いずれ剣聖にいたる帝国の守銭奴

十二田 明日

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 ロランスが帰った後、ナハトは腕を組んでうなる。

「さてはて困ったな……」
「すまないナハト、私にはアレで精一杯だった」
「気にしないでください。むしろ猶予ができただけで上出来です。フェリスさんが言質を取ってくれなかったら、今晩から屋根なしの生活が始まる所だった」

 頭を下げるフェリスにナハトは労いの言葉をかける。家を立ち退けと言われるのは中々にキツイことだが、それでも他者を気遣うだけの余裕を失ってはいないらしい。

「そなたは強いな……剣だけではなく、精神的に」
「打たれ強くなければ生きてけなかっただけですよ」

 力なくナハトは笑う。

「それで宛てはあるのか?」
「それが全く……」
「どうするのナハト?」

 リーナが問うと、

「とにかく他の街区に住めそうな場所はないか探してみるしかないな」

 と言ってナハトは肩をすくめた。
 家の中から子供たちが心配そうにナハトを見ている。

「ナハト兄、この家なくなっちゃうの?」
「心配するな、何とかする」

 子供を安心させるように、ナハトは笑顔で子供たちの頭を撫でてやる。
 その光景を見るとフェリスの胸が痛んだ。
 ロランスが立ち退きを要求してきたのは、元を正せばロランスが押しかけて来た際に、ナハトに本気を出すよう頼んだフェリスのせいだ。

(私があんなことを頼まなければ、こんな事態にはならなかったかもしれない)

 ナハトが最初にしようとしていたように、適当に負けていればこんなことには──そこまで思ってフェリスは思考を追い出すように被り振る。
 自責の念というものは、罪悪感に酔っているだけの現実逃避だ。本当に申し訳ないと思っているのなら、今は彼のために動くべきだろう。

「こうなったのは私のせいでもある。次の住居探し、私も手伝おう」
「ありがとうございます」

 フェリスの申し出にナハトは嬉しそうにうなずいた。 
 ──かくしてその日から、ナハトたちの新しい住居を建ててもいい場所を探す日々が始まったのである。



 が、十日後。

「どうだった……」
「……」
「そうか……」
「フェリスさんは?」
「こちらも収穫はなしだ」

 七番隊隊舎に戻った二人は、それぞれの成果を報告しあうと、
「「はあ……」」

 と同時に大きな溜息をついた。
 ロランスに立ち退きを要求されてからというもの、日々の巡回の合間に色々な場所を巡っているのだが、目ぼしい場所は未だ見つからない。

 刻々とせまる期日が、二人に重くのしかかってくる。
 そんな二人を何も知らないバルダックが茶化す。

「おいおい、どうした二人とも? 隊長と副隊長が揃いもそろって辛気臭ぇぞ、盛大なため息なんかついて」
「ちょっとな……」
「ちょっとって何だよ」
「ん……家庭の事情ってところかな」
「家庭の事情?」

 バルダックは首を傾げ、ボソッとつぶやく。

「何? お前らのおめでた?」
「──違うわ‼」

 頬を赤らめたフェリスが鞘込めの長剣でバルダックを横殴りに叩く。わき腹を強打されたバルダックは、2~3メートルほど吹っ飛んで地面を転がった。

「ぐぼふぁっ! ────い、いつにも増して、物理的に鋭いツッコミで……」

 ピクピクと打ち上げられた魚のように痙攣するバルダックに、「懲りない奴だ」とナハトは冷ややかな目を向ける。

「バルダック、疲れてる時にそういう冗談はやめろ」
「ああ……骨身に染みたぜ」

 バルダックはしばらく立ち上がれないらしい。
 フェリスが大きく咳払いをした。

「もし次の住処が見つからなかったらどうするんだ?」

 ナハトは腕を組んで考え込む。

「最悪、今よりももっと森の奥深く──目の届かないところまで潜るしかないな」
「……」

 ナハトは軽く言うが、もちろん簡単なことではないだろう。森の奥深くに入り、かつ見つからないように暮らすのは至難だ。
 狼や熊などの危険な野生動物と遭遇する可能性も上がる。
 子供たちをそんな危険な場所で暮らさせるのは、ナハトにとっても不本意なはずだ。

