生まれる前から好きでした。

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16. 嫉妬

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 昼休み。
 いつも気づけば側にいる三峰汐音が姿を現さない。周りでは、すでに弁当を広げはじめていた。

「あれ? あの一年、今日は来ないんだな」

 福井奏が相澤和真の心の声を代弁する。

「別に、約束しているわけじゃない……。今日は、学食へ行ってくる」

 まるで自分の心の中のもやもやに対する言い訳のような言葉が勝手に口から飛び出し、慌てって席を立つ。

「おっ! じゃあ、俺も学食にする! 一緒に行こうぜ~」

 廊下に出ると奏も付いて来て、上機嫌のまま和真の肩に腕を回し体重をかけてくる。

「! 重い! これ以上背が伸びなかったらおまえのせいだぞ!」

 和真は横目でジロリと睨む。

「なんだ? 背を伸ばしたかったのか?」

 『了解』と言葉が続き、奏の口角がぐっと上がった。
 突然、和真は奏に両手首を掴まれる。

「?」

 『あっ』と声を出す暇もなかった。和真の体がくるりと反転する。気づけば奏の背中に軽々と引っ張り上げられていた。柔軟体操でする背中を伸ばすポーズだ。

「! ば、馬鹿! 止めろ! 下ろせ!」
「あははは。相澤、また福井に遊ばれてんのか?」

 廊下で奏の背中に担がれた状態でジタバタする和真の姿に、クラスメイト達が笑いながら声を掛けてくる。
 さらにムカつく事は、和真が背中でどれほど暴れても奏がビクともしない事だ。もちろん鍛えているからなのだが、まったく太刀打ち出来ないことが口惜しい。やっと地面に足が着くと、和真は肩で息をしながら涼しい顔の奏を睨みつける。

「いい加減にしろよ、奏!」
「あれ? 背負われるのが嫌だったのか? じゃあ、次は俺の腕の中で抱きつぶしてやろう!」

 ニヤリと笑うと、奏は両手の指をまるでかぎ爪のように曲げ、頭の上にまで上げたかと思うと、和真に襲い掛かって来た。

「ぐふっ」

 突然、奏が仰け反るる。調子に乗っておおいかぶさって来た奏のあごに頭突きを食らわせたのだ。相当痛かったのだろう、うずくまっている奏をやった当人も痛かったので、和真は自分の頭をでながら見下ろす。

「ほら、行くぞ。早く行かないと、人気の日替わり定食が無くなる」

 ちょっと涙目で見上げてくる奏に、和真は一つため息をつく。

「……ほら、手を出せ」

 和真が右手を出せば、奏がその手を掴んで立ち上がる。
 だが、頑丈なはずの奏が僅かによろめいた。和真は咄嗟に奏の体を抱きかかえる。

「まさか、脳震盪のうしんとうを起こしてないよな?」

 焦りながら奏の顔を覗き込めば、奏は一瞬驚いた顔をした。
 だが、すぐに破顔すると嬉しそうに覆いかぶさって来る。そのどさくさに紛れて和真の耳元に唇を寄せ囁く。

「俺、おまえに睨まれるの嫌いじゃないんだ」
「変態だな」

 冷ややかな眼差しで見下す。

「そうなのかも」

 お互いの顔を見つめ合い、どちらからともなく噴き出した。二人で笑い合っていると、奏と同じサッカー部の松井と芝崎が声を掛けてきた。

「楽しそうだな。奏」
「昼食はどうする?」
「今から、食堂に行く」
「俺らも混ぜて~」

 二人も加わり、賑やかに四人で食堂に向かう。松井達と部活の話をし始めた奏を和真は背後から見つめる。奏は人当たりが良いから友達も多く、後輩にも慕われている。そんな男がなぜか同じクラスという接点しかない和真になんだかんだとかまってくるのだ。正直、不思議で仕方がない。
 ふと和真の視線が中庭へ向く。木の陰で、男一人に女三人が向かい合っている。
 突然、ドクッと心臓が大きく跳ねた。男は下を向いていて顔は見えないというのに、それが誰なのか分かってしまったからだ。

「汐音……」
「え? あいつ居たの?」

 思わず唇から零れ落ちた名前に奏が反応するのと同じくして、俯いていた汐音が顔を上げこちらを見た。かなり距離があるのに目が合った気がした。和真の視線の先を追って奏も汐音に気付く。

「へえ~、女に囲まれてるじゃんか。やっぱりモテるんだな。まあ、あれだけ綺麗な顔をしていたら、女の方がほっておかないか」

 感心する奏の声を聞きながら、和真はなぜか汐音から目を離すことが出来い。すると、汐音は女達に何か言うと、こちらに向かって駆けて出した。思わず和真は数歩後退る。

「どうしたんだ?」

 不思議そうに奏が訊ねてくる。

「やっぱり、食堂はまた別の日に行く……よ」
 
 まるで譫言のようにそれだけを言うと、和真は身を翻した。

「おい! どうしたんだよ?! 和真!」

 突然の事に、奏が驚いたように声を上げている。

「ごめん!」

 肩越しに謝罪の言葉を叫んで、そのまま走った。思っていたより早く地面を蹴る足音が背後から徐々に近づいてくる。それでも止まらずに走り続けた。

「どこまで行くんですか? 和真さん!」

 思いのほか近くから声が聞こえてきて振り返れば、汐音がすぐ後ろまで来ていた。和真は力が抜けたように走るのを辞める。

「遅れてしまってすみません」

 汐音はそのまま前に回り込むと、立ち塞がるように和真の正面に立った。息が上がっている和真に比べて、汐音はまったく息に乱れがない。

「謝らなくていい。別におまえを待ってなかったし……」

 まるで拗ねたような自分の声に驚き、言葉が途切れる。

「……和真さんに、告白をされている所を見られてしまいましたね。でも、安心してください。ちゃんと断りましたから」

(やっぱり、告白されてたんだ……)

 さらに胸がモヤモヤしてきて眉を寄せる。

「安心て何だよ? おれは何も心配なんてしてないぞ」
「そうですか? てっきり、嫉妬してくださったのかと思っていました」

 汐音に至極まじめな表情で言われて、和真は焦る。視線が定まらない。

「ば! ……な、何でおまえにおれが嫉妬しなくちゃなんないんだよ!」
「違いましたか? では、なぜ私の顔を見てくださらないのですか?」

 ギクリとなる。
 汐音が指摘したように、和真は汐音の顔を見る事が出来なかった。自分の足先を見つめたまま、沈黙に耐える。
 突然、汐音が和真の手首を掴んだ。

「さあ! 早く食べましょうか? 今日はおにぎりだけではないですよ! タコさんウインナーを作ってみました!」

 上機嫌の汐音に手を引かれ、和真は自分の気持ちを持て余しながら歩き出した。
 汐音の指摘どおり、嫉妬していたし、汐音が断ったと聞いて安心しているのだから。
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