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「いったい何を考えですの! あなた、こんなの正気の沙汰ではございませんわ!」
居間から義母エルザのどなり声が響いてきます。わたしはモップとバケツを手にしたまま、驚きのあまりつい立ち止まりました。
居間の扉が、わずかながら開いています。
(これでは中の会話が筒抜けになってしまうわ)
と、あわてて扉を閉めに向かいます。
「よりによって、あんな成金の女ったらしに大切なマリアンを嫁がせようだなんて、とても賛成できませんわ」
(えっ? 義妹のマリアンを嫁がせるですって)
わたしは、ドアノブを握ろうとした手をかざしたまま、そのままの姿勢で固まってしまいました。
今にはこの家の家長であるわたしの実父チャールズ・エクスター伯爵と正妻のエルザ様、そしてエルザ様の実の娘マリアンが集まっているようです。
扉の隙間からはよく見えませんが、義母と義妹に責め立てられて家長であるお父様はタジタジの様子です。
「しかしエルザ、成金とは言っても、相手はトップス商会の社長だぞ。彼は貴族にも顔がきくし、いい商売はたくさんしていると評判だよ」
「そんなの信じられませんね。アサルト・トップスの名前でしたら私も知っていましてよ。貴族の財産ばかりを根こそぎ奪う、貪欲でスケベな男ですってよ」
(アサルト・トップスですって)
とんでもない名前に、口元を覆います。彼のことなら買い物以外で滅多に街に出ることもないわたしでも知っています。
愛人の遺児でありながら、遺産相続で借金まみれの会社を立て直し巨万の富を築いた新進気鋭のホテルやカジノ経営者です。不動産王と呼ばれるようにもなりましたが、裏では名門貴族に金の貸し付けをしているらしく、あまりいい評判は聞こえてきません。彼によって破産に追い込まれた貴族が少なからず存在しているのは事実です。
(もしかしてギャンブル好きのお父様が、トップス商会からお金を借りて返せない状況に陥っていたら?)
あり得ない話ではありません。エルザ夫人とマリアンの浪費癖も桁違いですから。
毎日のようにドレス職人や宝石商をこの屋敷に出入りさせ、身につける全てのものに最新の流行を取り入れています。お父様はそんな事実から目を背けるためか、最近はトップス氏の経営するカジノホテルでルーレットやポーカーなどのギャンブルにどっぷりはまっているようです。
それでも貴族としての体裁を保つことができていたので、亡くなったわたしのお母様が娘のために遺してくれた財産で何とかしのいているのだろうと思っていました。
「なあ、マリアン。何とかアサルト氏と結婚を考えてほしいんだよ」
「嫌よ。私は絶対、あんな好色成金と結婚しなんてしないんだから!」
激昂したマリアンは急に飛び出して、戸口にいたわたしに衝突しました。弾みで、2人揃って廊下に倒れこむとわたしの存在気づいたマリアンが泣き荒らした目を大きく見開きます。
「まあ、シャーロッテ! 立ち聞きしていたのね。なんて立ちの悪い」
「マリアン……ごめんなさい」
立ち上がろうとすると、お父様とエルザ夫人はこちらを見て、呆気にとられた顔していました。しかし、エルザ夫人がハッと息をのんで、
「そうよ! この娘を代わりに成金と結婚させればいいんだわ」
と、エルザ夫人は痛いほどの力でわたしの髪を引っ張りあげて、自分の顔に近づけました。
「痛いです、お義母様……」
「ふん。背格好は同じくらいね。 瞳の色こそ違うけれど、まあ成金風情の目を満足させる程度は何とかなるでしょうよ」
エルザ夫人のキラキラした笑顔に、わたしは立ちつくしていました。
「この娘をマリアンの代わりに嫁がせましょう。それが一番良い方法ですわ。なんせこの娘だって、愛人の娘でも伯爵家の一員ですもの。少しは家のために役に立ってもらわないと困りますから!」
