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第14章 盗まれた手紙
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王都での穏やかな日々は、ほんの一枚の紙によって崩れ去りました。
その朝、わたしは王宮の控え室で侍女から奇妙な顔で1つの封筒を渡されたのです。
「これを……見つけました。廊下に落ちておりまして」
受け取った封筒を見て、息が止まりました。
それは見覚えのある筆跡でした。自分の、です。
表には、丁寧な文字で「十通目」とだけ書かれていました。
(まさか……あの手紙?)
慌てて封を開くと、確かにわたしが屋敷で書いたもの。
アルフォンス様への気持ちを綴った、あの私的な手紙です。
胸がざわめき、手が震えました。
「これが、どうして王都に……?」
頭の中が混乱するまま封を握りしめたとき、別の侍女が駆け込んできました。
「奥様! 大変です、貴婦人方が……! 夜会の広間で、その手紙が読まれています!」
「え……?」
一瞬、時間が止まりました。
次の瞬間には、体が勝手に動いていました。
*
大広間の中央。
光の海のような燭枝の下で、貴婦人たちが扇を口元に当てながら笑っていました。
「まあ、これをご覧なさいな。ご婦人の恋文ですよ」
「“彼の瞳は氷のよう。でも、なぜか悲しそうで”――ふふ、不憫な告白ですこと」
笑いの渦の中心で、高々と手紙を掲げているのは――ルネでした。
金色の髪を無造作に撫でつけ、傲慢な笑みを浮かべています。
「これは痛々しい。かつて婚約者だった娘が、あの無愛想な侯爵に恋するなど。
憐れではないか、諸君?」
貴族たちが口々に囁き、失笑が一斉に広がりました。
喉がかすれて、声が出ません。足が床に貼りついたように動けませんでした。
そのとき、重い扉の音が鳴り響きました。
静寂。
誰もがその音に振り返った瞬間――氷を裂くような足音が広間に響きました。
アルフォンス・ヴェイル侯爵が、堂々と歩いてきたのです。
どんな華やぎも霞むほどの存在感。
彼の纏う冷気が、人々の笑いを一瞬で凍りつかせました。
ルネが慌てて口を開きます。
「こ、侯爵殿。これはただの冗談で――」
「その手紙を、返せ」
低く、凍えるような声でした。
動揺したルネが半歩下がります。
「し、しかしこれは社交上の話題で――」
「社交……だと?」
アルフォンス様はゆっくりと歩み寄り、彼の間近に立ちました。
灰色の瞳が、まるで刃のように光ります。
「お前たちの笑いが、俺を救った。
この“痛み”を笑うことが、どれほどの愚かさか、知らぬのか」
ざわめきが波のように引きました。
誰も、言葉を発せません。
わたしは唇を噛んで立ち尽くしていました。
その横を通り過ぎた彼は、床に落ちていた封筒を拾い上げ、わたしの手に戻してくれました。
そのまま、振り返らずに言います。
「この手紙は、俺にとっての救いなのだ。
たった一人が俺を見てくれた記録を、他人の玩具などにさせはしない」
その言葉に、体の奥から熱がこみ上げました。
悲しみも、恥も、すべてを包み込むような誇り高い声。
涙が溢れたのは、もうどうにも抑えきれなかったからでした。
「アルフォンス様……!」
彼がゆっくりこちらを振り返り、静かに首を振ります。
「もう泣くな。……雪の国の春は、泣き顔では似合わない」
その優しさに、広間のすべての視線が息を呑みました。
沈黙の侯爵が、愛を語った。
それは王都の社交界では語り継がれるほどの事件になったのです。
*
夜、宿舎へ戻ると、わたしは手紙を机に置きました。
指でゆっくりと表紙を撫で、深く息をつきます。
『十四通目。
昔のわたしが書いた“痛み”が、彼の口から“誇り”に変わりました。
あの人は、わたしの言葉を笑わせず、救ってくれました。
この心の奥に、もう寒さはありません。』
書き終えた紙の上に、ぽたりと涙の雫が落ちました。
でもその涙は、悲しみではなく、温かく輝くものでした。
その朝、わたしは王宮の控え室で侍女から奇妙な顔で1つの封筒を渡されたのです。
「これを……見つけました。廊下に落ちておりまして」
受け取った封筒を見て、息が止まりました。
それは見覚えのある筆跡でした。自分の、です。
表には、丁寧な文字で「十通目」とだけ書かれていました。
(まさか……あの手紙?)
