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第二章 辺境での出会い
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馬車が止まったとき、わたしはすでに体力の限界に達していました。何時間も硬い座席に揺られ、背筋は棒のように固まり、手足はしびれて感覚が鈍くなっていたのです。
「……ここが……ノーザン村」
ぼんやりと目を上げると、鬱蒼とした森と、その隙間からのぞく澄んだ湖面が視界に映りました。遠くには小さな屋根が見えます。そこが、追放された侯爵令嬢であるわたしの、新しい居場所でした。
なのに、馬車から降りた瞬間、激しいめまいがわたしを襲いました。
「っ……」
視界がにじみ、足がもつれます。慣れない旅の疲れと、ろくに食事も喉を通らなかったことが重なったのでしょう。わたしは小さく呻き、そのまま地面に倒れ込もうとしました。
「……おい」
低く、鋭い声が耳に届きました。誰かが腕を伸ばし、わたしの体を抱きとめてくれます。倒れるはずの衝撃はなく、代わりに強い胸板の温かさが背中に触れていました。
「っ……!」
驚いて顔を上げたとき、すぐ目の前に氷のような青銀の瞳がありました。冷たく澄んだ瞳。けれど、不思議なほど引き込まれてしまう色――。黒髪が光を遮り、彼の影に覆われるようにわたしは抱きとめられていました。
「立てるか?」
短く告げられる声。その声音は冷ややかなのに、腕は思いのほかしっかりしていて、乱れた呼吸を落ち着かせるように支えてくれていました。
「わ、わたし……」
言葉にならず、視線を泳がせます。彼は眉を寄せながらも、わたしの手を取って立たせてくれました。
「宿屋まで運ぶ」
有無を言わせぬ一言とともに、すっと腰を屈め、わたしの体を軽々と抱き上げました。
「えっ!? ま、待ってください!」
彼の腕の中。ほんのり香る革と木の匂い。耳元で微かに鳴る心音。
「暴れるな。落ちるぞ」
さも当然のようにわたしを抱え、彼はさっさと歩き出します。いや、初対面の男性に、こんな風に抱き上げられるなんて。そんなこと、生まれて初めてでした。
(な、なんなの、この人……!?)
目を閉じかけていたわたしの耳に、宿屋の扉の音が響きました。
「部屋を」
「え? エ、エリアスさま……?」
宿屋の女将らしい女性が慌てて頭を下げる気配。エリアス。今、そう呼ばれましたか?
「この娘が休める部屋を。支度を急げ」
女将が走り去り、残されたわたしはただ呆然としていました。
「エ……エリアス?」
彼の名を、小さく呼んでしまいました。その瞬間、鋭い氷の瞳が真っ直ぐわたしを射抜きました。けれど、不思議と、冷たい視線の奥に、わずかな翳りが見えた気がします。
「余計な詮索はするな。休め」
短く言い捨てられ、わたしはベッドにそっと横たえられました。乱れた髪を彼の指が払い、その指先が額に一瞬だけ触れました。
「熱がある。寝ていろ」
それだけ告げると、彼は踵を返そうとします。でも、わたしは反射的にその袖をつかんでいました。
「……どうして、助けてくださったのですか?」
か細い声で問いかけてしまったのです。彼は一瞬だけ立ち止まり、その背はわずかに揺れました。けれど、振り返って見せたのは、やはり冷たい眼差しでした。
「見捨てる方が手間だからな」
そう答えて去っていく背中。けれど――。
(嘘……ですわよね)
わたしは薄れゆく意識の中で、確かにそう感じていました。
その夜。高熱にうなされるわたしの夢の中、何度も氷色の瞳が現れました。冷たいのに、なぜか温かい瞳。
やがて夜が明け、かすかに目を開けると、無骨な椅子に腰掛け、見張るように座っている彼の姿がありました。
「エ……リアス、さま……?」
「余計な口を利くな。まだ熱がある」
そう言いながらも彼はそっと起き上がり、濡れた布でわたしの頬を拭ってくれました。頬に触れる、ひんやりとした感触。けれど、その優しさに胸の奥が少し、熱くなるのでした。
(冷たい王子……? 本当に?)
