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第一小節 日常と摩擦
e0 現実と虚構の出逢い
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少年の人生はこと現実においては希薄そのものだった。友達と呼べるのはインターネット上の繋がりだけだ。明日は学校に行かないと、と誰とも交わさない約束をした少年は、今日も無形の世界へと潜り込む。この世界においては、少年は姿の見えないハッカー、いや、クラッカーとして影で名を馳せていた。
今日も手持ち無沙汰な仲間がサルページした情報をコメントを交えて公開していた。
>お前、学校は?
>>明日行く。
>明日も同じ事言うくせにw
>>おまいう
>>ちげえねえ
その間を縫って、個人的なチャットが投げ込まれてきた。特にやることはないので少年はすぐに返事をする。この相手は数少ない友達と言える人間だった。ただそれも顔を合わせたことはないという前提条件があるものの、それでもプライベートな会話も不思議とできる関係だ。当然、男か女かもわからずただ年齢が一緒なことがわかっているだけで、それ以上、踏み込む勇気も興味もなかった。
>で、暇なんだろ?
>>んー人並みには
>世間一般の人並みのハードル低すぎだろw
>まあいいけど、そんな暇人におもしろい情報だ。
少年がキーボードを叩き、エンターキーを押す前に、更にコメントがポップアップされた。短縮URLだけが追記されていた。先ほど前打ち込んだ言葉を消去して書き直す。
>>なんだこれ。変なスクリプト入れてないだろうな。
>そこらへんは既に確認済みだ。とりあえず見て見ろ。たぶんすぐに話題になる。
>>おk
こいつが言うなら問題ないと、躊躇なしにそのリンクをクリックする。自動的に自作の検証ツール「アスク」が走るが特に検知するものはないようで、あっという間に開いた。
そこにはファイルダウンロードのリンクが一つだけ張られており背景はまっさらで、それはそれで不気味だった。
>>なんのファイルだ?
>知らね。それも見てみれば分かる。
猜疑心より好奇心が勝り、それをダウンロードする。サンドボックス内で展開するとファイルが二つあり、どうにも圧縮されているようだが、それなりに詳しい少年にもそれぞれ見覚えのない拡張子だった。ファイル名も文字化けして意味のなさない文字列が並んでいた。とりあえず拡張子を検索する。が予想通りそれらしい記述はなかった
>どうだ? お前なら開けるかと思ってな
>>どうもなにも、どこで拾ったんだ? 怪しいことこの上ないが――
途端にメールボックスに新着通知が来たようで、途中でエンターキーを押してしまい送信してしまった。
>ん、お前も来たか?
途中送信されたメッセージで感づいたのか、その意味がわかったようだ。
メールボックスには差出人不明の空白、本来、そういったものは弾くようになっているが、それを突破したようだ。先ほどのファイルと関連があるのだろうと思い、開けば、同じリンクが貼られていた。それをクリックする理由もなく、チャットに戻る。
>>お前もメールが来たのか?
>その通り、こっちもついさっきだけどな。めんどくさいからお前に回したけど、意味なかったな
少年はふと先ほどの検索ページが更新されていることに気づき画面を前に出す。見慣れない拡張子についてのページが次々と作成され、どれも謎のメッセージとして取り上げていた。
>>おお、祭りじゃん
さっそく有名掲示板でもスレッドが立ち上がっていた。中にはまた、諜報機関の採用テストだ、愉快犯だのと騒ぎ立てられていて、早速解析に乗り出すネット住民でにぎわいを見せていた。解析したと宣言する奴もいたが、ただの釣りのようだ。しばらくすればまとめサイトにも乗る勢いのようだ。
>やる気出たか?
>>まあ暇つぶしにはなるな
>学校は?
