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(まさか本当にマリアンの身代わりをさせられるなんて)
チャールズ伯爵も寸前まで会うのはまだ無理だと抵抗していたのですが、結局はアサルト様に押し切られてしまいました。
お父様は沈痛の面持ちで、謝ってきました。
「すまない、シャーロッテ。だがどうしても我が家にはこの結婚が必要なのだ。恥ずかしい話だが、私はアサルト氏に金を借りていてね。とてもすぐに返せる額ではないのだよ。途方に暮れていた時、何とアサルト氏から私の娘と結婚したい。そうすれば残りの借金は帳消しにすると言われてね」
(やはりお父様は多額の負債を抱えていたのね)
借金の肩代わりで実の娘を差し出すのなら、とんでもない額であることは間違いありません。この結婚話にのらなければ家は破産するでしょう。
「何とか、乗り切ってくれ」
実の父にまでそう頼まれてはわたしも断りにくくなります。とはいえ貴族の令嬢らしく振る舞うなんてとても無理な話です。 つい先ほどまで台所仕事をしていたし、読み書きと計算なら何とかなるとして、教養と呼べるものは何もないのですから。
(わたしなんかで、貴族の令嬢なんて勤まるかしら)
無教養の平民育ちとわかればきっと相手はこの家を破産にまでを追い込むに違いない……。
考えていると、重たいため息ばかりです。
(それにしても随分遅いわね。約束の時間は過ぎているのに)
相手が早く来ることを想定して、30分も前からパラソルの下のテーブル席に腰かけていましたが、予定からもう20分も過ぎています。緊張と、慣れないコルセットに締め付けられているせいか、いつにもまして息苦しく感じられます。
ずっと座っている心境でいられず、とうとう立ち上がりました。
庭では連日多くのバラが競うより花弁を開いています。その凛とした姿を見れば気も晴れるだろうと、ゆったり歩き始めました。
わたしはほどなく一輪の美しい深紅の薔薇の前で足を止めました。
(まあ、綺麗!)
このバラをテーブルの花瓶にさして飾ったらどうだろう。 緊張するお茶の時間も少しは気持ちがほぐれるかもしれない!
わたしは自然と笑みを浮かべながら、そっと花びらの茎をもごうとして手を滑らせてしまいました。
「痛っ……!」
指先に痛みを覚えて、慌てて手を引き抜きました。影に潜んでいた刺にささってしまったのでしょう。指先の部分にじわじわと赤いシミが広がっていきます。
(大変!)
白い手袋を染めていく鮮血に血相変えて、手袋から指を引き抜いきます。
(初対面の大切な日なのに)
泣きそうになってきました。どうしようと途方に暮れたその時です。
いきなり目の前に大きな手が現れたかと思うと、そのままぐいっと手を引っ張られ、思わず振り返った勢いで帽子が落ちました。
ベールも一緒に取り払われ、それまでぼやけていた視界が一気に明るくなりました。目を細めた次の瞬間、わたしは大きな目をさらにいっぱいに広げて開いていました。
そこにいたのは、見上げることに背が高く、そして驚くほど美しい顔立ちをした紳士でした。あまりに端正な顔立ちには息を呑むほどです。
(一体、いつからそこにいたのかしら)
呆然としていると、彼の肉厚の唇が自分の指先に押し付けられるのを感じます。
「きゃっ……!」
小さな悲鳴をあげてしまいました。彼の舌が、血の滲む指をペロリと舐めたのです。それどころか指先を吸い上げられていきます。痛みとも痺れともつかない不思議な感覚でした。
チャールズ伯爵も寸前まで会うのはまだ無理だと抵抗していたのですが、結局はアサルト様に押し切られてしまいました。
お父様は沈痛の面持ちで、謝ってきました。
「すまない、シャーロッテ。だがどうしても我が家にはこの結婚が必要なのだ。恥ずかしい話だが、私はアサルト氏に金を借りていてね。とてもすぐに返せる額ではないのだよ。途方に暮れていた時、何とアサルト氏から私の娘と結婚したい。そうすれば残りの借金は帳消しにすると言われてね」
(やはりお父様は多額の負債を抱えていたのね)
借金の肩代わりで実の娘を差し出すのなら、とんでもない額であることは間違いありません。この結婚話にのらなければ家は破産するでしょう。
「何とか、乗り切ってくれ」
実の父にまでそう頼まれてはわたしも断りにくくなります。とはいえ貴族の令嬢らしく振る舞うなんてとても無理な話です。 つい先ほどまで台所仕事をしていたし、読み書きと計算なら何とかなるとして、教養と呼べるものは何もないのですから。
(わたしなんかで、貴族の令嬢なんて勤まるかしら)
無教養の平民育ちとわかればきっと相手はこの家を破産にまでを追い込むに違いない……。
考えていると、重たいため息ばかりです。
(それにしても随分遅いわね。約束の時間は過ぎているのに)
相手が早く来ることを想定して、30分も前からパラソルの下のテーブル席に腰かけていましたが、予定からもう20分も過ぎています。緊張と、慣れないコルセットに締め付けられているせいか、いつにもまして息苦しく感じられます。
ずっと座っている心境でいられず、とうとう立ち上がりました。
庭では連日多くのバラが競うより花弁を開いています。その凛とした姿を見れば気も晴れるだろうと、ゆったり歩き始めました。
わたしはほどなく一輪の美しい深紅の薔薇の前で足を止めました。
(まあ、綺麗!)
このバラをテーブルの花瓶にさして飾ったらどうだろう。 緊張するお茶の時間も少しは気持ちがほぐれるかもしれない!
わたしは自然と笑みを浮かべながら、そっと花びらの茎をもごうとして手を滑らせてしまいました。
「痛っ……!」
指先に痛みを覚えて、慌てて手を引き抜きました。影に潜んでいた刺にささってしまったのでしょう。指先の部分にじわじわと赤いシミが広がっていきます。
(大変!)
白い手袋を染めていく鮮血に血相変えて、手袋から指を引き抜いきます。
(初対面の大切な日なのに)
泣きそうになってきました。どうしようと途方に暮れたその時です。
いきなり目の前に大きな手が現れたかと思うと、そのままぐいっと手を引っ張られ、思わず振り返った勢いで帽子が落ちました。
ベールも一緒に取り払われ、それまでぼやけていた視界が一気に明るくなりました。目を細めた次の瞬間、わたしは大きな目をさらにいっぱいに広げて開いていました。
そこにいたのは、見上げることに背が高く、そして驚くほど美しい顔立ちをした紳士でした。あまりに端正な顔立ちには息を呑むほどです。
(一体、いつからそこにいたのかしら)
呆然としていると、彼の肉厚の唇が自分の指先に押し付けられるのを感じます。
「きゃっ……!」
小さな悲鳴をあげてしまいました。彼の舌が、血の滲む指をペロリと舐めたのです。それどころか指先を吸い上げられていきます。痛みとも痺れともつかない不思議な感覚でした。
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