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第7章:もう大好きだから仕方ない。夜明け前に家出します!
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逃げるって、こんなに静かなんですね。
夜の屋敷は、まるで息を潜めているよう。
月の光だけを頼りに、わたしはカーテンをそっとくぐり、玄関へと忍び足で向かいます。
持っている荷物は、ドレス三着と少しの現金、そして――レオンの手。
「こっちだ。馬車が待ってる」
「わかってます……でも、手はちょっと強く握りすぎでは?」
「だって、お前逃げそうだから」
「逃げませんってば!」
言い合いは、もう習慣です。
逃避行の最中ですら喧嘩になるあたり、わたしたちらしいというか……いや、逃げてるのになにしてるんでしょう。
「逃亡中は身バレしないように、俺をライオネルと呼べ。お前はジュリエル。いいな?」
「ライオネル……? 分かった」
最初の目的地は王都外れの小さな宿屋。
宿帳に偽名を記入し、薄暗い部屋に荷物を投げ込み、ようやくひと息ついたそのとき、レオンがぼそっと呟きました。
「明日も一緒に朝を迎えたいって、こんなに思うんだな……」
心臓が、ひときわ強く打ちました。
「――不意打ち、やめてください」
「本音、言っただけだ」
でも、わたしも本音を隠すのはやめたいと思いました。
「……わたしも、同じ気持ちです」
ふたりだけの部屋、ふたりだけの世界。
壁の向こうにいた距離は、もうここにはありません。
隣にいて、笑いあって、少しだけ寄り添って。
けれど、甘い時間が長く続かないのは、わたしたちが一番よく知っています。
数日後――追っ手がすぐそこまで来ていました。
外の通りを見張る影。
窓の隙間から漏れる微かな気配。
そして、誰よりも早く現れたのは――
「見つけたぞ」
リカルドでした。
鎧姿の彼が、沈痛な顔で扉を開け、言いました。
「セリーナ。……連れ戻しに来た」
その声に、わたしは言葉が詰まりました。
「リカルド……わたしは……」
「すまないが、その男は我が家の“敵”だ。間違ってる。だから、戻らなきゃならない」
まっすぐな瞳に、わたしの決意が揺らぎそうになった瞬間――
「だったら、俺を斬ってからにしろ」
レオンが、剣を抜いたのです。
「レオン、だめ……やめて、そんなこと!」
「お前を守るためなら、なんだってする」
リカルドの刃が、躊躇なく振り下ろされ――。
「やめて、レオンっ!!」
わたしの叫びの中で、剣がレオンの肩を貫きました。
「レオンっ!!」
目の前で崩れ落ちる姿に、息が止まりました。
「……もう終わりだ」
リカルドの言葉とともに、わたしは引きずられるように屋敷へと戻されました。
声も涙も、出ませんでした。
あの夜明け前の笑顔は、幻だったのかもしれません。
でも――わたしの心は、まだ終わっていません。
彼の命が、まだ……希望であってくれるなら。
夜の屋敷は、まるで息を潜めているよう。
月の光だけを頼りに、わたしはカーテンをそっとくぐり、玄関へと忍び足で向かいます。
持っている荷物は、ドレス三着と少しの現金、そして――レオンの手。
「こっちだ。馬車が待ってる」
「わかってます……でも、手はちょっと強く握りすぎでは?」
「だって、お前逃げそうだから」
「逃げませんってば!」
言い合いは、もう習慣です。
逃避行の最中ですら喧嘩になるあたり、わたしたちらしいというか……いや、逃げてるのになにしてるんでしょう。
「逃亡中は身バレしないように、俺をライオネルと呼べ。お前はジュリエル。いいな?」
「ライオネル……? 分かった」
最初の目的地は王都外れの小さな宿屋。
宿帳に偽名を記入し、薄暗い部屋に荷物を投げ込み、ようやくひと息ついたそのとき、レオンがぼそっと呟きました。
「明日も一緒に朝を迎えたいって、こんなに思うんだな……」
心臓が、ひときわ強く打ちました。
「――不意打ち、やめてください」
「本音、言っただけだ」
でも、わたしも本音を隠すのはやめたいと思いました。
「……わたしも、同じ気持ちです」
ふたりだけの部屋、ふたりだけの世界。
壁の向こうにいた距離は、もうここにはありません。
隣にいて、笑いあって、少しだけ寄り添って。
けれど、甘い時間が長く続かないのは、わたしたちが一番よく知っています。
数日後――追っ手がすぐそこまで来ていました。
外の通りを見張る影。
窓の隙間から漏れる微かな気配。
そして、誰よりも早く現れたのは――
「見つけたぞ」
リカルドでした。
鎧姿の彼が、沈痛な顔で扉を開け、言いました。
「セリーナ。……連れ戻しに来た」
その声に、わたしは言葉が詰まりました。
「リカルド……わたしは……」
「すまないが、その男は我が家の“敵”だ。間違ってる。だから、戻らなきゃならない」
まっすぐな瞳に、わたしの決意が揺らぎそうになった瞬間――
「だったら、俺を斬ってからにしろ」
レオンが、剣を抜いたのです。
「レオン、だめ……やめて、そんなこと!」
「お前を守るためなら、なんだってする」
リカルドの刃が、躊躇なく振り下ろされ――。
「やめて、レオンっ!!」
わたしの叫びの中で、剣がレオンの肩を貫きました。
「レオンっ!!」
目の前で崩れ落ちる姿に、息が止まりました。
「……もう終わりだ」
リカルドの言葉とともに、わたしは引きずられるように屋敷へと戻されました。
声も涙も、出ませんでした。
あの夜明け前の笑顔は、幻だったのかもしれません。
でも――わたしの心は、まだ終わっていません。
彼の命が、まだ……希望であってくれるなら。
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