シャロン・ホームズの助手

十二田 明日

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第5章 ロンドン地獄絵図 Ⅰ

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 翌日、ホームズとワトソンは例の切り裂きジャックの抜け穴がある袋小路まで来ていた。これから戦闘になるだろう事を見越して、ホームズは愛用の拳銃とは別に、狩猟用のライフルを背中に背負っている。
 袋小路には数十人の警官隊が既にいて、もちろんレストレード警部もそこにいた。

「来たか。ホームズ」

 レストレード警部はホームズの背負ったライフルを見てうなずいてから、ワトソンを見やる。

「探偵助手、お前の準備はそれでいいのか」

 対するワトソンの格好はいつもと変わらない。強いて言えばステッキを持っているくらいである。

「僕は学生なんで銃は持てませんよ。これで十分です」

 そう言ってワトソンが持ってきたステッキを差し出す。レストレード警部が訝しみつつステッキを持つ──重い。ステッキの芯棒に鉄を仕込んでいるようだった。
 これを勢いよく振るえば、人を撲殺することも可能だろう。

「中々喰えない男のようだなお前も」
「いえいえ、雇い主ほどでは」
「まるで私が喰えない女みたいな口ぶりだね」

 ぶーたれるホームズに対して、ワトソンとレストレード警部は「お前が喰えない女じゃなかったら何なんだ」という視線を送ったが、ホームズには通じなかった。

「さて人員も揃ったようだし、そろそろ行こうか」
「貴様が仕切るなホームズ──では諸君、行くぞ」
「──はっ!」

 ホームズに促され、レストレード警部は集まった警官隊に号令を飛ばし、ホームズとワトソンを含めた警官隊は、切り裂きジャックの抜け穴から地下への突入を開始した。

 抜け穴から地下通路に降りると、ひんやりとした冷気と地下特有のかび臭い匂いが鼻をつく。地下通路は思ったよりも大きく、天井も三メートルほどある。

「元は大きな雨水管だったんだろうね。これだけ大きな通路なら、切り裂きジャックの背丈でも問題なく行き来できるそうだ」

 通路は左右に緩やかなカーブを描きながら長く伸びており、所々で横穴がある。まるでアリの巣のようだった。

「話には聞いていたが、こんな通路が張り巡らされていたなんて」

 こんな物を利用しているのだから、切り裂きジャックが神出鬼没なわけである。

「しかも何だ? ……通路全体がぼんやりと明るい?」

 ランタン等を使っていないにもかかわらず、地下通路のことがワトソンにはよく見えていた。

「多分、改造されたヒカリゴケだね」

 ホームズが地下通路の壁面を指で擦る。ホームズの指先に、ほのかな光を放つ粉のようなものがパラパラとついている。

「このヒカリゴケは自分で繁殖してくれる上に手入れもほぼ要らないから、最近、事現場なんかで導入されているタイプの奴だ」

 ジェイコブは貴族であり、この廃棄された地下通路の工事を手配するなどフリードマン男爵家は工事業者とも繋がりがあった。ヒカリゴケを手配するくらい、ジェイコブには造作もなかっただろう。
 レストレード警部はふんと鼻を鳴らした。

「以前は奴の逃走を手助けするものだったんだろうが、今は奴を追い詰める我々の行く先を照らす灯だ。地の底に隠れようと、絶対に逮捕してやる」

 警官隊が隊列を組み、ぞろぞろと地下道を進む。ホームズたちは警部と共に隊列の先陣を切って歩いていく。
 目的の地下空間は元貯水槽と目される。そのせいか地下通路は緩やかな下り坂になっており、徐々に徐々に地下深くへと進んでいるのが何となく分かった。
 ホームズが口の端で笑う。

「ふふ、こうして地下道を歩いていると小さな頃を思い出すというか。少々童心に帰ってしまうな」

 心なしかワクワクしているホームズに、ワトソンは閉口した。

「こんな時に探検気分か。相変わらず肝が太いな」
「人生何事も遊び心は必要だよ」
「殺人鬼を捕まえに行くときにも遊び心が必要だとしたら、そいつはイカれてるよ──ああホームズ、君はイカれてたな。忘れてたよ」
「イカしてるの聞き間違いだと私は思っているよ」
「難聴なのか頭の病気か、悩むところだ」
「手厳しいねぇ」