>>明日は無理だな
>やっぱりw
チャットを辞め、「アスク」にファイルを投げ込む。外部通信においては自作のツールによって自動解析されるようになっていたが、それをスルーしてきたことがむしろ不思議だった。
メールをもう一度、解析に入れ込むと、今度は少し時間がかかっているようで、喉が乾いたことに気づくと部屋を後にして家の階段を降りていった。
「親父……? いねえのかよ」
一階でテレビが鳴いていたので、父親が帰ってきたと思ったが、すぐ出て行ったようで家はもぬけの殻だった。それに感慨もなく、冷蔵庫を開け、炭酸ジュースのペットボトルを手に取り、とりあえず一口含む。乾いた喉には刺激が強く、少し涙目になりながら、なんとなくテレビでやっているニュース番組に横目に見る。少子化に歯止めがかからないとか、新型の感染症とみられる罹患者が国内で初めて見つかったとか、海外の戦争とかを淡々と離すキャスターとコメンテーターがしきりに頷いて危機感を煽っている。デジャヴを感じながらリモコンで電源を落とし、静かになったリビングを後にしようとカウンターキッチンを過ぎれば、かつて幸せだった3人の家族写真が光に照らされた。それから目を背けるように足早に階段を駆け上っていった。手に握ったペットボトルの結露がじんわりと気持ち悪さを持って手を伝った。
部屋に戻り、椅子に腰掛ける。ぎしりと背もたれが軋んで少年の背中を受け止めた。また一口、ジュースを口に含めば先ほどの刺激も慣れたようで、そのまま喉を潤す。
「ん、終わったか」
3面モニターの真ん中では「アスク」による解析が終了を示していた。早速、解析結果を確認しようと目を凝らす。
>>出席日数やばいから学校いくわw 続報よろしく
そのメッセージを最小化して、解析後のメールボックスを開く。先ほどまで空白だった差出人が表示されていた。
「null……」
それは零とか無しを表す文字列だ。空白とさほど意味は変わらず、少しの期待を早々に口から漏らす。掲示板においても真実味を帯びた成果の報告はないようだ。
今度はフォルダを確認する。それは目に見えた変化があった。フォルダが解凍されていたのだ。それをすぐに展開するとテキストファイルが一つだけ置かれていた。
「座標か……?」
英数字の組み合わせの文字がぽつんと表示され、すぐに座標だと検討がつくのも、そういった謎解きが世に溢れているからだ。どちらにせよ外に出るのは億劫だったため、座標の位置を確認してリークする予定にした。
マップを開き座標情報を入れ込むと、その結果に意味が分からず呆然とした。
「は……?」
何かの見間違いだと、目を凝らしてみるもののマップに表示された座標情報に間違いはなく、半ば信じたくない気持ちでズームをかける。焦ったのか航空写真に切り替えてしまうもののそれを戻す余裕もなく、限界まで近づき、それを理解した途端だった。
ポップアップが告げる、新たなメッセージ。震える手でそれを開く。差出人はnull、そのメッセージに恐怖が沸き立つ。
「特定位置に転送完了。詳細位置は該当者に通達」
添付された画像に弾かれるようにして、席を立った。階段を駆け下り、父親の書斎の扉を乱暴に開け、しばらく使われてないであろう机の上を凝視した。埃がうっすらつもった机の上に真新しい書物が一冊置かれていた。
少年のモニターの航空写真は彼の自宅を指し、そして、添付画像には彼の父親の書斎、まるで本から見た景色のように少年が入ってきた扉を正面にして映し出されていた。
少年は言いようのない不安とそれでも逃れられない好奇心を混ぜ込み、結果、震える手それを手に取った。埃は一切被っておらず、ただその表紙は経年劣化したかのように古ぼけていたが、解れや汚れがあるわけでもなくただただ時間が過ぎ去ったような印象だった。分厚い本の表紙には題名もなにもなく、それをおそるおそる開き、1ページ目を開く。白地の紙には前書きだろうか、一言だけ書かれていた。
「来なかった明日への願いを託す」
珍しい手書きで、鼻をかすかにインクの香りが過ぎていった。
今日も手持ち無沙汰な仲間がサルページした情報をコメントを交えて公開していた。
>お前、学校は?
>>明日行く。
>明日も同じ事言うくせにw
>>おまいう
>>ちげえねえ
その間を縫って、個人的なチャットが投げ込まれてきた。特にやることはないので少年はすぐに返事をする。この相手は数少ない友達と言える人間だった。ただそれも顔を合わせたことはないという前提条件があるものの、それでもプライベートな会話も不思議とできる関係だ。当然、男か女かもわからずただ年齢が一緒なことがわかっているだけで、それ以上、踏み込む勇気も興味もなかった。
>で、暇なんだろ?
>>んー人並みには
>世間一般の人並みのハードル低すぎだろw
>まあいいけど、そんな暇人におもしろい情報だ。
少年がキーボードを叩き、エンターキーを押す前に、更にコメントがポップアップされた。短縮URLだけが追記されていた。先ほど前打ち込んだ言葉を消去して書き直す。
>>なんだこれ。変なスクリプト入れてないだろうな。
>そこらへんは既に確認済みだ。とりあえず見て見ろ。たぶんすぐに話題になる。
>>おk
こいつが言うなら問題ないと、躊躇なしにそのリンクをクリックする。自動的に自作の検証ツール「アスク」が走るが特に検知するものはないようで、あっという間に開いた。
そこにはファイルダウンロードのリンクが一つだけ張られており背景はまっさらで、それはそれで不気味だった。
>>なんのファイルだ?
>知らね。それも見てみれば分かる。
猜疑心より好奇心が勝り、それをダウンロードする。サンドボックス内で展開するとファイルが二つあり、どうにも圧縮されているようだが、それなりに詳しい少年にもそれぞれ見覚えのない拡張子だった。ファイル名も文字化けして意味のなさない文字列が並んでいた。とりあえず拡張子を検索する。が予想通りそれらしい記述はなかった
>どうだ? お前なら開けるかと思ってな
>>どうもなにも、どこで拾ったんだ? 怪しいことこの上ないが――
途端にメールボックスに新着通知が来たようで、途中でエンターキーを押してしまい送信してしまった。
>ん、お前も来たか?
