呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第一章 呪いを見つけてしまった話

第2話 崩れ行く平凡平和な人生

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 『今日は散々な一日だった』

 日記の初めにそう記し、日和ひよりは溜め息を吐く。
 現在の時刻は二十二時。家事や風呂を終えた日和は、机の前で寝る前の習慣である日記を書いていた。

 結局、日和は買い物に行かず、家に逃げ帰ってきた。

 斜面を転がり落ちた時に負った怪我は、擦り傷と軽い打撲程度で済んだので幸いだった。しかし、着ていた白のカーディガンは草の汁や泥で汚れ、スカートも木の枝に引っ掛けたのか裾が破れてしまっていた。
 お気に入りのシアン色のリボンがついたクリップ式の髪留めも失くしてしまい、目的のスーパーにも寄れなかった。

 日和は神社での出来事を思う。
 二体の日本人形。地面に描かれた魔法陣のようなもの。犬の遠吠えならまだわかるが、いる筈のない馬のいななき。
 あれは、何だったのだろうか。

(……最近では手の込んだ悪戯イタズラを動画に上げて投稿する事もあるみたいだし、その仕込みか何かを偶然に見つけてしまっただけだよね?)
 そう結論づけて、日和は日記を閉じた。

 拭いきれない恐怖に人の声が聞きたくなって、お気に入りのラジオを再生してベッドに仰向けに寝転がる。

 ふと、天井を黒いモノが横切るのが見えた。
 眼鏡を外していた為に正体はわからなかったが、黒いモノは素早い動きで壁を移動して行く。

(虫!?)
 退治しようと思って、日和は体を起こす。

 黒いモノは壁に向かって飛んで行く。そのまま壁に張り付くかと思いきや、黒いモノは壁の中に吸い込まれるように消えていった。

「は??」
 日和は茫然としながらも、壁に近づく。壁に衝突して落ちたかもしれないと周りの床を見るが、黒いモノの姿は見当たらない。

「……み、見間違い? 見間違いだよね!!」
 今日は変な事がありすぎて、頭が混乱しているのだろう。夜更かしはやめて、日和は寝ることにした。

 夕方から降り続く雨の断続的な音が、不安な気持ちを掻き立てていく。


***


 夢を見た。
 
 日和はゴツゴツとした岩に囲まれていた。それは安心出来るものだと思ったけれど、近づいてくる規則的な足音が怖かった。恐怖から、日和は周りを囲む岩にギュッとしがみつく。日和の体は岩が隠してくれている。パッと見ただけでは、日和がいるのかわからないだろう。

(見つかりませんように)

 心の中で必死に祈る。
 足音は何度も日和の近くを行き来する。
 探すように、追い詰めるように。足音が止まる。どんどん恐怖が強くなる。


***


 ハッと息を大きく吸って、日和は目を覚ました。

 部屋の中は太陽の光が差し込んで明るくなっていた。体を起こして部屋の時計を見ると、朝の七時を示している。
 寝汗をかいていたらしく、パジャマが肌に張り付いて気持ち悪い。

 嫌な夢を見た気がしたが、おぼろげで思い出せない。覚えているのは恐怖心だけ。
 昨日の出来事が原因で悪夢を見たのだろう。口から溜め息が漏れる。

(早く忘れてしまおう)

 身支度を整えた後、携帯で求人サイトを見て回り、三件応募した。

(最近、就活しかしてないな)
 口から乾いた笑いが漏れる。先日応募していた求人に対する返事のメールが届く。『人員が充足した為、採用になりませんでした』という内容にガッカリした。

(気晴らしに、美味しいご飯を食べよう!)
 自分の為に美味しいご飯を作ろうと、冷蔵庫を開ければ、中身は調味料のみという事実に更にガッカリした。
 昨日スーパーに行けなかったので、食材が無い。日和は鞄を持って外へ出た。

