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記念祭襲撃の報を受けて、厳戒態勢が敷かれるようになり早一週間──今日は記念祭当日である。
日は高く上り、朝から賑やかだった大通りはさらに人通りを増していた。
「うへぇ~……キッツいわぁ」
「ご苦労」
「お疲れ」
交代制の巡回を終えて、隊舎に戻ってくるなりバルダックはぐったりと壁にもたれかかった。
フェリスとナハトが労いの言葉をかけるが、バルダックの愚痴は止まらない。
「厳戒態勢が敷かれて毎朝毎晩、一日中街を巡回してるけどよぉ──怪しい奴ひとりも居ねぇじゃねぇか! せいぜい酔いつぶれたオッサンくらいしか見ねぇし、アホらしくなってくるぜ」
衛兵団が巡回を強化しているのに──あるいは巡回を強化しているからなのか、以前にも増して怪しい輩という者が見当たらないのである。
しかし厳戒態勢は解かれていないまま一週間が経過したのだ。そろそろ疲れと共にストレスも溜まってくる頃合いではあるだろう。
「愚痴を言いたくなる気持ちは分かる。だが、何も起こらないに越したことはないだろ」
「正直疑わしくなってくるぜ、本当に帝都に火を放つ計画なんてあんのかよ。帝都のほとんどは石造りの建物なんだ、大規模な家事を起こすなら油が必要になるだろ? でも大量の油が運び込まれたなんて聞かねぇしよ」
情報通のバルダックは巡回中にも聞き込みをして情報を集めてきたらしい。そのバルダックが言うのだから、放火用の油が運び込まれた様子はないのだろう。
ふむ──とナハトは顎をつまむ。
「上は確度の高い情報だって言っているようだがな」
「へっ! 上の判断がいつも正しいとは限らねぇだろ」
「バルダック、あまり大っぴらにそんな事を言うな」
「でもようm俺の調べじゃその情報の大元、あのロランスとかいうお坊っちゃんとこらしいぜ。疑わしくもなるだろ」
「──何だって?」
それは初耳だった。
ナハトが視線を送るとフェリスも首を横に振る。フェリスも知らない情報のようだ。
「それは本当なのか」
「いや情報の出所が気になってあちこち探りを入れてたんだ。そしたらあの野郎の名前が出てきてさ。多分間違いないと思うぜ」
「……ナハトはどう思う」
「バルダックの情報収集能力は一流です。信用していいと俺も思います」
「あの野郎の家、それなりに格式の高い貴族だからさ。殆ど裏を取らずに信用してんじゃねぇの上は」
「ん……」
ナハトは腕組みをして考え込んだ。
(嫌な胸騒ぎがする……)
何か重大なことを見逃しているような──早く気付かなくては手遅れになるような、そんな焦燥感に胸がざわめいていた。
感覚を研ぎ澄ましてもう一度考えろ、何か違和感を見逃していないか。
(そもそも帝都に火を放つという計画が、こんな簡単に漏れていいはずがない。現に俺たちは四六時中、裏路地を張っている。こんな状況で複数個所で同時に放火なんて出来るはずがない)
もし過激派が本気で帝都炎上を目論んでいるのだとしたら、計画はもっと秘匿されていなければならないはずなのだ。だというのに一週間も先にその情報はリークされ、帝都の裏路地の警戒は上がっている。
(じゃあなんだ? もし他に別の目的があるのだとすれば、それは──)
「おい? どうしたナハト」
急に黙り込んでしまったナハトを訝しんで、バルダックが声をかける。
ナハトは思考を搾り出すようにゆっくりと口を開いた。
「なぁ……もし、もし仮にこの帝都炎上計画が、何らかの目的を持って流されたモノだとしたら──何が狙いだと思う?」
「おい、それは──」
「…………」
バルダックは目を見開き、フェリスも息を飲む。ナハトの意図を二人とも察したらしい。
