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(二)
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都でしか観れないオペラの観劇は、田舎暮らしのセラフィーヌには本で読んだ空想の世界だった。それが、今、現実になったのだ。
「こんな凄いところ来たの初めて。それに、特等席だし!」
舞台がよく見える二階席で、フワフワしたドレス姿のセラフィーヌが踊るような仕草をした。
アルベールは得意げで、
「ここは家の侯爵家の優先席なんだよ」
「へえ! 凄いわね、侯爵家って」
「我が家アルル侯爵家は、国境の防衛の要に領地があるからね。それだけの待遇も許されるんだよ」
セラフィーヌの実家は田舎の村一帯の領地しかない男爵家である。しかも伯爵家からの命令であちこちに転居させられる身分だ。そんな境遇でヘイコラして生きてきた父親の、曲がった背中を見てきた。だから、ピンと背筋を伸ばしたアルベールの姿は、たいそう格好よくまぶしく見えた。
「アルベールってすごいわね」
(彼と結ばれたら、わたしは侯爵夫人になれるのよね。あのお城に住めるのよね)
そう思ったセラフィーヌ、半年後にアルベールからの婚約の申し出を快く即決した。……ところまではよいものの、結婚ともなると、やはりそうでもないらしく。
✳✳✳
そして、話は冒頭に戻って、婚約後の、お茶会の叱責場面である。
(まだ、終わらないのかなあ。この罵倒……)
セラフィーヌは、堅苦しい生地で編まれた、慣れないロングドレス姿だった。茶色に染みがついたテーブルクロスを見つめて、しょぼくれている。
まだ、侯爵家の広々とした庭園での格式あるお茶会の席では、両家の親と若いふたりの洗礼の儀式が行われていた。
「何て、ざまです! 我が家で代々伝わるテーブルクロスを汚して! まったく、この席が我が家と、あなた方のご家族だけで良かったですわ。もし、王家の方々がいらっしゃったら、末代までの恥です!」
などと、遠吠えは収まらない。
セラフィーヌが流し目でアルベールを見てみる。
彼は、他人事のように済ましてお茶をすすっている。義父は腕を組んで目をつむり、彼女の両親や姉たちも、さすがの侯爵家に恐縮しているのか、身を縮めているばかりだった。
苦痛しかないお茶会が終わり、お城みたいな侯爵家の屋敷を馬車で帰路につきながら、
「お父様、どうして何も言ってくれないの?」
と、セラフィーヌは溜まりに溜まった胸中の想いを、向かいの席の父にぶちまけた。
気の弱い父はだまりこくったままだった。なので、今度は並んで座る母や、両脇に座る姉たちも睨みつける。
次女が、なだめるようにセラフィーヌの顔を見て、
「当たり前でしょう。アルル侯爵家は国王様からの信頼も厚い、由緒正しい家柄だもの。口答えなんかしたら、我が家なんて簡単にお取り潰しだし」
「ふうん。だったら、わたし、アルベールとの婚約なんて、破棄してやるわ」
「なんて、馬鹿な妹!」
長女があきれ果てて、セラフィーヌの頭を小突いた。
「い、痛っ……」
「私たちみたいな下位の分際で、婚約破棄なんて権利ないわよ。破棄するならアルベール様にでも頼むことね」
「なら、わたし、今すぐにでも回れ右して、アルベールに破談にしていただくわ」
プイッとセラフィーヌが顔を反らすと、
「ちょっとお待ちなさい」
母親が話に割って入った。
「お父様の爵位が上がったのですよ。アルベール様のお父様アルル侯爵様の口利きで、子爵に昇進なさったし、領地も倍になったばかりなのに」
セラフィーヌはハッとして、車内の面々を見渡した。
「何よ。それじゃ……わたしは、家族の犠牲になれっていうわけ?」
「……」
車内はシーンと静まり返った。つまり、「ご名答」だったわけだ。
「こんな凄いところ来たの初めて。それに、特等席だし!」
舞台がよく見える二階席で、フワフワしたドレス姿のセラフィーヌが踊るような仕草をした。
アルベールは得意げで、
「ここは家の侯爵家の優先席なんだよ」
「へえ! 凄いわね、侯爵家って」
「我が家アルル侯爵家は、国境の防衛の要に領地があるからね。それだけの待遇も許されるんだよ」
セラフィーヌの実家は田舎の村一帯の領地しかない男爵家である。しかも伯爵家からの命令であちこちに転居させられる身分だ。そんな境遇でヘイコラして生きてきた父親の、曲がった背中を見てきた。だから、ピンと背筋を伸ばしたアルベールの姿は、たいそう格好よくまぶしく見えた。
「アルベールってすごいわね」
(彼と結ばれたら、わたしは侯爵夫人になれるのよね。あのお城に住めるのよね)
そう思ったセラフィーヌ、半年後にアルベールからの婚約の申し出を快く即決した。……ところまではよいものの、結婚ともなると、やはりそうでもないらしく。
✳✳✳
そして、話は冒頭に戻って、婚約後の、お茶会の叱責場面である。
(まだ、終わらないのかなあ。この罵倒……)
セラフィーヌは、堅苦しい生地で編まれた、慣れないロングドレス姿だった。茶色に染みがついたテーブルクロスを見つめて、しょぼくれている。
まだ、侯爵家の広々とした庭園での格式あるお茶会の席では、両家の親と若いふたりの洗礼の儀式が行われていた。
「何て、ざまです! 我が家で代々伝わるテーブルクロスを汚して! まったく、この席が我が家と、あなた方のご家族だけで良かったですわ。もし、王家の方々がいらっしゃったら、末代までの恥です!」
などと、遠吠えは収まらない。
セラフィーヌが流し目でアルベールを見てみる。
彼は、他人事のように済ましてお茶をすすっている。義父は腕を組んで目をつむり、彼女の両親や姉たちも、さすがの侯爵家に恐縮しているのか、身を縮めているばかりだった。
苦痛しかないお茶会が終わり、お城みたいな侯爵家の屋敷を馬車で帰路につきながら、
「お父様、どうして何も言ってくれないの?」
と、セラフィーヌは溜まりに溜まった胸中の想いを、向かいの席の父にぶちまけた。
気の弱い父はだまりこくったままだった。なので、今度は並んで座る母や、両脇に座る姉たちも睨みつける。
次女が、なだめるようにセラフィーヌの顔を見て、
「当たり前でしょう。アルル侯爵家は国王様からの信頼も厚い、由緒正しい家柄だもの。口答えなんかしたら、我が家なんて簡単にお取り潰しだし」
「ふうん。だったら、わたし、アルベールとの婚約なんて、破棄してやるわ」
「なんて、馬鹿な妹!」
長女があきれ果てて、セラフィーヌの頭を小突いた。
「い、痛っ……」
「私たちみたいな下位の分際で、婚約破棄なんて権利ないわよ。破棄するならアルベール様にでも頼むことね」
「なら、わたし、今すぐにでも回れ右して、アルベールに破談にしていただくわ」
プイッとセラフィーヌが顔を反らすと、
「ちょっとお待ちなさい」
母親が話に割って入った。
「お父様の爵位が上がったのですよ。アルベール様のお父様アルル侯爵様の口利きで、子爵に昇進なさったし、領地も倍になったばかりなのに」
セラフィーヌはハッとして、車内の面々を見渡した。
「何よ。それじゃ……わたしは、家族の犠牲になれっていうわけ?」
「……」
車内はシーンと静まり返った。つまり、「ご名答」だったわけだ。
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