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第七章 未来に繋がる呪いの話
第10話 穢れと許し
しおりを挟む白銀色の術式に当たった瞬間、二つの水晶玉が甲高い音を立てて砕け散る。
壮太郎が作り出した浄化の術式の線の上を、水晶玉の中から飛び出した金色の光と山吹色の光が勢いよく駆け抜けた。
(この光は……)
包み込むような温かい金色の光と、揺らぐことのない強さを持った山吹色の光。
見覚えのある二色の光に、日和は驚いて目を見開く。
白銀色の術式を埋め尽くした金色と山吹色の光により、浄化の術式が発動する。
二色の光が日和と碧真を包み込むと、山吹色の光が煌めいて、二人の体から黒い穢れを引き剥がす。引き剥がされて宙に浮かび上がった穢れを、金色の光が飲み込んでいく。
周囲に浮かんでいた穢れが無くなり、光が徐々に収まる。
日和と碧真の体を蝕んでいた穢れは、完全に消えていた。
「うん。上手くいったね」
壮太郎は満足そうな笑みを浮かべて頷く。丈は驚いた顔で壮太郎を見た。
「壮太郎、どうやったんだ? あの光は一体……」
「天翔慈家の術者の力を一時的に貯めておいた呪具を使って、浄化の術式を発動させたんだ。さっき使った水晶玉の呪具は、言わば電池みたいな物だよ」
日和は抱きしめていた手を緩め、碧真の顔を見る。意識を失ったままだが、顔色も呼吸も良くなっていた。
壮太郎は、しゃがんで目線を合わせた後、日和の頭へ手を伸ばす。
「怖かっただろうに、よく頑張ったね」
壮太郎の優しく労るような声音と笑みに、日和の目にジワリと涙が滲む。
碧真がどうなってしまうのかわからず、本当に怖かった。
何も出来ない自分がもどかしくて悲しかった。恐怖と混乱でいっぱいいっぱいだった。
「大丈夫。ピヨ子ちゃんのおかげで、チビノスケに穢れが回り切る前に対処できた。ピヨ子ちゃんは、ちゃんとチビノスケを守れたんだよ」
安堵した日和の目から、抑えきれなくなった涙が次々と溢れた。嗚咽を漏らす日和を慰めるように、壮太郎が優しく頭を撫で続ける。大きな手に撫でられ、日和は徐々に落ち着きを取り戻した。
日和が泣き止んだのを見て、壮太郎が口を開く。
「それにしても、一体何があったの?」
壮太郎の問いに、日和は二人と離れた後に起きた出来事を語る。
話を聞き終えた後、壮太郎は口元に手を当てて眉を寄せた。
「チビノスケは邪気の耐性はあるけど、穢れの耐性が殆ど無いみたいだね。怨霊達と遭遇した場合は危険だな」
「穢れの耐性って、人によって違うんですか?」
「うん。耐性には個人差があるよ。明確な理由は解明されていないけどね」
日和も丈も穢れに耐性があるという話だから、術が使えるか使えないかによって変わるのでは無いのだろう。
壮太郎はフッと笑みを浮かべる。
「僕のじいちゃんの仮説だけどね、穢れの耐性は”許し”が関係しているかもしれないんだ」
「許し?」
日和は首を傾げる。壮太郎は頷いて口を開いた。
「穢れは、強い負の感情を抱いた死から生まれる。怒り、嘆き、悲しみ、憎しみ。それらは”許せない”という強い感情。”許し”は、怒りも嘆きも悲しみも憎しみも全て受け入れ、昇華する。だから、許せることが多い人間は、穢れに対して強い。確証はないけどね。僕は、この考えが結構好きなんだ」
祖父との思い出を懐かしむように語った壮太郎は、日和を見てニコリと笑う。
「ピヨ子ちゃんは、自分の心の弱さも醜さも許し、否定しない。だから、穢れに強いんじゃないかな? まあ、穢れへの耐性があると言っても、限度があるからね。穢れに飲み込まれると、精神的に狂って廃人になるから。いくらチビノスケを助ける為とはいえ、穢れには触らないようにしないとね」
「赤間さんに何かあったら、碧真も悲しむ」
