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74.緑川蒼蓮。
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緑川蒼蓮はカーテンを引いた薄暗い自室で、もう何日も引き籠っていた。
今頃になって言いようのない罪悪感に苛まれていたのだ。
あの日、相澤和真の住むマンションは騒然となった。野次馬達が集まり、規制線が張られ、救急車とパトカーの回転灯が辺りを真っ赤に染めていた。すでに冗談では済まされない騒動にまで発展してしまった。
さらに、担架で運ばれていく相澤和真の青白い顔を目の当たりにした瞬間、自分がしてしまった事の重大性に気付き、愕然となったのだ。
(……真宮蓮の息子であることが怖くなって後継者争いから逃げ出すように、少し脅かしてやるつもりだけだったのに──)
足がブルブルと震えだし、立っているのがやっとだった。
(まさか、……し、死んでないよね……?)
言いようのない恐怖が襲ってきた。頭の中が真っ白になる。
いつのまにか家に帰ってきていた。どうやって帰って来たのか分からないぐらい、動揺していた。
(僕があいつらをけしかけたって、バレないはず……。ちゃんと変装してたし、あいつらと会ったのは、たった一日だけだったし……)
何度思い返してみても、自分の計画には抜かりはなかった。
だが、あの夜の光景が、頭から離れないだけでなく、自分が関わっている事がバレたらと思うと、次の日から学校にさえ行けなくなってしまった。
食事もあまり取れず、ベッドから起きあがる気力もなく、ただ布団の中で怯えた日々を過ごす。
目を閉じれば、もう何度も何度も、救急車に運ばれる和真の姿が瞼の裏で繰り返された。
(あんなパーティーの人込みぐらいで、体調を崩すぐらいの軟弱な男の事なんか、気にしなければ良かったんだ。どうせ後継者に残れるはずもなかったのに……)
これまで、真宮蓮が出席する式典やパーティーがあれば、母の知名度を利用出来るところには母と一緒に出掛けて自分の父親の姿を見に行った。
蒼蓮が知る真宮蓮という男は、研ぎ澄まされた刀のように冷たく、孤高の存在だった。その姿を見るのが好きだった。あの血が自分に流れているのだと思うと、ゾクゾクした。憧れていたのだ。
だから、自分に興味を向けられなくても、どれほど寂しいと感じたとしても、真宮蓮には特別がなかったので、納得できた。
だが、あの日、あの祝賀パーティーの日だけは違っていた。あれほど誰にも関心を示すことがなかった真宮蓮が優しい目を一人の人物にだけ向けていたのだ。その姿を見てしまった瞬間、体の奥から言いようのない怒りが湧いてきたのだ。
(僕には、今まであんな目で見つめてくれた事などなかったのに!)
今なら分かる。
真宮蓮から特別な感情を向けられている和真に嫉妬していただけなのだと。
どれほど悔やんでも、起こしてしまったことはなかったことにはならない。そんな事を今更ながら気づく。
そんな悶々とした日々を数週間過ごしていたある日、蒼蓮の家に、真宮蓮本人が一人で訪れた。スッと佇む姿はいつも通りに見える。
だが、目がいつも以上に鋭くなっているように感じて不安が過った。
しかし、何も知らない母は、ただ一人無邪気に喜んでいた。自分達親子の事を気に掛けていると勘違いしているに違いない。
「先日、相澤和真が自宅で強盗に襲われて、負傷するという事件が起こりました」
感情のまったく見えない静かな声だった。
だが、真宮蓮からは明らかに尋常ではない気を感じる。彼が発する存在感だけで部屋の空気が凍りつくようだった。どうしても顔を見る事ができない。
蒼蓮はただうつむいて声だけ聞いていた。震えそうになる手をもう片方の手で押さえ続ける。
「蒼蓮、私がここへ来た理由は分かっているな?」
蒼蓮の体がビクッと大きく揺れた。
(やっぱり! あの事件に僕が関わっている事を知っているんだ!)