「──考えられんのは陽動じゃねぇか? どっか別に目的があって、そこから目を逸らせるとか」
「私たち衛兵団の目は、今裏路地にばかり向けられている──つまりその逆が本当の狙いだと?」
「となると警備が手薄になった表の大通りで、奴らが何かを狙っている──」
ナハトがそこまで言って、三人とも一斉に叫ぶ。
「「「パレードか⁉」」」
記念祭当日に大通りで行われているのは、皇族が馬車で練り歩くパレードである。
「今年のパレードには、馬車に皇太子殿下と皇女殿下が乗っている! 奴らの本当の狙いは殿下二名の暗殺か⁉」
「しかも例年警備に当たっている衛兵隊の殆どは、裏路地に出払っちまって護衛は近衛兵しかいねぇ──クソ! それが狙いかよ‼」
フェリスは驚愕し、バルダックは「やられたっ!」と舌打ちする。
白昼堂々と皇太子と皇女を暗殺されたとなれば、諸外国への帝国の威信は失墜するだろう。さらに跡目争いに発展する可能性もあるし、そうなれば内乱も起こりかねない。
過激派の狙いが帝国を瓦解させることだとすれば、最適な一手だろう。
「あくまで推測の域を出ないが、その可能性が高そうですね」
ナハトもいつになく緊迫した声を出す。
「どうするナハト?」
「────ヨシ! 班を二つに分け、少数精鋭でいく。残りの者は命令があるまで屯所で待機。俺と隊長、選抜メンバーでパレードへ向かう! バルダック、お前は他の隊に通達してくれ‼」
即座にナハトが冷静な指示を飛ばす──本来であればフェリスが行わなくてならない指示だが、そこは経験の差が出た。緊急事態ということもあり、異を唱える者は一人もいない。
「了解──死ぬなよナハト!」
「そのセリフ、そのまま返すぞバルダック」
バルダックは即座に隊舎を飛び出して行く。
「俺たちも行こう!」
「ああ! 行くぞナハト‼」
ナハトとフェリスは数名の隊士を連れ、パレードの馬車を目指して駆け出した。
日は高く上り、朝から賑やかだった大通りはさらに人通りを増していた。
「うへぇ~……キッツいわぁ」
「ご苦労」
「お疲れ」
交代制の巡回を終えて、隊舎に戻ってくるなりバルダックはぐったりと壁にもたれかかった。
フェリスとナハトが労いの言葉をかけるが、バルダックの愚痴は止まらない。
「厳戒態勢が敷かれて毎朝毎晩、一日中街を巡回してるけどよぉ──怪しい奴ひとりも居ねぇじゃねぇか! せいぜい酔いつぶれたオッサンくらいしか見ねぇし、アホらしくなってくるぜ」
衛兵団が巡回を強化しているのに──あるいは巡回を強化しているからなのか、以前にも増して怪しい輩という者が見当たらないのである。
しかし厳戒態勢は解かれていないまま一週間が経過したのだ。そろそろ疲れと共にストレスも溜まってくる頃合いではあるだろう。
「愚痴を言いたくなる気持ちは分かる。だが、何も起こらないに越したことはないだろ」
「正直疑わしくなってくるぜ、本当に帝都に火を放つ計画なんてあんのかよ。帝都のほとんどは石造りの建物なんだ、大規模な家事を起こすなら油が必要になるだろ? でも大量の油が運び込まれたなんて聞かねぇしよ」
情報通のバルダックは巡回中にも聞き込みをして情報を集めてきたらしい。そのバルダックが言うのだから、放火用の油が運び込まれた様子はないのだろう。
ふむ──とナハトは顎をつまむ。
「上は確度の高い情報だって言っているようだがな」
「へっ! 上の判断がいつも正しいとは限らねぇだろ」
「バルダック、あまり大っぴらにそんな事を言うな」
「でもようm俺の調べじゃその情報の大元、あのロランスとかいうお坊っちゃんとこらしいぜ。疑わしくもなるだろ」
「──何だって?」
それは初耳だった。
ナハトが視線を送るとフェリスも首を横に振る。フェリスも知らない情報のようだ。
