来なかった明日への願い

そにお

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第二小節 彩るハルの季節、軋んでナル世界

p14 禁忌

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 禁じられていることがある。
 一つ、返答以外を除いていたずらに神と会話してはならない
 一つ、神を暴いてはならない
 一つ、神の創造物に触れてはならない
 一つ、神を試してはならない
 一つ、神への信仰を怠ってはならない
 これらを守れない亜種は不適合とし、直ちに監督教育に徹し、改善が見られない場合は、別ゲットーへの異動、または異端者として適切に処理される。
 
 だいたい抜き出しただけでこんなところだ。代々ゲットーの代表者から伝えられる決まりで、あの反乱を起こしたゲットーについては例として相応しくないかもしれないが、最悪、清浄化という名の教育が敢行される可能性もあるのだ。それが皆殺しを含むことを、他のゲットーの住民は知らされていないし、それを伝えた所で異端者として処理されるのは目に見えていた。

 僕だけが悪いならゲットーの異動というところか? だが、これだけの禁止事項にすべて触れている僕がどうなるかというと、考えるだけでも恐ろしい。
 
 よって、どうにもならないとは思ったが、土下座に賭けることにした。

「え、何、どうしたの? 腰の骨なくなっちゃったの?」

 なんともトンチンカンな推測から、僕は失敗したことを悟る。この神様は土下座という行為をまったく知らないようだ。つまり意味が分からないなら、誠意を全面に押し出した行動は空振りどころか奇行に等しい。さて、どうする。本当に腰の骨がどこか行ったことにしようか? いっそのこと気を失おうか。もしかしたら夢かもしれないし、現実だとしても、驚くか飽きるかでいなくなってくれるかもしれない。

「おーい。ほんとに大丈夫。誰か呼んで来ようかな……」

「それはだめだ!」

 そうそれはだめだ。心の声がそのまま出ていた。土下座から体を起こす。腰はしっかりと背骨と繋がっていた。

「びっくりしたあ。って、その顔……。ふふ、あはははは!」

 突如として彼女は笑い出す。なんだか良くわからないが笑ってくれているということは不問にしてくれるかもしれない。

「はは、はは」

 こんな時こそどっちつかずの苦笑いしかない。すると、彼女は腹を押さえながら腰辺りから何かを取り出し、キョロキョロと見回すと、井戸へと駆けて行き、手動式のポンプを顎に手を当てて悩んだかと思うと、閃いたように両手を叩き、ポンプの取っ手をつかみ上下に動かすが何も出てこない。そりゃそうなので、額の痛みを無視して彼女に近づく。

「呼び水入れないと出てこないですよ」

 傍らの桶に溜めておいた水をポンプの上部から流し込む。どうぞ、と手を差し出すと動きを再開し、無事に水が吐き出される。

「おお……」

 小さく感嘆したかと思うと、桶に水を溜めていた。そこで何か浸したようで、それを覗くとそれがなんなのか分かる前にひんやりとした感覚が額を濡らした。

「ちょっ……」

 急に近づいた彼女の顔を直視できなかった。たぶん布だろう濡らして冷えたそれももう熱くなっているのではと思い、その熱が伝わらないでくれと心底願った。当然、飛び退くことは更なる罪になりそうだ。いや、この布? も神の創造物ならそれもアウトなのでは? はは、もうどうでもいいや。

「染みる? 泣きそうみたいだけど」

 この涙目の理由はそれではないのだが、こちらを上目遣いで見つめる潤んだ瞳にまばたきを忘れ乾いていく。代わりに垂れてくる水は瞳を潤してはくれなかった。

「とりあえず絞ってほしかったな」

 ふとそんな言葉が口にでた。絞らずにそのまま当てられたものだから顔はもちろん服にまで水が滴っていた。見上げるようにして彼女は抑えていたものだがから彼女の胸元にも水が染みていた。

