【完結】香りの令嬢は追放されたけど、王子に溺愛されています ~元婚約者に無能と罵られた私、香りの魔法で国を救いました~

朝日みらい

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第7章:試される香り

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 王妃様の快復を祝う舞踏会の翌日。

 わたしのもとに、王宮からの密書が届きました。

 筆跡は、王子リアンさまのものではなく、王宮筆頭侍従の署名。

『南方の侯爵が不眠に苦しんでいます。香りによる癒しが可能であれば、王妃の快復は真実と認めましょう。失敗すれば、あなたの評判は夢と消え去るでしょう』

 ……試されている。

 静かに息を吐いて、手紙を握りしめました。

 王宮内には、わたしを“奇跡”とは認めたくない人々もいるのです。

 香香士など、地味で脇役。伯爵家に不要とされた者が王宮に呼ばれるなど、面白くない――そんな空気が、まだ残っているのだと。



「南方侯爵が不眠症に?」

 リアン王子に報告すると、彼は険しい表情になりました。

「過去の戦争で、心に深い傷を負った方です。医師も薬も効かず、安眠は何年も得られていないと聞いています」

「……わたしに、癒せるでしょうか」

「君なら、きっと。けれど、傷は香りだけで塞げるものではない。だから無理はしないでください」

 その言葉が、わたしの胸を静かに支えてくれました。



 南方侯爵の館。

 重厚な石造りの扉が開くと、中は陰気で、空気がよどんでいました。

 侯爵は痩せこけた体を椅子に沈め、深く目の下に影を落としていました。

「医師も薬も効かぬのだ。まやかしの香などで癒されると思うな」

 鋭い言葉が胸を刺します。

 でも、わたしは一礼して、香袋をそっと置きました。

「香りは、心の奥に寄り添います。眠りを強いるのではなく、眠ってもいいと語りかけてくれる……そんな香を、焚かせていただきますね」

 そして選んだのは、“夜光花”。

 夜にだけ淡く香る、幻の花――深く、静かな呼吸のような香りをもたらす、心落ち着く香です。

 香炉の蓋を開け、炎に熱せられた香が、部屋全体にそっと広がっていきました。



「これは……静かだな。過去の影を責めてこない」

 侯爵の呟きに、わたしはそっと頷きました。

「夜光花は、過去を見つめる花です。記憶に寄り添い、傷を否定せず、ただ包みこんでくれます」

 その日、侯爵は香の前で、初めて目を閉じました。



 数日後。

 王宮からの使いが訪ねてきて、一枚の手紙を手渡されました。

『数年ぶりに深く眠ることができた。貴殿の香りは、戦で傷ついた我が心までも癒してくれたようだ。これは奇跡ではなく、技と、真心の結果だと信じている』

 ――香りが、届いた。

 戦を経験した心に、香りが触れた。

 涙がぽろりとこぼれて、すぐに笑みが生まれました。

(わたしの香りは、もう、ただの夢じゃない)



 温室の“夜光花”は、今日も静かに咲いています。

 戦の記憶に寄り添ったその香は、傷ついた心に静かに語りかける。

 香りにしかできない癒しが、ここにある――そう信じて、わたしはまた一つ、香袋を作りました。
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