 ホームズと軽口を叩き合っているうちに、自然とワトソンは肩の力が抜けていることに気が付いた。周りでホームズとワトソンのやり取りを聞いていた警官たちの動きも、さっきより硬さがなくなっている気がする。
 それでワトソンは気が付いた。

 熟練の兵士は下世話なネタや下らないジョークを言って、新兵が緊張しすぎないようにすると聞いたことがある。きっとホームズの抜けた発言も、ワトソンを気遣ってのことだったのだろう。

(そう言えば切り裂きジャックと初めて対峙したあの夜も、妙な絡み方をされたな……)

 今更のことながらワトソンは、ホームズの意図を理解した。人を喰ったようなことばかり言う、天才的な推理力の残念美女──シャロン・ホームズがニコリと微笑みかける。

「これから大仕事だ。そういう時こそ、普段通りでいかないとね」
「そうだな」

 さっきよりも落ち着いた声で、ワトソンは答えた。
 しばらく進んだ所で、先導するレストレード警部が一度立ち止まった。 

「この通路を進んだ先が、切り裂きジャックが潜伏していると思われる目的の地下空間だ。全員油断するな」

 警部が目配せすると、全員が無言でうなずいた。
 ホームズは背負ったライフルを構え、ワトソンは鉄芯仕込みのステッキを握りなおす。

「行くぞ」

 レストレード警部に続いて小走りで駆け出す。通路の先に一気に突入した。
 その先で見た光景に、皆一様に圧倒された。

「なんだこれは……⁉」

 ワトソンは目を疑った。
 大学の講堂よりも広い、巨大な地下空間。天井を支えるために所々に林立する柱は、まるで古代の神殿のようだ。ヒカリゴケの朧げな光に照らされたそれは、ある種幻想的な美しさを感じさせる。

 しかしそれ以上に、異常な光景が広がっている。
 うず高くつまれた死体、死体、死体の山。さらにその奥には専門的な研究機関にあるような、見たこともないような機械が何台も並んでいる。

 機械にセットされているのは死体だ。死体に機械の手指が伸びて、何やら金属のパーツが組み込まれている。まるで工業製品でも作るかのように。もちろん作られているのは、工業製品などではない。

人造人間フランケンシュタインだ──ここでは人造人間を自動生産している!」

 ホームズたちが突入している間にも、一体の人造人間が完成した。完成した人造人間は起き上がり地下空間の隅にまで行くと、急に糸が切れたかのようにバタンと倒れた。そうしてまた死体の山がわずかに大きくなる。
 それを見たワトソンはゴクリと唾を飲み込んだ。

「おいおい待ってくれ。という事はあの死体の山、全部人造人間なのか……⁉」

 ざっと見ただけで二百は下るまい、それだけの数の人造人間がここでは作られているようだった。ワトソンはフリードマン邸での人造人間との戦闘を思い出す。

 優に常人を超える膂力、一切死や損傷を恐れず目的を達成するために動く無機質さ、何より脳を破壊するか物理的に四肢を切り取らない限り、活動を停止しない不死性。
 どれも脅威だった。あんな化け物が何百もいたら、とてもではないがただでは済まない。

「そういえば──」

 とホームズはつぶやく。

「フリードマン男爵家は死体安置所モルグの管理も任されていたね」

 誰もやりたがらない仕事だが、それでも国から補助が出るので金のない貴族はやりがちな事業だ。

「どうやら死体はそこからちょろまかしていたようだ」
「何という事を……!」

 亡骸をただの資材として利用する──これは死者に対する冒涜だ。どこまで人の尊厳を踏みにじれば気が済むのだろうか。
 憤慨するワトソンに答えるように、

「やぁ来たか」

 とくぐもった電子音のような声がした。
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