「今はあまり考えないようにしよう。それよりもフェリスさんは大丈夫? 隊長としての業務以外に慣れないことをして疲れが溜まっているんじゃないか?」
「心配は無用だ。私も騎士の端くれ、この程度で音を上げるほど軟ではないさ」
「失礼しました隊長殿」

 にじみ出る疲労を隠して強がるフェリスが、今のナハトには頼もしかった。
 その時、隊舎の扉をノックする音が響く。
 ナハトが「入れ」と声をかけると、他の隊の隊士が入ってくる。

「──失礼します。フェリス隊長はいらっしゃいますか」
「何だ?」
「幹部会議の招集です。総隊長の事務室にお集まりください。全隊の隊長が集められております」
「……了解した」

 また後でな──そう言い残してフェリスは行ってしまう。
 フェリスの背中を眺めながら、バルダックが愚痴っぽくつぶやいた。

「このタイミングで幹部会議かぁ……きな臭くなってきやがったぜ」
「? 何かあるのか」

 キョトンとした顔のナハトにバルダックは呆れた。

「はぁ~、お前は本当に世間のことに疎いのな。毎年今頃にやってんだろ、帝国記念祭がよ」
「ああ──もうそんな時期だったか」

 帝国記念祭とは、ナハトたちが暮らすエレボス帝国の建立を記念する祭事である。帝国全土で祭りが開かれるのであるが、特に皇族のお膝元である帝都では大々的なイベントが行われる。
 大通りには露店が立ち並び、街は華やかに彩られ、皇帝家の馬車が練り歩くパレードが行われる──年に一度のお祭りが帝国記念祭なのだ。

 毎年警備に駆り出されるのだが、ここ最近は色々とありすぎて帝国記念祭のことをすっかり忘れていた。
 ナハトはフェリスが招集されていった団長室の方を見やる。

「確かに……なんだか嫌な予感がする」
「だろ」

 とバルダックは気だるげにうなった。
 


 ────ナハトとバルダックの予感は的中していた。 

「さて諸君ら幹部に集まってもらったのは他でもない、帝国記念祭に関しての重要な情報が入ったのでそれを共有したいと思う」

 フェリスが入室して各隊の隊長が揃うなり、団長は重々しく切り出した。

「単刀直入に言おう──今回の帝国記念祭だが、その最中に反帝国主義者たちの暴動が起こす可能性が出てきた」
「「「‼」」」

 フェリスを含め、各隊長たちが全員息を飲んだ。

「それは本当ですか⁉」
「既に確度の高い情報として、近衛隊や他の衛兵隊にも通達されている」
「なんと……」

 押し黙る隊長たちに団長は続ける。

「入った情報によれば、数年前に併合された某王国の者たちが集まった過激派組織が動いているらしい。パレードで多くの市民が表通りに出払い、裏通りから人が消える──それに乗じて帝都各所で火を放つ計画だそうだ」
「帝都に火をっ⁉」
「なんと恐ろしい計画を──絶対に阻止せねば!」

 隊長たちがいきり立つが、中には冷静な者もいた。

「しかし帝都は広い。我らアステリオン衛兵隊の受け持つ街区をしらみ潰しにするだけでも一苦労だ。ここはいっそ、記念祭のパレードを中止すべきでは?」

 消極的だがある意味一番堅実な意見といえるだろう。しかし団長は首を振る。

「過激派に恐れをなして記念祭を中止することは帝国の威信に関わる、よって記念祭のパレードは例年通り開催する──とお上からのお達しだ」

 フェリスは歯噛みした。
 貴族の面子、帝国の威信──そんなものに一体どれほど価値があるのか。名誉という鎖で自らを縛り付ける貴族や帝国のなんと滑稽な姿か。
 たまに嫌気がさしてくる。
 それは団長も同じ思いなのだろう、渋い表情のまま檄を飛ばす。

「記念祭の開催はもはや決定事項だ。我々にはどうすることも出来ん、よってこれから記念祭までの一週間、全人員をフル稼働させる。交代で裏路地の巡回を行い、不逞の輩を一人として見逃すな‼ 良いな!」
「「「はっ!」」」
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