「あ、ごめん」

 今度は本当に悪びれた様子で、再び、水につけて今度は堅く絞る。

「はい、使って、ハンカチ」

 差し出された布、いや綺麗に四角に畳まれたハンカチを受け取って額を押さえる。額の熱が引いてきたのを見計らって額から外す。乾いていく額がひんやりとして気持ちがよかった。ハンカチを見れば砂利に額をつけていたものだから、当然茶色く汚れていて、真っ白な生地が台無しだった。

「ごめん。汚しちゃった。洗って返すよ」

「ん、いいよ。無くしたことにしとくから」

 そう言って、次の出逢いを拒否する。もちろんそう願ったわけではないが、確かに、二度目など訪れるわけがない。僕は亜種で彼女は神なのだから。僕らとほぼ変わらないながらも、その身分さは見てくれから非常にわかりやすい。そんな上等な生地はまず手に入るものじゃないからだ。そしてさっきの重力を逆らうような動きも僕らにはない技術だ。僕は上げたハンカチを地面に向けてぶら下げた。

「そっか。そうだね」

 次の言葉を探していると、玄関が騒がしくなる。誰か来たようだ。

「妖精族のナルはいますか。いるならば神迎えのため出てきてください」

 玄関の扉を数回叩かれる。仕方ないと扉に向かおうとした足が止まる。いや、これはまずいのでは? ここに神が一人いる。そして顔もばれたし会話もした、神の物に触った。それどころか持っている。お? 詰んだ? 
 助けを求めようと彼女に視線を向けると、彼女は僕よりもあからさまに焦っていた。彼女もここにいることがバレるのはまずいのだろう。

「ま、まずいよ。どうしよう。バレたらナルに迷惑かかっちゃう」

 僕は虚を突かれた。彼女はまっさきに僕の心配をしていた。その潤んだ瞳は僕のために震えていたのだ。神というのは本当に優しく誰かの為を思う存在なのだろうか。少し疑っていた自分を恥じた。対して僕は完全に自分のことを考えていた。こんな考え方じゃ、神迎えに選ばれないのも道理だ。
 僕は胸に染み込んでいく何かを感じながら、考えた。

「反応はあります。まだ気分が優れないのですか?」

 僕が気分が悪いと知っているのはあの二人の機械人形だ。だからといって優位にはなりえない。むしろまずかった。僕を心配か確認か、彼らは鍵を閉めていたはずの扉を開けたようで、軋んだ蝶番の音が縁側に抜けた。

「大丈夫。今がチャンスだ。このまま庭を抜けるんだ。あの二人が入ってきたなら、注目はそっちに向いているはずだから、このまま抜けて道へでれば大丈夫だと思う。ほら、行って」

 指を指した茂みの向こうは抜けられればちょうど死角になる抜け道、というかただの裏口だ。

「う、うん。ありがとう。ごめん。


 僕はそれにただ頷くだけだった。またなんてものは二度とこないだろう。それほど、この出逢いはあり得ないことだからだ。ハンカチを懐に押し込み。ポンプを操作した。水が打ち付ける音が響く。当然、二人の影はこちらを見つける。

「何をやっているんですか?」

「雑草抜いて、打ち水しようって。もしかして呼んでました? すみません。集中すると気づかなくて。はは」

 お得意になった苦笑いを浮かべ、もっともそうに嘘を並べる。たぶん、あの腰に携えたスキャナーを構えられたらすぐバレるのだろうが、幸いにもそうしてくることはなかった。

「そうですか? とにかく元気になったようで良かったです。それでは神様、どうぞ」

「どうぞ」

 もう一つ影が現れる。決して地続きにはならない影、神だ。

「体調が悪いと伺ってましたが、どうやら快復したようで何よりです」

 一難去ってまた一難とはこのことだ。次は神が相手だ。さっきの記憶さえなければ、無難に過ごせたのだが、うだうだ言ってても仕方ない。腹を括ろう。こうなったら神ですら欺いてやる。
 
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