いずれ剣聖にいたる帝国の守銭奴

十二田 明日

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 あれよあれよという間に、ロランスとナハトが地稽古──木剣を用いての模擬戦スパーリング──をすることになってしまった。

(また金にならない戦いをする羽目になってしまった……)

 とナハトは頭を抱える。

「稽古してけって言ったら引くかと思ったんだが、まさか乗ってくるとはな……」

 ロランスは練武場の木剣を借りて、準備運動に軽い素振りをしている。その動きはスムーズであり、素人ではないことは明白だ。
 チラリとロランスを盗み見つつ、フェリスがナハトに耳打ちする。

「エスメラルダ様は貴族の子弟の中でも、私ほどではないがそれなりに腕が立つ方だ。真剣での実戦はともかく、木剣での試合には慣れている」
「腕に自信あり、と。それであんな簡単に乗ってきたのか」
「大方、そなたを皆の面前で叩きのめして、鬱憤を晴らしたいのだろう」
「それとフェリスちゃん隊長に対するアピールってところじゃねぇの。見たところ、あちらさんスゲェフェリスちゃんにお熱みたいだしよ。お前をボコボコにするつもりだぜ」

 フェリスの話に脇から口をはさむバルダックに、ナハトはやれやれと肩を落とす。

「そのようだな」
「どうするんだ?」
「──上手くやるさ」

 ナハトは仕方ないなとため息をついてから、力なくウィンクをした。


 以前フェリスと決闘をした時と同じように、お互いに離れた位置で木剣を構えてロランスと対峙する。
 ナハトは定法通りの正眼に構え、ロランスは半身になって剣を持つ片手を前に突き出した片手剣の構えをとった。
 ナハトとロランス、両者を視界に収める位置で、審判役のフェリスが声をかける。

「それでは──始め!」
「フフッ楽しませてもらおうか」

 余裕綽々といった面持ちで、ロランスは緩急をつけた軽快なステップを刻み、颯爽とナハトに迫った。

「──はあっ!」 

 間合いに入るや否や、鋭い突きを繰り出す。
 見ていた隊士たちが「あっ……!」と声を上げるほどの鋭い突きだったが、ナハトは寸でのところで首を捻り、顔面への突きを躱した。

 しかしそこでロランスの攻撃は止まらなかった。
 その後も矢継ぎ早に突きを繰り出す──かと思えば、脚への薙ぎ払いや小さくスナップを効かせた打ち下ろしも繰り出してくる。   

(なるほど……フェリスさんより劣るが出来る方だ……これだけの実力があるのなら、放蕩貴族の子弟では敵うものなどいないだろうな)

 フェリスのような剛剣とは真逆。
 スピードとリズムの緩急によるフェイントを多用し、相手を惑わして隙を作り、勝利を得る──そういう剣だ。また、片手打ちによるリーチの差を活かし、相手の剣の届かない距離をから一方的に斬り込んで勝つ剣でもある。

 いわゆる試合剣術という奴だ。実戦で相手を斬り殺すことではなく、木剣試合でポイントを取ることに特化した動きである。

(だが才にかまけた剣だ──打ち込みの鋭さや当て感、フェイント等の駆け引きには天性の物を感じるがそれだけ……基礎的な鍛錬が足りないから剣筋がブレて狙いが雑。連続技も繋ぎが甘い)

 わずかな時間打ち込みを捌いただけであるが、ナハトは冷静にロランスの剣を分析していった。
 だが、当のロランスはナハトが自分の打ち込みを冷静に分析しているとは、露とも思っていないようだ。

「どうした平民、逃げてばかりか!」
「……」
(あまり逃げてばかりも不自然か)

 ナハトは攻撃に転じる──が、それは先ほどまでフェリスに見せていた打ち込みとは程遠い緩い打ち込みだった。
 当然だがそのナハトの打ち込みは、あっけなくロランスの木剣に払い落される。

「この程度の打ち込み、俺には千回打ち込んでも届かんぞ!」

 ロランスは得意げな顔でなおも果敢な攻めに出る。
 虚実入り混じった連続技だが、ナハトにはそのパターンが大体読めてきた──使うフェイトの技は違っても、フェイントと本気の打ち込みではリズムが違うのだ。

(大体分かった……後は)

 冷静にリズムを推しはかり、ナハトはあえて致命的なタイミングで打って出た。

「はぁっ!」
「甘い! そこだ‼」

 予想通りに繰り出される打ち込みをナハトはもろに貰らい、あえて派手に吹っ飛んで転がり衝撃を逃がす。 

「──それまで」
「ふ、副隊長が負けた?」
「いやでも今のは……」
「フン、これで副隊長とは口ほどでもないな」

 普段の稽古でナハトの実力を知っている隊士たちはざわめくが、何も知らないロランスだけは得意絶頂だった。優越感と蔑みに満ちた視線を転がるナハトに送っている。
 フェリスはナハトに駆け寄った。