あの噂とは違う瞳に見惚れそうになって、慌てて瞼を閉じました。
「……ここが……ノーザン村」
ぼんやりと目を上げると、鬱蒼とした森と、その隙間からのぞく澄んだ湖面が視界に映りました。遠くには小さな屋根が見えます。そこが、追放された侯爵令嬢であるわたしの、新しい居場所でした。
なのに、馬車から降りた瞬間、激しいめまいがわたしを襲いました。
「っ……」
視界がにじみ、足がもつれます。慣れない旅の疲れと、ろくに食事も喉を通らなかったことが重なったのでしょう。わたしは小さく呻き、そのまま地面に倒れ込もうとしました。
「……おい」
低く、鋭い声が耳に届きました。誰かが腕を伸ばし、わたしの体を抱きとめてくれます。倒れるはずの衝撃はなく、代わりに強い胸板の温かさが背中に触れていました。
「っ……!」
驚いて顔を上げたとき、すぐ目の前に氷のような青銀の瞳がありました。冷たく澄んだ瞳。けれど、不思議なほど引き込まれてしまう色――。黒髪が光を遮り、彼の影に覆われるようにわたしは抱きとめられていました。
「立てるか?」
短く告げられる声。その声音は冷ややかなのに、腕は思いのほかしっかりしていて、乱れた呼吸を落ち着かせるように支えてくれていました。
「わ、わたし……」
言葉にならず、視線を泳がせます。彼は眉を寄せながらも、わたしの手を取って立たせてくれました。
「宿屋まで運ぶ」
有無を言わせぬ一言とともに、すっと腰を屈め、わたしの体を軽々と抱き上げました。
「えっ!? ま、待ってください!」
彼の腕の中。ほんのり香る革と木の匂い。耳元で微かに鳴る心音。
「暴れるな。落ちるぞ」
さも当然のようにわたしを抱え、彼はさっさと歩き出します。いや、初対面の男性に、こんな風に抱き上げられるなんて。そんなこと、生まれて初めてでした。
(な、なんなの、この人……!?)
目を閉じかけていたわたしの耳に、宿屋の扉の音が響きました。
「部屋を」
「え? エ、エリアスさま……?」
宿屋の女将らしい女性が慌てて頭を下げる気配。エリアス。今、そう呼ばれましたか?
「この娘が休める部屋を。支度を急げ」
女将が走り去り、残されたわたしはただ呆然としていました。
「エ……エリアス?」
彼の名を、小さく呼んでしまいました。その瞬間、鋭い氷の瞳が真っ直ぐわたしを射抜きました。けれど、不思議と、冷たい視線の奥に、わずかな翳りが見えた気がします。
「余計な詮索はするな。休め」
短く言い捨てられ、わたしはベッドにそっと横たえられました。乱れた髪を彼の指が払い、その指先が額に一瞬だけ触れました。
「熱がある。寝ていろ」
それだけ告げると、彼は踵を返そうとします。でも、わたしは反射的にその袖をつかんでいました。
「……どうして、助けてくださったのですか?」
か細い声で問いかけてしまったのです。彼は一瞬だけ立ち止まり、その背はわずかに揺れました。けれど、振り返って見せたのは、やはり冷たい眼差しでした。
「見捨てる方が手間だからな」
そう答えて去っていく背中。けれど――。
(嘘……ですわよね)
わたしは薄れゆく意識の中で、確かにそう感じていました。
その夜。高熱にうなされるわたしの夢の中、何度も氷色の瞳が現れました。冷たいのに、なぜか温かい瞳。
やがて夜が明け、かすかに目を開けると、無骨な椅子に腰掛け、見張るように座っている彼の姿がありました。
「エ……リアス、さま……?」
「余計な口を利くな。まだ熱がある」
そう言いながらも彼はそっと起き上がり、濡れた布でわたしの頬を拭ってくれました。頬に触れる、ひんやりとした感触。けれど、その優しさに胸の奥が少し、熱くなるのでした。
(冷たい王子……? 本当に?)
あの噂とは違う瞳に見惚れそうになって、慌てて瞼を閉じました。
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