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第4章:突然の婚約話!?政略とかマジでやめてください!
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「セリーナ様、ご婚約が決定いたしました」
朝の食卓に響いた執事の声。
それは、何の前触れもなく、氷水を頭からぶっかけられたような衝撃でした。
「……はい?」
「お相手は、ベルモンド家の若き騎士、カイ様でございます」
なぜ、どうして、いつ決まったんですか。
聞きたいことは山ほどありましたが、口はまったく動きませんでした。
父と母は「申し分ない相手だ」と満足げ。
わたしの気持ちなど、風より軽く流されていたのです。
「セリーナ、あなたには幸せな将来が待っているの。誇りに思うわ」
母が優しい声で言うその横で、わたしは静かにスプーンを置いて、そっと席を立ちました。
部屋に戻ったあと、何度も深呼吸をして、それでも胸のざわめきは治まりません。
「……幸せって、なに?」
誰もわたしの本音を聞いてくれない。
“家の名誉”“将来の安定”“良縁”――その言葉のどこにも、「わたし」という主語がいなかったのです。
夜になって、庭へ出て、ふと塀のほうを見上げてしまったのは――ただの無意識でした。
「……お前、来ると思ってた」
レオンは、やっぱりそこにいて。
「政略婚、ってやつか?」
「……はい。ベルモンド家の騎士様と」
「あの真面目そうなやつ?」
「そうです。顔は……まあ、整ってます。育ちもいい。条件も満点」
「――でも、好きじゃねぇんだろ」
その言葉に、胸の奥がぐっと痛みました。
「……あたしの気持ちなんて、誰も気にしてませんから」
塀の向こうから、レオンがゆっくり言いました。
「だったら、俺が聞いてやるよ。お前の本音、ちゃんと全部」
「……なにそれ。あんた、ヒーロー気取りですか?」
「気取りじゃねぇよ。本音で話すやつがいないなら、俺がなるしかないだろ」
言い返せませんでした。
だって、なんだか本当に――泣きそうだったから。
「……あたしのこと、敵じゃなくて、ひとりの女の子として見てくれる人が、あんたしかいないなんて。なんか、悔しい」
「俺は、お前のこと――」
と、そこまで言いかけて。
「なんだ、夜更けに塀越しとは風流だなぁ」
塀の影から、もうひとりの人影がひょっこり登場しました。
「……お兄ちゃん?」
「よう、姫。相変わらず、騒がしい夜だな」
リカルド。
わたしの従兄で、騎士団でも指折りの剣士。
そして過保護の権化です。
彼は眉をしかめながら、レオンをぎろりと睨みました。
「まさか、婚約の件を知ったうえで、夜更けに忍び込んでるとは。アルジェント家も品位が落ちたな」
「お前に品位なんて言われたくねぇよ」
「貴様――!」
瞬間、夜の空気が急激に冷えた気がしました。
「ふたりともやめてくださいっ!! 誰かが傷つくのなんて、もう嫌なんです!」
わたしの叫びが、やっとふたりの空気を切り裂きました。
「セリーナ……」
「リカルド……お願い、あたしの気持ちを聞いて。婚約とかじゃなくて、“わたし”として、どうしたいかを聞いてよ」
塀の向こうで、レオンが静かに頷きました。
「いいな、それ。自分で選ぶってやつ」
この夜、わたしは初めて、誰かに“わたし自身の願い”を肯定された気がしました。
でも――塀越しの会話は、もはや“平和”な秘密の時間ではいられなくなったのです。
耳に残るリカルドの舌打ちは、まるで嵐の予兆のように。
わたしたちの関係は、このあと、もう一度大きく揺れ始めることになるのでした――。
朝の食卓に響いた執事の声。
それは、何の前触れもなく、氷水を頭からぶっかけられたような衝撃でした。
「……はい?」
「お相手は、ベルモンド家の若き騎士、カイ様でございます」
なぜ、どうして、いつ決まったんですか。
聞きたいことは山ほどありましたが、口はまったく動きませんでした。
父と母は「申し分ない相手だ」と満足げ。
わたしの気持ちなど、風より軽く流されていたのです。
「セリーナ、あなたには幸せな将来が待っているの。誇りに思うわ」
母が優しい声で言うその横で、わたしは静かにスプーンを置いて、そっと席を立ちました。
部屋に戻ったあと、何度も深呼吸をして、それでも胸のざわめきは治まりません。
「……幸せって、なに?」
誰もわたしの本音を聞いてくれない。
“家の名誉”“将来の安定”“良縁”――その言葉のどこにも、「わたし」という主語がいなかったのです。
夜になって、庭へ出て、ふと塀のほうを見上げてしまったのは――ただの無意識でした。
「……お前、来ると思ってた」
レオンは、やっぱりそこにいて。
「政略婚、ってやつか?」
「……はい。ベルモンド家の騎士様と」
「あの真面目そうなやつ?」
「そうです。顔は……まあ、整ってます。育ちもいい。条件も満点」
「――でも、好きじゃねぇんだろ」
その言葉に、胸の奥がぐっと痛みました。
「……あたしの気持ちなんて、誰も気にしてませんから」
塀の向こうから、レオンがゆっくり言いました。
「だったら、俺が聞いてやるよ。お前の本音、ちゃんと全部」
「……なにそれ。あんた、ヒーロー気取りですか?」
「気取りじゃねぇよ。本音で話すやつがいないなら、俺がなるしかないだろ」
言い返せませんでした。
だって、なんだか本当に――泣きそうだったから。
「……あたしのこと、敵じゃなくて、ひとりの女の子として見てくれる人が、あんたしかいないなんて。なんか、悔しい」
「俺は、お前のこと――」
と、そこまで言いかけて。
「なんだ、夜更けに塀越しとは風流だなぁ」
塀の影から、もうひとりの人影がひょっこり登場しました。
「……お兄ちゃん?」
「よう、姫。相変わらず、騒がしい夜だな」
リカルド。
わたしの従兄で、騎士団でも指折りの剣士。
そして過保護の権化です。
彼は眉をしかめながら、レオンをぎろりと睨みました。
「まさか、婚約の件を知ったうえで、夜更けに忍び込んでるとは。アルジェント家も品位が落ちたな」
「お前に品位なんて言われたくねぇよ」
「貴様――!」
瞬間、夜の空気が急激に冷えた気がしました。
「ふたりともやめてくださいっ!! 誰かが傷つくのなんて、もう嫌なんです!」
わたしの叫びが、やっとふたりの空気を切り裂きました。
「セリーナ……」
「リカルド……お願い、あたしの気持ちを聞いて。婚約とかじゃなくて、“わたし”として、どうしたいかを聞いてよ」
塀の向こうで、レオンが静かに頷きました。
「いいな、それ。自分で選ぶってやつ」
この夜、わたしは初めて、誰かに“わたし自身の願い”を肯定された気がしました。
でも――塀越しの会話は、もはや“平和”な秘密の時間ではいられなくなったのです。
耳に残るリカルドの舌打ちは、まるで嵐の予兆のように。
わたしたちの関係は、このあと、もう一度大きく揺れ始めることになるのでした――。
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