来なかった明日への願い

そにお

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第二小節 彩るハルの季節、軋んでナル世界

p12 神の一柱

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 箱舟アークは高度を下ろしていき、僕らを覆う影が広く濃くなっていく。神塔の頂上付近に横付けし、それに呼応するように横付けされた神塔の一部分から塔内への足場がせり出してきた。真下からは神の姿は見えず、ここ、祭壇に降りてくるのを待つしかなかった。

 皆、一言も声を発することはない。ただ木々に集う小鳥達がさえずる声だけが景色を彩っているだけだ。するとそれを遮るように、空気が軽く漏れる音が神塔、祭壇側から聞こえた。どうやら降りてきたようだ。今のは入り口が開く音だ。それを示すように影を一筋の光が切り裂いた。扉から漏れる強烈な一条の光、扉が開ききるころには僕たちを覆う影は上空の神舟と共に輪郭だけを残して姿を消していた。
 
 金属と、服が互いに擦れ音を立てる。それも数が多い。何十人と同じ顔をした黒服の男か女かも判別しにくい中性的な彼ら、機械人形オートマタの集団だ。彼らは祭壇と地上をつなぐ階段をまったく同じ足取りで駆け下り左右に広がり、降りてきた階段方向に視線と姿勢を正す。その両腕腕に抱えているのは蒼光銃、そして腰に携えているのは断罪剣だ。鞘に収まっているように見えるが、彼らが握れば形状変化しまるで裏返るようにして銀色に輝く鋭利な殺戮の刃になるのだ。かつての恩人が脳裏にちらつき思い出す前に、感情が表にでる前になにもない階段へ僕は視線を戻した。

 そして、更なる足音が聞こえてくる。およそ二種類の足音、機械人形よりもしっかり踏みしめているような感じがして、その影が、僕たちを見下ろすと頭角族の周辺でざわめきが起きた。そちらに目をやると一番、驚いているのは先頭のドラグのようで、一番後ろからだと頭一つ分の狼狽えだけが垣間見えた。そうさせる原因はあの二つの影だ。陽に顔が照らされれば灰色の装束が風に靡いた。彼は神迎えで迎えられた亜種。そしてドラグの息子、カイルなのだから。

 ただ声を上げることは許されていない。この場に神が降臨される。神の許しがあるまで、咳一つ許されない。とはいっても機械人形に連れられ奉仕活動の懲罰を与えられるくらいで、そこまで身構える必要はない。だが、それよりも神を前にするのはとても畏れ多いものなのだ。そんな中でカイルは一瞬だけドラグに視線を動かしたかのように見えた。そしてその後、大きく息を吸ってまるで誇らしいように胸を張った。

「地上に命を灯す亜種達よ! これより神聖なる神迎えの儀を執り行う! 願わくばこの私のように神に選ばれ名誉なる生を送ってほしい」

 カイルの顔は引き締まっていて、その一言一言、噛みしめるような言い方から、良い生を送っていることが伺えた。もう一方は少女でまだ幼さが残るぱっちりとした目つきで、教育のたまものか佇まいはカイルと同じで、短髪と髪を纏めたかで違うくらいだろう。今度はそちらの少女が、息を吸う。

「我らの敬愛せし神が一柱、カグチ・イルミナ様に礼を尽くせ!」

 それを合図に、機械人形は階段の両脇に控え、銃を背中に回し、剣の柄を握ると、一斉に天へと掲げた。そして皆、片膝を付き頭を垂れる。僕もそれに習い地面に右膝を付いた。石を拾ったおかげで苦痛はなかった。

「ありがとう。良き友よ。そして、亜種達よ。楽にしなさい」

 声量はそこまで大きいわけではないが、奥にいる僕の耳にもその賞賛の言葉が届いた。あれも神の御技なのだ。皆、その言葉の通りに立ち上がる。神は慈悲深いため罪深き亜種にも気軽に過ごすことを許してくださる。
 しかし、その表情は分からない。丸みを帯びた真っ白な柔らかそうな帽子の前方から延びる白いベールが、その顔を隠していた。僕たちはその顔を知らない。今どんな顔をしているのかも分からない。いや、そもそも神に顔はないのかもしれない。ましてや、男女かも分からない。その帽子の縁から延びる、あの長い黒髪が風を物ともせずに真っ直ぐに下へ流れている。

 僕たち罪深い亜種は神の表情を伺うことはできない。そこには明確に距離と隔たりが存在しており、僕たちの罪を再認識させるのだ。
 
 イルミナ神は白と金の細工が施された長いグローブをはめており、どう目を凝らしても地肌を伺うことはできない。その両手を花を咲かせるようにゆっくりと開いた。

「これより我ら神に仕えるに相応しい者を選ぶ。集まってもらって早々で心苦しいが、普段の姿を見たい。故にいつも通り過ごしてくれ。そして日が沈む頃にまた集まって欲しい」

 前回とは違う注文だった。皆、それを理解しても、どうして良いか分からず戸惑っていた。前回はここで並び、あの機械人形が持つスキャナーを一通り翳してはその日の内にコルを選んだのだ。相変わらず基準は僕たち亜種には理解できそうにないし理解してもいけないのだろう。こんなことを考えているのもたぶん僕だけだ。神が階段を降りて行く。両側の一歩先をカイル達が先導する。地面に足を付き、そして、真っ白な身をすべて包み込む外套を翻しながら神も階段を降り切るが、そこに足跡は付かなかった。ちょうど一段分、宙に足場があるように浮かんでいた。飛んでいるわけではなく、見えない地面がそこにあるかのようだった。いくら神といえど僕たちとは同じ目線に同じ地表に立つわけにいかないのだろう。

「神様の御言葉です。皆、その通りに」

 カイルが動きを見せない僕たちに、声を上げる。

「おら、お前等、動け動け!」

 ドラグがそれに続くように声を上げ固まった集団の緊張を解くと、ぞろぞろといつも通りの日常に戻る。だが、今日は休日のため、仕事はなく、本当に普段の生活を見せることになる。ヴァギなどの職人連中は趣味がそれ、というのもあるので別だが、本当になにがしたいのだろうか。
 と、物思いにふけっているといつの間にか亜種もまばらになり、佇んだままなのは僕だけだった。心なしか機械人形もカイル達もまして顔の見えない神でさえもこちらに注目しているような気がして、慌てて離れた。

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