「それは本当なのか」
「いや情報の出所が気になってあちこち探りを入れてたんだ。そしたらあの野郎の名前が出てきてさ。多分間違いないと思うぜ」
「……ナハトはどう思う」
「バルダックの情報収集能力は一流です。信用していいと俺も思います」
「あの野郎の家、それなりに格式の高い貴族だからさ。殆ど裏を取らずに信用してんじゃねぇの上は」
「ん……」
ナハトは腕組みをして考え込んだ。
(嫌な胸騒ぎがする……)
何か重大なことを見逃しているような──早く気付かなくては手遅れになるような、そんな焦燥感に胸がざわめいていた。
感覚を研ぎ澄ましてもう一度考えろ、何か違和感を見逃していないか。
(そもそも帝都に火を放つという計画が、こんな簡単に漏れていいはずがない。現に俺たちは四六時中、裏路地を張っている。こんな状況で複数個所で同時に放火なんて出来るはずがない)
もし過激派が本気で帝都炎上を目論んでいるのだとしたら、計画はもっと秘匿されていなければならないはずなのだ。だというのに一週間も先にその情報はリークされ、帝都の裏路地の警戒は上がっている。
(じゃあなんだ? もし他に別の目的があるのだとすれば、それは──)
「おい? どうしたナハト」
急に黙り込んでしまったナハトを訝しんで、バルダックが声をかける。
ナハトは思考を搾り出すようにゆっくりと口を開いた。
「なぁ……もし、もし仮にこの帝都炎上計画が、何らかの目的を持って流されたモノだとしたら──何が狙いだと思う?」
「おい、それは──」
「…………」
バルダックは目を見開き、フェリスも息を飲む。ナハトの意図を二人とも察したらしい。
「──考えられんのは陽動じゃねぇか? どっか別に目的があって、そこから目を逸らせるとか」
「私たち衛兵団の目は、今裏路地にばかり向けられている──つまりその逆が本当の狙いだと?」
「となると警備が手薄になった表の大通りで、奴らが何かを狙っている──」
ナハトがそこまで言って、三人とも一斉に叫ぶ。
「「「パレードか⁉」」」
記念祭当日に大通りで行われているのは、皇族が馬車で練り歩くパレードである。
「今年のパレードには、馬車に皇太子殿下と皇女殿下が乗っている! 奴らの本当の狙いは殿下二名の暗殺か⁉」
「しかも例年警備に当たっている衛兵隊の殆どは、裏路地に出払っちまって護衛は近衛兵しかいねぇ──クソ! それが狙いかよ‼」
フェリスは驚愕し、バルダックは「やられたっ!」と舌打ちする。
白昼堂々と皇太子と皇女を暗殺されたとなれば、諸外国への帝国の威信は失墜するだろう。さらに跡目争いに発展する可能性もあるし、そうなれば内乱も起こりかねない。
過激派の狙いが帝国を瓦解させることだとすれば、最適な一手だろう。
「あくまで推測の域を出ないが、その可能性が高そうですね」
ナハトもいつになく緊迫した声を出す。
「どうするナハト?」
「────ヨシ! 班を二つに分け、少数精鋭でいく。残りの者は命令があるまで屯所で待機。俺と隊長、選抜メンバーでパレードへ向かう! バルダック、お前は他の隊に通達してくれ‼」
即座にナハトが冷静な指示を飛ばす──本来であればフェリスが行わなくてならない指示だが、そこは経験の差が出た。緊急事態ということもあり、異を唱える者は一人もいない。
「了解──死ぬなよナハト!」
「そのセリフ、そのまま返すぞバルダック」
バルダックは即座に隊舎を飛び出して行く。
「俺たちも行こう!」
「ああ! 行くぞナハト‼」
ナハトとフェリスは数名の隊士を連れ、パレードの馬車を目指して駆け出した。
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