「ナハト大丈夫か」
「(大丈夫です。肉で受けたので骨に異常もありません。言ったでしょう、上手くやるって)」
「ナハト……」

 ケロリとした顔でナハトは答えた。苦しんでいるフリをしながら、チラチラとロランスを伺っている。

「(これで貴族様のご機嫌が治るといいのですがね……)」

 だがロランスは満足して帰るどころか、さらにやる気を出してしまったらしい。

「やれやれこれでは汗すら出ないな。物足りない……そうだ、ここから十本先取で勝負というのはどうかね」
「ああ申し訳ない。今ので少し痛めたようで……」
「何を言っている。貴族、騎士とは常在戦場。たかだか打ち身した程度で、泣き言をいうな。これだから平民あがりの者は……まったく気概が足りていないな」

 偉そうに説教を垂れて再戦を要求してくるロランスに、ナハトはまた頭を抱える。

「(やれやれ面倒になった)」
「(どうする気だ。ナハト)」
「(決まっているでしょう、今度も上手く負けますよ。怪我しないように。前にも言ったように、ああいう手合いは下手に勝つと逆恨みが面倒なんです)」

 しょうがないなと立ち上がるナハトに、フェリスは真剣な顔になった。

「勝ってくれ」
「え」
「そなたの実力を存分に見せてほしい」

 いつになく真剣な顔で語りかけるフェリスに、ナハトは気圧される。どうにもフェリスの真っ直ぐすぎる目がナハトは苦手だった。

「そなたがこのような面子をかけた勝負に、何の価値もないと思っていることは分か
っている。だがナハト……私はやはりそなたの様な男が、不当に扱われているのを見たくない。形はどうあれそなたは立派な騎士で、優れた剣士だ。どうかそれを隠さないで欲しい──そなたは私の憧れだ。私はそなたを誇りたい、堂々と」
「……」
「だからお願いだナハト、全力を出してほしい」

 そう言うフェリスの顔が、家で帰りを待つ子供たちの顔とダブって見えた──多分フェリスは純粋なのだ、子供たちと同じように。
 真っすぐで嘘がない。やるべきことをやるべきだと、誤魔化すことなく真正面から突きつけてくる。
 ナハトは太陽から目を逸らすように大きく視線を彷徨わせ、最後には深呼吸ひとつしてボソリとつぶやく。

「はぁ……今回だけですよ」

 今回だけだ、今回だけちゃんと戦おう──そう言い聞かせて、ナハトは改めて木剣を握る。
 近くで見ていたバルダックがヒュウと口笛を吹いた。

「守銭奴ナハトが金以外の理由で立つとは、明日は雪かな」
「うるさいぞバルダック」
「まぁ驚きはしねぇけどよ──お前は金以上に女子供に弱いからな」
「うるさい! 黙って見てろ」
「──痛《い》って⁉」

 茶化すバルダックの向う脛を蹴り飛ばすと、バルダックはしゃがみこんで悶絶した。
 ナハトは愛想笑いを浮かべてロランスに向きなおる。

「お待たせしました──それでは続きといきましょう」
「うむ、いいだろう」

 自分の実力がナハトを上回っていると信じ切っているロランスは、ナハトのまとう雰囲気が先ほどとは違うことに気付かない。 
 同じように互いに離れて構える。

(コイツ、敵わぬと見て勝負を捨てたか?)

 片手剣による刺突の構えをとるロランスに対して、ナハトはダラリと木剣を下段にとる──極限まで力を抜いた構えである。 
 威圧感がまるでない。そこに立っているのかも怪しいほどの、亡霊のような立ち姿だった。

(ならば遠慮なく叩きのめして、いっそ本当の亡霊にしてやろうか……!)

 暗い愉悦を胸の内に秘め、ロランスはニヤリと笑う。
 両者が構えたのを見て、フェリスの玲瓏な声が響き渡った。

「それでは──始め!」
「なっ⁉」

 開始の合図と同時にナハトの姿が消えた──少なくともロランスがそう認識した時には、ナハトの一撃が炸裂していた。
 ロランスの死角に踏み込みざまに叩きつける胴薙ぎの一刀。
 木剣が腹部にめり込み、ロランスは痛みに耐えきれず膝をついた。 

「ぐうっ……!」
(なんだ今の一撃は──喰らうまで何をされたのか、まるで分からなかった……⁉)

 ゴホゴホと咳込み苦しむロランスに、ナハトは愛想笑いを浮かべたまま、

「先ずは一本、お返しします」

 と嫌味なほどバカ丁寧な口調で声をかける。
 ロランスにはナハトの笑みが、鬼の笑みにしか見えなかった。
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