 日和の気持ちとは裏腹に、快晴だった。
 落ち込んでいる気持ちも、美味しいもの食べて、好きなアニメや漫画を楽しめば回復するだろう。

(今日はお刺身でも食べちゃおうかな)
 海の近くの土地だから、美味しい魚が安く買える。少し気分を上げながら、スーパーへの道を歩いた。

 日和は、ふと足を止める。いつもの習性なのか、無意識に神社の近くを通る道を歩いていた。もう少しすれば、神社へ行く分かれ道だ。

 引き返して他の道を行くか迷ったが、ここまで来たら引き返すのは遠回りになる。神社に近づきたくはないが、空腹状態な上に蒸し暑い中を歩きたくない。

 神社に行かなければいいだろうと思い、そのまま道を進む。神社へ行く道とスーパーへ行く道が分かれる交差点で信号が変わるのを待った。

 行き交う車。反対側の歩道をゆっくりと歩くおばあさんの姿。
 いつもの日常に、日和は安堵する。

 日和の人生は平凡平和なものだった。これからも、それが続いていくだろう。死ぬまでドラマチックとは無縁の非刺激的な日常を淡々と生きていく。

(だから、昨日の出来事だって……)

「おい、あんた」
 後ろから鋭い声が聞こえた瞬間、誰かに肩を掴まれた。
 驚いて振り返ると、見知らぬ青年が立っていた。

 背が高く、黒縁眼鏡をかけた黒髪の青年。色白の肌とは真逆の黒で統一された服装。綺麗な顔立ちだが、表情は不機嫌そうに歪められていた。歳は日和より少し下か同い年くらいだろう。

 記憶を探って知り合いかどうか考えたが、本当に知らない人だ。不機嫌そうに睨まれる筋合いは無い。

 青年は上着のポケットから何かを取り出して、混乱する日和の前に突き出す。

「あ! これ、私の髪留め?」
 青年が開いたてのひらの上には、昨日失くした日和の髪留めがあった。気に入っていたが、あの場所に取りに行く気が起きずに諦めていた。

「ありがとうございます」
 笑顔で髪留めを受け取ろうとして、日和は違和感に手を止める。

(どうして、この人は私の髪留めだと分かったの?)
 この髪留めは日常的に身につけているが、見知らぬ青年が何故知っているのか。何より、あの場所で落とした物をどうして青年が持っていて、わざわざ届けているのか。

 ゾワリと鳥肌が立った。
 後ずさろうとした時、日和は自分の足が動かないことに気づく。
 地面に縫い付けられたかのように動かない足に視線を向ければ、揺らめく黒い影のようなモノが足首から太ももにかけて纏わりついていた。

「声、出すなよ」
 青年の低い声が耳元で聞こえたと思った瞬間、日和の足元に絡みついていたモノが背中を伝って口を覆うように巻き付いた。

「!?」
 青年は日和の手を引いて歩き出す。足は動いたが、黒い影が絡まったままなので上手く歩けない。日和は青年に引きずられるまま道を進む。

 混乱する日和が連れてこられたのは、昨日訪れた神社だった。
 神社の駐車場で足を止めた青年は、ようやく振り返り、日和を見た。

「昨日、この神社に来たな?」
 嘘や誤魔化しを許さない強い瞳。日和は恐る恐る頷いた。

「そこで、人形を見たか?」
 青年の問いに、日和は目を見開く。

(もしかして……あの人形は、この人の物なの?)
 
 狼狽うろたえる日和に、青年の目が鋭くなる。

 青年は黒い車の助手席のドアを開けると、日和の体を乱暴に押し込めた。
 シートベルトを着けられる。体に纏わりつく黒い影も『逃さない』とでも言うように、強く巻きついてきた。

 運転席に座わった青年は、携帯を取り出して、どこかに連絡をする。

「俺です。昨日の一般人を確保しました。今から連れて行きます」

(”一般人”っていう表現をするってことは、この人は一般人じゃないの!? 裏の組織とか!?)

 声を出したいが、口を開く事が出来ない。体を動かしても拘束が解けそうな気配はない。抵抗する日和を見て、青年は面倒臭そうな顔をした。

「無駄だ。大人しくしてろ」
(誘拐犯っぽいことを言われた。”っぽい”じゃなくて、誘拐そのものだけど! え!? 本当に私どうなるの!?)


 車が発進する。
 『自分の人生は平凡平和に終わっていくものだ』という日和の達観は、呆気なく崩れた。

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