【完結】微笑みを知らない令嬢は、辺境で咲きます――冷たい王子に拾われて、恋に目覚めました

朝日みらい

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第三章 小さな微笑み

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 ​目を覚ますと、窓の外から鳥のさえずりが聞こえてきました。昨日までの疲れが嘘のように抜けていて、久しぶりに体が軽く感じられます。

​「……あら」

​窓から吹く風が、部屋に漂っていた淀んだ空気を洗い流すようでした。王都とは違う澄んだ香り。森の匂いと、かすかに潮のような湖の匂い。辺境の空気は、こんなにも清らかなのですね。深呼吸をすると、胸まで浄化される気持ちがいたしました。

​しかし、その安らぎも束の間。ドアの外から、不機嫌そうな低い声が聞こえてきました。

​「いつまで寝ているつもりだ。食事の時間は過ぎている」

​びくり、と肩が跳ねます。

​「エ、エリアスさま……」

​慌てて布団から飛び起きると、扉が開き、彼が無造作に入ってきました。氷色の瞳は相変わらず鋭いのに、どういうわけか視線がちらりとわたしの髪に落ちます。濡れたままの髪先が肩に掛かっていたからでしょうか。

​「……風邪をひく。拭かないのか」

​短く言うと、卓の上に置かれた布巾を取り、ためらいもなくわたしの髪を包み込みました。

​「えっ、あの……!」

​慌てて身を引こうとしたものの、不器用に髪を拭う彼の仕草に、逆に動けなくなってしまいます。大きくて温かな手が、わたしの濡れた髪を優しく挟み込んで。鼓動が跳ねました。まるで、長らく忘れていた心臓の音がいきなり思い出されたみたいでした。

​「これでいい」

​淡々と告げて手を離すと、エリアスさまは不機嫌そうに顔を背けられました。

​「……ありがとうございます」

​小さな声で礼を言うと、彼はわずかに耳を赤くして「礼など要らん」とそっけなく返しました。
​それからの日々は、想像以上に大変でした。

​「アナスタシアお嬢さん、悪いけど畑の手伝いをお願いできるかい?」

​「え、畑……ですか?」

​侯爵家の娘として育ったわたしにとって、畑仕事などまったく未知の世界です。けれど村人たちは驚くほど優しく、わたしを遠ざけることなく、当たり前のように受け入れてくれました。

​「ほら、そこは力を込めすぎないで」

​「あっ、こ、こうですか?」

​案の定、慣れない鍬を扱うわたしは泥だらけになり、周囲からくすくす笑いが漏れます。

​(ああ……恥ずかしいですわ)

​頬まで真っ赤になってうつむくと、影になった頭上から、低い声が降ってきました。

​「本当に何もできないんだな」

​エリアスさまです。畑の端で腕を組み、明らかに皮肉っぽい視線を投げてきます。

​「~~っ、努力はしているのです!」

​思わず口を尖らせると、彼の口元がわずかに緩みました。笑った……いえ、にやけただけ、かもしれません。

​「……まあ、それでもちゃんと土は掘れている」

​「え?」

​一瞬、褒められた気がして顔を上げると、彼はすぐに視線を逸らしました。その横顔がひどく居心地悪そうで、わたしの胸はまた、どきりと高鳴ります。

​――自然と口元が緩んでいました。

​「……笑ってる」

​「あ、あの……わたし、今……」

​言葉が続きません。けれど、頬に触れそうなほど近い距離で、彼はじっと視線を向けてきました。まるで、今にも笑みの形を確かめるかのように。

​「……悪くないな」

​ぽつりと、そんな一言を落としました。胸の奥がきゅっと熱くなり、目の前の景色がやわらかく揺れました。あたたかいのに、苦しい――。

​その夜、眠りにつく前。ふと窓ガラスに映った自分の顔を見て、驚きました。そこにいるのは、かつて「無表情の人形」と呼ばれた令嬢ではなく、ほんのりと頬を赤らめ、口元に小さな微笑みを浮かべた、わたし自身でした。
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