慌てて封を開くと、確かにわたしが屋敷で書いたもの。
アルフォンス様への気持ちを綴った、あの私的な手紙です。
胸がざわめき、手が震えました。
「これが、どうして王都に……?」
頭の中が混乱するまま封を握りしめたとき、別の侍女が駆け込んできました。
「奥様! 大変です、貴婦人方が……! 夜会の広間で、その手紙が読まれています!」
「え……?」
一瞬、時間が止まりました。
次の瞬間には、体が勝手に動いていました。
*
大広間の中央。
光の海のような燭枝の下で、貴婦人たちが扇を口元に当てながら笑っていました。
「まあ、これをご覧なさいな。ご婦人の恋文ですよ」
「“彼の瞳は氷のよう。でも、なぜか悲しそうで”――ふふ、不憫な告白ですこと」
笑いの渦の中心で、高々と手紙を掲げているのは――ルネでした。
金色の髪を無造作に撫でつけ、傲慢な笑みを浮かべています。
「これは痛々しい。かつて婚約者だった娘が、あの無愛想な侯爵に恋するなど。
憐れではないか、諸君?」
貴族たちが口々に囁き、失笑が一斉に広がりました。
喉がかすれて、声が出ません。足が床に貼りついたように動けませんでした。
そのとき、重い扉の音が鳴り響きました。
静寂。
誰もがその音に振り返った瞬間――氷を裂くような足音が広間に響きました。
アルフォンス・ヴェイル侯爵が、堂々と歩いてきたのです。
どんな華やぎも霞むほどの存在感。
彼の纏う冷気が、人々の笑いを一瞬で凍りつかせました。
ルネが慌てて口を開きます。
「こ、侯爵殿。これはただの冗談で――」
「その手紙を、返せ」
低く、凍えるような声でした。
動揺したルネが半歩下がります。
「し、しかしこれは社交上の話題で――」
「社交……だと?」
アルフォンス様はゆっくりと歩み寄り、彼の間近に立ちました。
灰色の瞳が、まるで刃のように光ります。
「お前たちの笑いが、俺を救った。
この“痛み”を笑うことが、どれほどの愚かさか、知らぬのか」
ざわめきが波のように引きました。
誰も、言葉を発せません。
わたしは唇を噛んで立ち尽くしていました。
その横を通り過ぎた彼は、床に落ちていた封筒を拾い上げ、わたしの手に戻してくれました。
そのまま、振り返らずに言います。
「この手紙は、俺にとっての救いなのだ。
たった一人が俺を見てくれた記録を、他人の玩具などにさせはしない」
その言葉に、体の奥から熱がこみ上げました。
悲しみも、恥も、すべてを包み込むような誇り高い声。
涙が溢れたのは、もうどうにも抑えきれなかったからでした。
「アルフォンス様……!」
彼がゆっくりこちらを振り返り、静かに首を振ります。
「もう泣くな。……雪の国の春は、泣き顔では似合わない」
その優しさに、広間のすべての視線が息を呑みました。
沈黙の侯爵が、愛を語った。
それは王都の社交界では語り継がれるほどの事件になったのです。
*
夜、宿舎へ戻ると、わたしは手紙を机に置きました。
指でゆっくりと表紙を撫で、深く息をつきます。
『十四通目。
昔のわたしが書いた“痛み”が、彼の口から“誇り”に変わりました。
あの人は、わたしの言葉を笑わせず、救ってくれました。
この心の奥に、もう寒さはありません。』
書き終えた紙の上に、ぽたりと涙の雫が落ちました。
でもその涙は、悲しみではなく、温かく輝くものでした。
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