居間から義母エルザのどなり声が響いてきます。わたしはモップとバケツを手にしたまま、驚きのあまりつい立ち止まりました。
居間の扉が、わずかながら開いています。
(これでは中の会話が筒抜けになってしまうわ)
と、あわてて扉を閉めに向かいます。
「よりによって、あんな成金の女ったらしに大切なマリアンを嫁がせようだなんて、とても賛成できませんわ」
(えっ? 義妹のマリアンを嫁がせるですって)
わたしは、ドアノブを握ろうとした手をかざしたまま、そのままの姿勢で固まってしまいました。
今にはこの家の家長であるわたしの実父チャールズ・エクスター伯爵と正妻のエルザ様、そしてエルザ様の実の娘マリアンが集まっているようです。
扉の隙間からはよく見えませんが、義母と義妹に責め立てられて家長であるお父様はタジタジの様子です。
「しかしエルザ、成金とは言っても、相手はトップス商会の社長だぞ。彼は貴族にも顔がきくし、いい商売はたくさんしていると評判だよ」
「そんなの信じられませんね。アサルト・トップスの名前でしたら私も知っていましてよ。貴族の財産ばかりを根こそぎ奪う、貪欲でスケベな男ですってよ」
(アサルト・トップスですって)
とんでもない名前に、口元を覆います。彼のことなら買い物以外で滅多に街に出ることもないわたしでも知っています。
愛人の遺児でありながら、遺産相続で借金まみれの会社を立て直し巨万の富を築いた新進気鋭のホテルやカジノ経営者です。不動産王と呼ばれるようにもなりましたが、裏では名門貴族に金の貸し付けをしているらしく、あまりいい評判は聞こえてきません。彼によって破産に追い込まれた貴族が少なからず存在しているのは事実です。
(もしかしてギャンブル好きのお父様が、トップス商会からお金を借りて返せない状況に陥っていたら?)
あり得ない話ではありません。エルザ夫人とマリアンの浪費癖も桁違いですから。
毎日のようにドレス職人や宝石商をこの屋敷に出入りさせ、身につける全てのものに最新の流行を取り入れています。お父様はそんな事実から目を背けるためか、最近はトップス氏の経営するカジノホテルでルーレットやポーカーなどのギャンブルにどっぷりはまっているようです。
それでも貴族としての体裁を保つことができていたので、亡くなったわたしのお母様が娘のために遺してくれた財産で何とかしのいているのだろうと思っていました。
「なあ、マリアン。何とかアサルト氏と結婚を考えてほしいんだよ」
「嫌よ。私は絶対、あんな好色成金と結婚しなんてしないんだから!」
激昂したマリアンは急に飛び出して、戸口にいたわたしに衝突しました。弾みで、2人揃って廊下に倒れこむとわたしの存在気づいたマリアンが泣き荒らした目を大きく見開きます。
「まあ、シャーロッテ! 立ち聞きしていたのね。なんて立ちの悪い」
「マリアン……ごめんなさい」
立ち上がろうとすると、お父様とエルザ夫人はこちらを見て、呆気にとられた顔していました。しかし、エルザ夫人がハッと息をのんで、
「そうよ! この娘を代わりに成金と結婚させればいいんだわ」
と、エルザ夫人は痛いほどの力でわたしの髪を引っ張りあげて、自分の顔に近づけました。
「痛いです、お義母様……」
「ふん。背格好は同じくらいね。 瞳の色こそ違うけれど、まあ成金風情の目を満足させる程度は何とかなるでしょうよ」
エルザ夫人のキラキラした笑顔に、わたしは立ちつくしていました。
「この娘をマリアンの代わりに嫁がせましょう。それが一番良い方法ですわ。なんせこの娘だって、愛人の娘でも伯爵家の一員ですもの。少しは家のために役に立ってもらわないと困りますから!」
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