途中送信されたメッセージで感づいたのか、その意味がわかったようだ。
メールボックスには差出人不明の空白、本来、そういったものは弾くようになっているが、それを突破したようだ。先ほどのファイルと関連があるのだろうと思い、開けば、同じリンクが貼られていた。それをクリックする理由もなく、チャットに戻る。
>>お前もメールが来たのか?
>その通り、こっちもついさっきだけどな。めんどくさいからお前に回したけど、意味なかったな
少年はふと先ほどの検索ページが更新されていることに気づき画面を前に出す。見慣れない拡張子についてのページが次々と作成され、どれも謎のメッセージとして取り上げていた。
>>おお、祭りじゃん
さっそく有名掲示板でもスレッドが立ち上がっていた。中にはまた、諜報機関の採用テストだ、愉快犯だのと騒ぎ立てられていて、早速解析に乗り出すネット住民でにぎわいを見せていた。解析したと宣言する奴もいたが、ただの釣りのようだ。しばらくすればまとめサイトにも乗る勢いのようだ。
>やる気出たか?
>>まあ暇つぶしにはなるな
>学校は?
>>明日は無理だな
>やっぱりw
チャットを辞め、「アスク」にファイルを投げ込む。外部通信においては自作のツールによって自動解析されるようになっていたが、それをスルーしてきたことがむしろ不思議だった。
メールをもう一度、解析に入れ込むと、今度は少し時間がかかっているようで、喉が乾いたことに気づくと部屋を後にして家の階段を降りていった。
「親父……? いねえのかよ」
一階でテレビが鳴いていたので、父親が帰ってきたと思ったが、すぐ出て行ったようで家はもぬけの殻だった。それに感慨もなく、冷蔵庫を開け、炭酸ジュースのペットボトルを手に取り、とりあえず一口含む。乾いた喉には刺激が強く、少し涙目になりながら、なんとなくテレビでやっているニュース番組に横目に見る。少子化に歯止めがかからないとか、新型の感染症とみられる罹患者が国内で初めて見つかったとか、海外の戦争とかを淡々と離すキャスターとコメンテーターがしきりに頷いて危機感を煽っている。デジャヴを感じながらリモコンで電源を落とし、静かになったリビングを後にしようとカウンターキッチンを過ぎれば、かつて幸せだった3人の家族写真が光に照らされた。それから目を背けるように足早に階段を駆け上っていった。手に握ったペットボトルの結露がじんわりと気持ち悪さを持って手を伝った。
部屋に戻り、椅子に腰掛ける。ぎしりと背もたれが軋んで少年の背中を受け止めた。また一口、ジュースを口に含めば先ほどの刺激も慣れたようで、そのまま喉を潤す。
「ん、終わったか」
3面モニターの真ん中では「アスク」による解析が終了を示していた。早速、解析結果を確認しようと目を凝らす。
>>出席日数やばいから学校いくわw 続報よろしく
そのメッセージを最小化して、解析後のメールボックスを開く。先ほどまで空白だった差出人が表示されていた。
「null……」
それは零とか無しを表す文字列だ。空白とさほど意味は変わらず、少しの期待を早々に口から漏らす。掲示板においても真実味を帯びた成果の報告はないようだ。
今度はフォルダを確認する。それは目に見えた変化があった。フォルダが解凍されていたのだ。それをすぐに展開するとテキストファイルが一つだけ置かれていた。
「座標か……?」
英数字の組み合わせの文字がぽつんと表示され、すぐに座標だと検討がつくのも、そういった謎解きが世に溢れているからだ。どちらにせよ外に出るのは億劫だったため、座標の位置を確認してリークする予定にした。
マップを開き座標情報を入れ込むと、その結果に意味が分からず呆然とした。
「は……?」
何かの見間違いだと、目を凝らしてみるもののマップに表示された座標情報に間違いはなく、半ば信じたくない気持ちでズームをかける。焦ったのか航空写真に切り替えてしまうもののそれを戻す余裕もなく、限界まで近づき、それを理解した途端だった。
ポップアップが告げる、新たなメッセージ。震える手でそれを開く。差出人はnull、そのメッセージに恐怖が沸き立つ。
「特定位置に転送完了。詳細位置は該当者に通達」
添付された画像に弾かれるようにして、席を立った。階段を駆け下り、父親の書斎の扉を乱暴に開け、しばらく使われてないであろう机の上を凝視した。埃がうっすらつもった机の上に真新しい書物が一冊置かれていた。
少年のモニターの航空写真は彼の自宅を指し、そして、添付画像には彼の父親の書斎、まるで本から見た景色のように少年が入ってきた扉を正面にして映し出されていた。
少年は言いようのない不安とそれでも逃れられない好奇心を混ぜ込み、結果、震える手それを手に取った。埃は一切被っておらず、ただその表紙は経年劣化したかのように古ぼけていたが、解れや汚れがあるわけでもなくただただ時間が過ぎ去ったような印象だった。分厚い本の表紙には題名もなにもなく、それをおそるおそる開き、1ページ目を開く。白地の紙には前書きだろうか、一言だけ書かれていた。
「来なかった明日への願いを託す」
珍しい手書きで、鼻をかすかにインクの香りが過ぎていった。
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