生まれる前から好きでした。

文字の大きさ
22 / 77

22. 涙。

しおりを挟む
『和真さんは自由ですよ。今までも、これからも』

(自由? おれが……?)

 胸の奥で溜まりに溜まっていた何かが突如爆発した。相澤和真は三峰汐音を床に押し倒し、馬乗りになった。汐音の身体能力を考えれば、避ける事など造作も無いはずだ。
 だが、ただ黙ってされるがままになっている。

「汐音。……おれの話を聞いていたか?」
「はい。聞かせていただきました。改めて、和真さんの生き方が素晴らしいと認識致しました」
「ふざけるな!」

 汐音の胸倉を掴み上げ、和真は叫んだ。静かな瞳が激高する和真を映す。

「ふざけてなどいません」

 感情を剥き出しにした和真に対して、汐音はどこまでも冷静だった。

「おれが自由? 生き方が素晴らしい? どこがだ? おれの前には、険しい道が一本しかないんだぞ! 親に愛されたことも無く、ゲームのコマのように扱われているおれのどこが……」

 和真は言葉を詰まらせた。零れ落ちた涙が汐音を濡らす。和真は掴んでいる胸元に額を押し付けた。汐音の腕が和真の背にまわされるのを感じた。

「何の拠り所も無く、果敢に試練に挑まれ、よく今まで、今のあなたを保ってこられましたね」

 まるであやす様な優しい声が荒れ狂う胸の内に流れ込んでくる。

「何度も言います。和真さんが今私の目の前に存在するだけで、私には至高の喜びなのです。あなたが生きてここに在るから、私も生きていける」

 汐音以外の者が言ったなら、何を大げさな事を言っているのだと真剣に受け取らなかっただろう。
 だが、前世とはいえ、フィーリアの魂が存在しないという理由だけで失望し、自ら13歳という若さで戦場へ向かっている。そして、この世でフィーリアの生まれ変わりのおれを見つけ出した。そんな汐音の言葉だったからこそ、傷付いてささくれた心に染み渡っていく。冷え切った心と体を温めるかのように和真の背に回された腕がさらにしっかりと抱き込んだ。改めて気付いたのは、汐音の体温は高い。

「……母君は一緒に住んではおられないのですね?」

 汐音の温もりを感じながら、和真は素直に頷いた。

「……なぜ分かった?」
「見た限り、母君のものがあまりに何もなかったので……」
「……あの人は、仕事と派手な生活が好きなんだ。今は気に入っている男とハワイで暮らしながら、仕事でハワイと日本を行き来している」
「やはり和真さんは愛されておられますね」
「……」

 和真は無言で身を起こした。先ほどのように汐音に対して感情のまま怒りをぶつけたりはしなかったが、不快さを隠そうともせず、剣呑な目を汐音に向ける。

「……なぜそう思う?」

 怒りを秘めた声に、汐音はまったく怯みもしない。

「あなたの身を案じて、ハワイから飛んでこられたのではないのですか?」
「おれの身を案じる……?」

 あまりに突拍子もない事を言われ、和真は口をポカンと開ける。

「母君に反抗したのは初めてだったのでは?」
「……反抗するもなにも一緒に暮らしていなかったからな」

(母親らしい愛情を向けられた記憶はない。気まぐれにこのくだらないゲームさえも突然止めたと言って、おれの存在ごと捨ててしまう可能性さえあった。ゲームだろうとなんだろうと、生きていく為にただ静かに課題をこなし続けるしかなかった)

 汐音が僅かに目を細め、赤く腫れている和真の頬に触れる。

「あなたの頬を打ったことは、いくら和真さんの母君でも許せません。ですが、電話でもできる内容なのに、ここへわざわざ会いに来られている。仮に日本におられたのだとしても、直接あなたの顔を見たかったのではないでしょうか? 『元気そうね』と言っておられましたからね。あなたが元気だと確認出来た途端、心配していた分無性に腹が立ったのかもしれませんね。愛の形は人それぞれですから」

 まっすぐな眼差しで見つめながら汐音は年下とは思えない達観した見解を口にする。

「お仕事では成功しておられるのかもしれませんが、人を愛する事には、かなり不器用な方なのですよ。和真さんの母君は」

 本当の事は分からない。汐音の思い違いである可能性の方が高い。孤独だった過去が変わるわけでもない。
 だが、思考がぐるりと回転したような不思議な感覚をおぼえた。

(もし、汐音が言うようにただ愛情を与えるのが下手なだけだったら? おれが勝手に冷血な女なのだと思い込んでいるだけなのなら? 確かに、今まで母親とちゃんと話をしたことはなかった……)

 あれほど堂々として完璧に見えていた姿が、どこか滑稽にさえ思えてくる。

「ははは……」

 思わず笑いが込み上げてきた。和真は涙を流しながら笑った。汐音は何も言わずただ静かに和真を見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

ギャルゲー主人公に狙われてます

一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。 自分の役割は主人公の親友ポジ ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

処理中です...