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第5章:あふれる微笑み
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「この“星花”を、王妃様に捧げたいんです」
わたしはそう言って、温室の奥に咲く淡青色の花にそっと触れました。
“星花”――夜空に浮かぶ星のように、香りが静かに沁みる癒しの花。香りは控えめで、けれど忘れられない深さを持っています。
王妃様の枕元に添えるには、きっとぴったりだと思いました。
*
調香室に籠もった数日間。
瓶の中に封じ込める香りを、何度も、何度も調整しました。
甘すぎず、苦しすぎず、心に寄り添うバランス。
少しでも王妃様の夜が安らかになるようにと、指先が薬草の粉で染まり、調香帳は何十枚も試作で埋まりました。
わたしは、もうひとりぼっちじゃありません。
この香りに、誰かを守りたいという気持ちを込められるようになったから。
*
「手を、見せてください」
不意にかけられた言葉に驚いて顔を上げると、リアン王子がすぐ傍にいらっしゃいました。
いつも通り、涼やかな瞳。でもその奥には、少し心配そうな光が揺れていました。
「ごめんなさい。忙しすぎて、気づいていませんでした……。指先、荒れてますね」
王子さまは、わたしの手をそっと取って、小瓶から薬を取り出し、静かに塗ってくださったのです。
「あなたの手は、誰かを癒すためにある。僕は、それを守りたいと思っています」
その声は、香りよりも優しくて、深くて――胸の奥にじんわり染みていきました。
「王妃様に、気に入っていただけるでしょうか……」
思わず心の不安がこぼれてしまいます。
でもリアン王子は、わたしの手を握ったまま、まっすぐに言ってくれました。
「きっと。僕が保証します」
その笑顔が、星花の香りに包まれているようで。
「……それなら、もう少しだけ、頑張れそうです」
*
完成した香りを王妃様のもとに届けた日。
宮廷医師が、香袋を枕元にそっと置くと、王妃様は目を閉じて深く呼吸をし――そして、微笑まれたのです。
「……これは、やさしい香りですね」
初めて見ました。王妃様の、安らぎに満ちた微笑み。
その夜、王妃様はぐっすりと眠られたそうです。
*
「香りが、誰かの笑顔を咲かせることって、本当にあるんですね」
わたしはそう言って、調香室に戻る途中の中庭で、王子さまと並んで歩いていました。
「うん。君の香りには、“心を包む力”がある。それは誰にでもできることじゃない」
「でも……わたしは、ただ香りが好きなだけで、技術だってまだまだ未熟ですし……」
「だからこそ、君の香りは人を癒すんだよ。努力だけじゃ届かない、“やさしさのかたち”だから」
その言葉に、なぜか涙がにじみました。
誰かに、わたしの香りを“本物”だと言ってもらえる日が来るなんて――あの日、舞踏会の隅で立ち尽くしていたわたしに教えてあげたいです。
*
王妃様の快復が宮廷内に広まったころ。
わたしは、温室の小さな花たちに微笑みながら語りかけました。
「ありがとう。わたしは、もう逃げないよ。もっと遠くまで、香りを届けてみたい」
そっと星花を摘み、瓶に封じる瞬間。
心が、少しだけ軽くなるような――そんな香りがしました。
わたしはそう言って、温室の奥に咲く淡青色の花にそっと触れました。
“星花”――夜空に浮かぶ星のように、香りが静かに沁みる癒しの花。香りは控えめで、けれど忘れられない深さを持っています。
王妃様の枕元に添えるには、きっとぴったりだと思いました。
*
調香室に籠もった数日間。
瓶の中に封じ込める香りを、何度も、何度も調整しました。
甘すぎず、苦しすぎず、心に寄り添うバランス。
少しでも王妃様の夜が安らかになるようにと、指先が薬草の粉で染まり、調香帳は何十枚も試作で埋まりました。
わたしは、もうひとりぼっちじゃありません。
この香りに、誰かを守りたいという気持ちを込められるようになったから。
*
「手を、見せてください」
不意にかけられた言葉に驚いて顔を上げると、リアン王子がすぐ傍にいらっしゃいました。
いつも通り、涼やかな瞳。でもその奥には、少し心配そうな光が揺れていました。
「ごめんなさい。忙しすぎて、気づいていませんでした……。指先、荒れてますね」
王子さまは、わたしの手をそっと取って、小瓶から薬を取り出し、静かに塗ってくださったのです。
「あなたの手は、誰かを癒すためにある。僕は、それを守りたいと思っています」
その声は、香りよりも優しくて、深くて――胸の奥にじんわり染みていきました。
「王妃様に、気に入っていただけるでしょうか……」
思わず心の不安がこぼれてしまいます。
でもリアン王子は、わたしの手を握ったまま、まっすぐに言ってくれました。
「きっと。僕が保証します」
その笑顔が、星花の香りに包まれているようで。
「……それなら、もう少しだけ、頑張れそうです」
*
完成した香りを王妃様のもとに届けた日。
宮廷医師が、香袋を枕元にそっと置くと、王妃様は目を閉じて深く呼吸をし――そして、微笑まれたのです。
「……これは、やさしい香りですね」
初めて見ました。王妃様の、安らぎに満ちた微笑み。
その夜、王妃様はぐっすりと眠られたそうです。
*
「香りが、誰かの笑顔を咲かせることって、本当にあるんですね」
わたしはそう言って、調香室に戻る途中の中庭で、王子さまと並んで歩いていました。
「うん。君の香りには、“心を包む力”がある。それは誰にでもできることじゃない」
「でも……わたしは、ただ香りが好きなだけで、技術だってまだまだ未熟ですし……」
「だからこそ、君の香りは人を癒すんだよ。努力だけじゃ届かない、“やさしさのかたち”だから」
その言葉に、なぜか涙がにじみました。
誰かに、わたしの香りを“本物”だと言ってもらえる日が来るなんて――あの日、舞踏会の隅で立ち尽くしていたわたしに教えてあげたいです。
*
王妃様の快復が宮廷内に広まったころ。
わたしは、温室の小さな花たちに微笑みながら語りかけました。
「ありがとう。わたしは、もう逃げないよ。もっと遠くまで、香りを届けてみたい」
そっと星花を摘み、瓶に封じる瞬間。
心が、少しだけ軽くなるような――そんな香りがしました。
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