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帝都近郊、廃墟になった館がある。
とある貴族が借金の担保に出した物件であるが、管理が行き届いておらず買い手がつかないまま放置されているのだ。
そこに怪しげな風貌の男たちが集まっていた。
みな鍛え上げられた体格をしており、その目は荒んでいた。まるで地獄を見てきたかのように。
館の中、比較的傷みの少ない大広間があり、その一段高い壇上に男たちのまとめ役と思わしき、一際凄みのある男が険しい顔で立っている。
まるで大樹を思わせる厚みのある身体、熊のような鋭い眼光、数々の修羅場を潜り抜けてきたと思わしき顔の切傷。そして幾度も剣を受けたのであろう擦り切れた肩当と、使い込まれた腰の長剣。
歴戦の戦士を思わせる風貌である。
「ダブリス様、みな集合しました」
「うむ──皆の者、これまでよくぞ一緒に艱難辛苦を耐え忍んでくれた。まずはそのことに礼を言いたい」
まとめ役の熊のような男──ダブリスは重々しくうなずくと、大広間に集まった男たちに呼びかける。
「我らがガルーダ王国が併合されて早七年、多くの者が死んでいった。しかして我ら騎士団の悲願、帝国を陥れる日が目前にまで来た! 後数日だ、あと数日で帝国はひっくり返る──いや、我らの手で覆すのだ‼ この帝国の仮初の平和を! その奥で醸成された怨嗟の炎で、帝国を焼きつくすのだ‼」
そう、彼らは帝国に侵略された王国の生き残りであり、帝国に復讐を誓う反帝国主義の過激派であった。
「しかしダブリス様、我らは寡兵です。これほど大それた計画、遂行できるでしょうか」
「無策で挑もうという訳ではない──こちらへ」
不安を口にする部下に、ダブリスは奥から人を招き寄せる。
館の奥の暗がりから、ローブを被った男が姿を表す。フードを下すと現れたのは艶やかな栗毛に病的なまでに白い肌をした、野心を燻らせた目をした男──ロランスだった。
ダブリスはロランスの野心に気付いていないのか、それとも気付いた上で触れないのか──敬意を払い、ロランスを隣に招き入れる。
「この方はロランス・エスメラルダ──帝国貴族でありながら我らの思想に共感し、多大なる援助をしてくれたお方だ」
「かねてより無秩序に国々を攻め滅ぼし、領土を際限なく拡大する帝国の方針には疑問を持っておりました。是非とも協力させていただきたい」
腐ってもそこは大貴族の子息、ロランスは落ち着き払った堂々した態度で大広間に集まった過激派の男たちに宣言する。
さらにダブリスが続けた。
「我らの武装、襲撃の計画立案、帝国政府の情報の内通──その全てでロランス殿にはご協力いただいている。さらに此度の計画では、専属の魔術師を一人お貸しいただけるうえに、陰ながらロランス殿にも剣を執っていただけるとの事だ」
「その男、本当に信用できるのですか?」
「何のかんのと言っても、帝国貴族なのでしょう」
ロランスを不安視する声が上がるが、ロランスは動じない。
「貴方がたの計画がもし外部にバレれば、我が家は即座に失脚します。領地は没収され、家名も残らない。相応の覚悟がなければ、こんな危ない橋など渡れません」
そう言うロランスの態度こそ気にくわないが、言っている内容には筋が通っている。業を煮やした者が叫ぶ。
「しかし剣を執ると言っても、最前線で戦えるという訳でもないのだろう! そんな者を仲間と認められるか」
「ふっ──剣を抜かずとも良いのですよ、私は」
ロランスが得意げにローブの裾を払う。その腰に提げている剣は、いつもロランスが帯びているものとは違った。
豪奢な装飾は少なく、飾り気は少ない。戦場でかつて使われた古い剣なのだろう。実際に人を斬殺した器物特有の、禍々しい雰囲気を醸し出している。
否、それだけではない。それ以上の何か人の理を超えた禍々しさを──妖気ともいえる冷たい空気をその剣は纏っていた。
不意に剣の持つ冷気が濃くなった──そう思った瞬間、ロランスの側にあったモニュメントの石柱が両断される。
「なっこれは⁉」
「──魔術⁉」
驚く男たちにロランスはニンマリと笑う。他者が自分の力に驚き、恐れを抱くさまを見るのは気分がいい。
「如何にも。私が今携えているのは秘宝の魔剣だ。これで万に一つも討ち漏らしなどあるまい……!」
「魔剣⁉」
過激派の男たちが一気に沸く。
魔剣──それは魔力を帯びた武具である。本来複雑な術式を覚え、煩雑な儀式に多様な物品を使用しなければ発動しない魔術を、何の制限もなく発動させる──遥か古の時代に戦場を支配した絶対兵器。伝説の武具である。
「数年前、我がエスメラルダ家の隠し部屋、その最奥に封印されているのを発見した。これがあれば正に一騎当千であろう」
音もなく切り裂く『見えない斬撃』──しかも石柱さえも両断する威力。これほど心強い応援もあるまい。
「さらに襲撃当日、諸君らにも私お抱えの魔術師に治癒魔術をかけさせる。安心したたまえ、布陣は万全だ」
「──くく、くははははははははははははははははははっ‼」
ダブリスが呵々大笑して獰猛な笑みを浮かべた。
「喜べ同志たちよ‼ 天は我らに味方しているぞ!」
魔剣の登場とダブリスのカリスマが合わさり、高揚した過激派の男たちの鬨の声が廃墟が震えるほどに響き渡った。
