のように引きました。  
 誰も、言葉を発せません。

 わたしは唇を噛んで立ち尽くしていました。  
 その横を通り過ぎた彼は、床に落ちていた封筒を拾い上げ、わたしの手に戻してくれました。

 そのまま、振り返らずに言います。

「この手紙は、俺にとっての救いなのだ。  
 たった一人が俺を見てくれた記録を、他人の玩具などにさせはしない」

 その言葉に、体の奥から熱がこみ上げました。  
 悲しみも、恥も、すべてを包み込むような誇り高い声。  
 涙が溢れたのは、もうどうにも抑えきれなかったからでした。

「アルフォンス様……!」

 彼がゆっくりこちらを振り返り、静かに首を振ります。  
「もう泣くな。……雪の国の春は、泣き顔では似合わない」

 その優しさに、広間のすべての視線が息を呑みました。

 沈黙の侯爵が、愛を語った。  
 それは王都の社交界では語り継がれるほどの事件になったのです。



 夜、宿舎へ戻ると、わたしは手紙を机に置きました。  
 指でゆっくりと表紙を撫で、深く息をつきます。

『十四通目。  
 昔のわたしが書いた“痛み”が、彼の口から“誇り”に変わりました。  
 あの人は、わたしの言葉を笑わせず、救ってくれました。  
 この心の奥に、もう寒さはありません。』

 書き終えた紙の上に、ぽたりと涙の雫が落ちました。  
 でもその涙は、悲しみではなく、温かく輝くものでした。
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