体がガタガタと震え始めた。もう駄目なのだと悟る。
「……はい。……ぼ、僕が……あいつらに相澤和真を襲うように仕向けました……」
麗子が持っていたコーヒーカップを落とした。陶器の割れる甲高い音が部屋の中に響く。それはまるで真宮蓮との関係が壊れる音のように聞こえた。
「れ、蓮さん、何かの間違いです! 絶対に違います! この子は、そんな――」
「麗子さん、すでに調査済みです。蒼蓮の口から聞きたかっただけです」
麗子は言葉を失い、崩れるように床に座り込む。
「蒼蓮、分かっていると思うが、君はもう真宮家の籍に入る資格はない。後継者候補からも、もちろん外れてもらう。これ以上、真宮には一切関わらせない」
蓮の声は低く、どこまでも冷酷に聞こえた。
その言葉に蒼蓮は項垂れる。
「……ご、ごめんなさい」
あの事件から始めて涙が零れた。
誰にも相談出来ず、自分のしたことをただ悔やみ続け、先の見えない泥の沼が広がる真っ暗な迷宮を、ただ歩き続けるような日々に既に疲れ過ぎていた。
だからなのかもしれない、真宮蓮に暴かれたことで救われたような気にさえなっていた。
しばらく泣きじゃくる蒼蓮の姿を真宮蓮は見つめていた。
「……蒼蓮、正直に答えてほしい。なぜこのような事を起こそうと思ったのかを」
蒼蓮は驚いて顔を上げた。一方的に断罪されると思っていたからだ。
この時になって初めて真宮蓮をまっすぐに見る事ができた。真宮蓮の瞳は凪いでいて、相変わらず何を考えているのかまったく掴めなかった。
だが、真摯に向き合おうとしてくれていることだけは感じ取る事ができた。
「……悔しかった。羨ましかったんです! あなたに! お父さんに優しい目を向けられている和真くんの事が! だから、嫌がらせのつもりで、パーティーの後、和真くんの行動パターンを調べました。そして、あのマンションに清掃が入る日が分かったので、柄の悪い人達が集まる場所に行って、金が欲しいと騒いでいる奴等に、和真くんの情報と共連れでマンションに入り込める日を教えてやったんです」
真宮蓮が深いため息をついた。額を右手で押さえている。
「……君が真宮を名乗る時まで伝えるつもりはなかったのだが、君の誤解が和真を危険にさらしてしまった。だから、君の出生について今明かす事にするよ」
(誤解? なんのこと? ぼくの出生……?)
嫌な予感に蒼蓮の呼吸が浅くなっていく。
「や、やめて! 止めて! 蓮さん!」
緑川麗子が悲鳴のような叫び声を上げ、蓮に縋りつく。蓮は冷たい眼差しで見おろした。
「では、貴女が、今ここで、この子に説明してください!」
麗子は顔を蒼白にさせた。
「出来ないのなら、私が伝える」
ワナワナと真っ赤な唇を震わせながら、麗子は蒼蓮に向き直った。驚愕の事実を告げる為に。
「……蒼蓮、ごめんなさい。あなたの本当の父親は蓮さんではないの」
「……え?」
一瞬、蒼蓮の呼吸が止まる。
「……あなたの本当の父親の名前は、真宮蒼一郎。……蓮さんの父親よ。あなたにとって蓮さんは、……母親が違う兄なのよ」
そう言った後、麗子はその場で泣き崩れた。
今頃になって言いようのない罪悪感に苛まれていたのだ。
あの日、相澤和真の住むマンションは騒然となった。野次馬達が集まり、規制線が張られ、救急車とパトカーの回転灯が辺りを真っ赤に染めていた。すでに冗談では済まされない騒動にまで発展してしまった。
さらに、担架で運ばれていく相澤和真の青白い顔を目の当たりにした瞬間、自分がしてしまった事の重大性に気付き、愕然となったのだ。
(……真宮蓮の息子であることが怖くなって後継者争いから逃げ出すように、少し脅かしてやるつもりだけだったのに──)
足がブルブルと震えだし、立っているのがやっとだった。
(まさか、……し、死んでないよね……?)
言いようのない恐怖が襲ってきた。頭の中が真っ白になる。
いつのまにか家に帰ってきていた。どうやって帰って来たのか分からないぐらい、動揺していた。
(僕があいつらをけしかけたって、バレないはず……。ちゃんと変装してたし、あいつらと会ったのは、たった一日だけだったし……)
何度思い返してみても、自分の計画には抜かりはなかった。
だが、あの夜の光景が、頭から離れないだけでなく、自分が関わっている事がバレたらと思うと、次の日から学校にさえ行けなくなってしまった。
食事もあまり取れず、ベッドから起きあがる気力もなく、ただ布団の中で怯えた日々を過ごす。
目を閉じれば、もう何度も何度も、救急車に運ばれる和真の姿が瞼の裏で繰り返された。
(あんなパーティーの人込みぐらいで、体調を崩すぐらいの軟弱な男の事なんか、気にしなければ良かったんだ。どうせ後継者に残れるはずもなかったのに……)
これまで、真宮蓮が出席する式典やパーティーがあれば、母の知名度を利用出来るところには母と一緒に出掛けて自分の父親の姿を見に行った。
蒼蓮が知る真宮蓮という男は、研ぎ澄まされた刀のように冷たく、孤高の存在だった。その姿を見るのが好きだった。あの血が自分に流れているのだと思うと、ゾクゾクした。憧れていたのだ。
だから、自分に興味を向けられなくても、どれほど寂しいと感じたとしても、真宮蓮には特別がなかったので、納得できた。
だが、あの日、あの祝賀パーティーの日だけは違っていた。あれほど誰にも関心を示すことがなかった真宮蓮が優しい目を一人の人物にだけ向けていたのだ。その姿を見てしまった瞬間、体の奥から言いようのない怒りが湧いてきたのだ。
(僕には、今まであんな目で見つめてくれた事などなかったのに!)