壮太郎と丈に諭されて、日和は眉を下げる。
あの時は、碧真のことで頭がいっぱいで、自分がどうなるかなど考えられなかった。冷静になって考えてみれば、だいぶ無茶なことをしていたのだと分かる。
「でも、ありがとう」
「うん。チビノスケを助けてくれて、ありがとう。ピヨ子ちゃん」
丈と壮太郎は、ふわりと優しく微笑む。
「チビノスケの意識も無いし。行方不明の子の捜索は一旦切り上げて、ひとまず森を出ようか」
壮太郎は立ち上がると、側に控えていた二匹の羽犬に近づく。
壮太郎が二匹の頭へ手を置くと、羽犬の額に白銀色の術式が浮かび上がった。
壮太郎が術式に新たな構築式を書き加えると、二匹の羽犬の体が徐々に膨らみ、一人乗り用の大きさから、大人二人が余裕で乗ることが出来る大きさに変化した。
日和が驚いて固まっていると、丈が気を失っている碧真の体を軽々と持ち上げて、羽犬の背に乗せる。丈は、碧真の体を両腕の間に挟んで支えるようにして、後ろに跨った。
「ピヨ子ちゃんも、おいで」
壮太郎に言われるがまま、日和は碧真達とは別の羽犬の背に乗った。
日和の後ろに飛び乗った壮太郎が、羽犬の首元を優しくポンポンと叩く。羽犬は、白い羽を広げて、ふわりと宙に浮かび上がった。
「ピヨ子ちゃん。落ちないように、しっかり掴まっているんだよ」
「え?」
日和の体がガクリと揺れる。
驚いた日和は、羽犬の毛を強く握りしめた。『羽犬が痛がるのでは?』と考える余裕すら無い程の強風と疾走感が日和を襲う。風で荒ぶる前髪が、鞭のように額や瞼を叩いた。
「風が気持ちいいね。もっとスピードをあげようか」
「………えっ!? 待ってええええええっっ!!」
風が更に唸りを上げ、脳が処理出来ない程に高速で過ぎ去っていく景色。
日和の絶叫と壮太郎の楽しそうな笑い声が、森の上を駆け抜けていった。
羽犬達のおかげで、あっという間に丈の車まで戻る事が出来た。
叫び疲れた日和は、ぐったりと後部座席のシートに座り込む。
(もう嫌だ。お家帰りたい。このまま、皆で帰ろうってならないかな?)
「碧真は、まだ目を覚さないだろうな」
「穢れを祓ったとはいえ、精神力も体力も削られているだろうからね。当主様への報告も兼ねて、結人間の本家に行って休ませよう」
壮太郎の言葉に頷き、丈が車を発進させる。
四人は森を後にした。
***
「もう! あの人、本当に邪魔ぁ!」
鬼降魔雪光は地団駄を踏んで叫ぶ。
碧真を迎えに行こうとした時に、遠目に大嫌いな結人間壮太郎の姿が見えた。
慌てて立ち止まって気配を消した雪光は、壮太郎の気配が完全に消えるまでの間、その場に蹲って隠れていた。
壮太郎がいなくなったのは良かったが、碧真までいなくなっていた。
(碧真君と遊べる筈だったのに! 本当、早く消えてくれないかな。あの人)
雪光は歯軋りをして怒りを発散させた後、お兄ちゃんの言葉を思い出してニコリと笑みを浮かべた。
「でも、あの人は必ず消すって、お兄ちゃんが言ってたし。それまでの我慢だね。ふふふ。あの人がいなくなれば、碧真君もお父さんも手に入れられる」
計画とは違うことになっているが、お兄ちゃんなら、また別の方法で邪魔な存在を消してくれるだろう。
雪光の欲しいモノの内の半分が、もうすぐ手に入るのは変わらない。
「あ! いけない。すっかり忘れてた。あの子を置いてきたままだ」
鬼降魔成美の存在を思い出し、雪光は嫌悪感から顔を顰める。成美のことは嫌いだが、ちゃんと世話をするようにと、お兄ちゃんに言われていた。
「お兄ちゃんに怒られるのは嫌だし。仕方ないから、取りに戻ろう」
溜め息を吐き出した後、雪光は重たい足取りで歩き出した。
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