とある貴族が借金の担保に出した物件であるが、管理が行き届いておらず買い手がつかないまま放置されているのだ。
そこに怪しげな風貌の男たちが集まっていた。
みな鍛え上げられた体格をしており、その目は荒んでいた。まるで地獄を見てきたかのように。
館の中、比較的傷みの少ない大広間があり、その一段高い壇上に男たちのまとめ役と思わしき、一際凄みのある男が険しい顔で立っている。
まるで大樹を思わせる厚みのある身体、熊のような鋭い眼光、数々の修羅場を潜り抜けてきたと思わしき顔の切傷。そして幾度も剣を受けたのであろう擦り切れた肩当と、使い込まれた腰の長剣。
歴戦の戦士を思わせる風貌である。
「ダブリス様、みな集合しました」
「うむ──皆の者、これまでよくぞ一緒に艱難辛苦を耐え忍んでくれた。まずはそのことに礼を言いたい」
まとめ役の熊のような男──ダブリスは重々しくうなずくと、大広間に集まった男たちに呼びかける。
「我らがガルーダ王国が併合されて早七年、多くの者が死んでいった。しかして我ら騎士団の悲願、帝国を陥れる日が目前にまで来た! 後数日だ、あと数日で帝国はひっくり返る──いや、我らの手で覆すのだ‼ この帝国の仮初の平和を! その奥で醸成された怨嗟の炎で、帝国を焼きつくすのだ‼」
そう、彼らは帝国に侵略された王国の生き残りであり、帝国に復讐を誓う反帝国主義の過激派であった。
「しかしダブリス様、我らは寡兵です。これほど大それた計画、遂行できるでしょうか」
「無策で挑もうという訳ではない──こちらへ」
不安を口にする部下に、ダブリスは奥から人を招き寄せる。
館の奥の暗がりから、ローブを被った男が姿を表す。フードを下すと現れたのは艶やかな栗毛に病的なまでに白い肌をした、野心を燻らせた目をした男──ロランスだった。
ダブリスはロランスの野心に気付いていないのか、それとも気付いた上で触れないのか──敬意を払い、ロランスを隣に招き入れる。
「この方はロランス・エスメラルダ──帝国貴族でありながら我らの思想に共感し、多大なる援助をしてくれたお方だ」
「かねてより無秩序に国々を攻め滅ぼし、領土を際限なく拡大する帝国の方針には疑問を持っておりました。是非とも協力させていただきたい」
腐ってもそこは大貴族の子息、ロランスは落ち着き払った堂々した態度で大広間に集まった過激派の男たちに宣言する。
さらにダブリスが続けた。
「我らの武装、襲撃の計画立案、帝国政府の情報の内通──その全てでロランス殿にはご協力いただいている。さらに此度の計画では、専属の魔術師を一人お貸しいただけるうえに、陰ながらロランス殿にも剣を執っていただけるとの事だ」
「その男、本当に信用できるのですか?」
「何のかんのと言っても、帝国貴族なのでしょう」
ロランスを不安視する声が上がるが、ロランスは動じない。
「貴方がたの計画がもし外部にバレれば、我が家は即座に失脚します。領地は没収され、家名も残らない。相応の覚悟がなければ、こんな危ない橋など渡れません」
そう言うロランスの態度こそ気にくわないが、言っている内容には筋が通っている。業を煮やした者が叫ぶ。
「しかし剣を執ると言っても、最前線で戦えるという訳でもないのだろう! そんな者を仲間と認められるか」
「ふっ──剣を抜かずとも良いのですよ、私は」
ロランスが得意げにローブの裾を払う。その腰に提げている剣は、いつもロランスが帯びているものとは違った。
豪奢な装飾は少なく、飾り気は少ない。戦場でかつて使われた古い剣なのだろう。実際に人を斬殺した器物特有の、禍々しい雰囲気を醸し出している。
否、それだけではない。それ以上の何か人の理を超えた禍々しさを──妖気ともいえる冷たい空気をその剣は纏っていた。
不意に剣の持つ冷気が濃くなった──そう思った瞬間、ロランスの側にあったモニュメントの石柱が両断される。
「なっこれは⁉」
「──魔術⁉」
驚く男たちにロランスはニンマリと笑う。他者が自分の力に驚き、恐れを抱くさまを見るのは気分がいい。
「如何にも。私が今携えているのは秘宝の魔剣だ。これで万に一つも討ち漏らしなどあるまい……!」
「魔剣⁉」
過激派の男たちが一気に沸く。
魔剣──それは魔力を帯びた武具である。本来複雑な術式を覚え、煩雑な儀式に多様な物品を使用しなければ発動しない魔術を、何の制限もなく発動させる──遥か古の時代に戦場を支配した絶対兵器。伝説の武具である。
「数年前、我がエスメラルダ家の隠し部屋、その最奥に封印されているのを発見した。これがあれば正に一騎当千であろう」
音もなく切り裂く『見えない斬撃』──しかも石柱さえも両断する威力。これほど心強い応援もあるまい。
「さらに襲撃当日、諸君らにも私お抱えの魔術師に治癒魔術をかけさせる。安心したたまえ、布陣は万全だ」
「──くく、くははははははははははははははははははっ‼」
ダブリスが呵々大笑して獰猛な笑みを浮かべた。
「喜べ同志たちよ‼ 天は我らに味方しているぞ!」
魔剣の登場とダブリスのカリスマが合わさり、高揚した過激派の男たちの鬨の声が廃墟が震えるほどに響き渡った。
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