今なら分かる。
真宮蓮から特別な感情を向けられている和真に嫉妬していただけなのだと。
どれほど悔やんでも、起こしてしまったことはなかったことにはならない。そんな事を今更ながら気づく。
そんな悶々とした日々を数週間過ごしていたある日、蒼蓮の家に、真宮蓮本人が一人で訪れた。スッと佇む姿はいつも通りに見える。
だが、目がいつも以上に鋭くなっているように感じて不安が過った。
しかし、何も知らない母は、ただ一人無邪気に喜んでいた。自分達親子の事を気に掛けていると勘違いしているに違いない。
「先日、相澤和真が自宅で強盗に襲われて、負傷するという事件が起こりました」
感情のまったく見えない静かな声だった。
だが、真宮蓮からは明らかに尋常ではない気を感じる。彼が発する存在感だけで部屋の空気が凍りつくようだった。どうしても顔を見る事ができない。
蒼蓮はただうつむいて声だけ聞いていた。震えそうになる手をもう片方の手で押さえ続ける。
「蒼蓮、私がここへ来た理由は分かっているな?」
蒼蓮の体がビクッと大きく揺れた。
(やっぱり! あの事件に僕が関わっている事を知っているんだ!)
体がガタガタと震え始めた。もう駄目なのだと悟る。
「……はい。……ぼ、僕が……あいつらに相澤和真を襲うように仕向けました……」
麗子が持っていたコーヒーカップを落とした。陶器の割れる甲高い音が部屋の中に響く。それはまるで真宮蓮との関係が壊れる音のように聞こえた。
「れ、蓮さん、何かの間違いです! 絶対に違います! この子は、そんな――」
「麗子さん、すでに調査済みです。蒼蓮の口から聞きたかっただけです」
麗子は言葉を失い、崩れるように床に座り込む。
「蒼蓮、分かっていると思うが、君はもう真宮家の籍に入る資格はない。後継者候補からも、もちろん外れてもらう。これ以上、真宮には一切関わらせない」
蓮の声は低く、どこまでも冷酷に聞こえた。
その言葉に蒼蓮は項垂れる。
「……ご、ごめんなさい」
あの事件から始めて涙が零れた。
誰にも相談出来ず、自分のしたことをただ悔やみ続け、先の見えない泥の沼が広がる真っ暗な迷宮を、ただ歩き続けるような日々に既に疲れ過ぎていた。
だからなのかもしれない、真宮蓮に暴かれたことで救われたような気にさえなっていた。
しばらく泣きじゃくる蒼蓮の姿を真宮蓮は見つめていた。
「……蒼蓮、正直に答えてほしい。なぜこのような事を起こそうと思ったのかを」
蒼蓮は驚いて顔を上げた。一方的に断罪されると思っていたからだ。
この時になって初めて真宮蓮をまっすぐに見る事ができた。真宮蓮の瞳は凪いでいて、相変わらず何を考えているのかまったく掴めなかった。
だが、真摯に向き合おうとしてくれていることだけは感じ取る事ができた。
「……悔しかった。羨ましかったんです! あなたに! お父さんに優しい目を向けられている和真くんの事が! だから、嫌がらせのつもりで、パーティーの後、和真くんの行動パターンを調べました。そして、あのマンションに清掃が入る日が分かったので、柄の悪い人達が集まる場所に行って、金が欲しいと騒いでいる奴等に、和真くんの情報と共連れでマンションに入り込める日を教えてやったんです」
真宮蓮が深いため息をついた。額を右手で押さえている。
「……君が真宮を名乗る時まで伝えるつもりはなかったのだが、君の誤解が和真を危険にさらしてしまった。だから、君の出生について今明かす事にするよ」
(誤解? なんのこと? ぼくの出生……?)
嫌な予感に蒼蓮の呼吸が浅くなっていく。
「や、やめて! 止めて! 蓮さん!」
緑川麗子が悲鳴のような叫び声を上げ、蓮に縋りつく。蓮は冷たい眼差しで見おろした。
「では、貴女が、今ここで、この子に説明してください!」
麗子は顔を蒼白にさせた。
「出来ないのなら、私が伝える」
ワナワナと真っ赤な唇を震わせながら、麗子は蒼蓮に向き直った。驚愕の事実を告げる為に。
「……蒼蓮、ごめんなさい。あなたの本当の父親は蓮さんではないの」
「……え?」
一瞬、蒼蓮の呼吸が止まる。
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