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28.兄

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「咲凪、お出かけしようか」

「ん、いーよ」

咲良の誘いに、咲凪は帽子をかぶりながら頷いた。

「おににり?」

「ううん、今日はお弁当じゃないの」

いつもより荷物は少なめに。

近くの駅まで行くのもいつもより身軽でいい。

「くぅま」

「車じゃなくて、電車ね」

「れんしゃ」

「そうそう、電車」

咲凪を電車に乗せるのは初めてだ。

不安はあるが、それよりも父と兄に娘を会わせるという楽しみが勝っている。

「咲凪、ボタン押す?」

「んーん」

切符を買う時に一応聞いてみるが、咲凪は興味がなさそうに首を振った。

緊張している様子はないが、楽しみにしているわけでもなさそうだ。

「まま、ろこいくの?」

「ママのパパ、じぃじのところだよ」

「んー……」

わかったような、よくわからないような返事。

祖父母は咲凪にとっても初めての存在だ。

「仲良くなれるといいね」

咲良はそう言って娘の頭を撫でた。



電車に揺られて数十分。

そこからさらにバスで十数分。

着いたのは、高級住宅地だった。

「えっと……」

地図アプリを開くと、咲凪が公園を見つけて歩いていく。

「あ、咲凪、待って」

「ぶぁんこ」

「ブランコ?あとでにしようか」

「んーん」

これは無理やり連れていけば泣きじゃくるパターンだ。

せっかくの初対面だ。泣いた後の顔ではかわいそう。

「……じゃあ、ちょっとだけね」

咲良は仕方なく頷いた。



「咲凪、もう行くよ」

「まぁら」

「まだダメなの?」

5分、10分と時間が過ぎていく。

あまり遅くなっては心配させてしまう。

「じゃあ、あと5回ね?」

こども園で習ったやり方で止めてみた。

渋々といった様子ではあったが、咲凪はそれで止まってくれる。

「行こうか」

手を繋ぎ、住宅街を歩いた。

「おなかしゅいちゃ」

こうならないようにお昼前に約束を取り付けたのに……。

「あとちょっとだから」

娘を励ましながら、ようやくたどり着いた。

大豪邸、という言葉がまさにふさわしい、大きな家。

玄関と思しきところには、屈強なスーツ姿の男性が立っている。

その横のチャイムを押すと、

『はぁい』

と間延びした声が聞こえた。

「あ、あの……佐山です。佐山咲良です」

『あぁ!』

一瞬で声のトーンがあがり、

『どうぞ』

と鉄の門が開く。

玄関までの広い庭を歩いていると、目の前の玄関が開いた。

咲良より少し年上くらいの男性だ。

「やぁ、よく来たね」

「あの……もしかして、お兄さんですか?」

父から存在だけを聞いていたからわかった。

周防すおう俊哉としや。よろしくね」

彼は笑顔で手を差し出してくる。

咲良は戸惑いながらその手を握った。

「といっても、昔一緒に暮らしてたんだけどね。覚えてないでしょ?」

「……すみません」

「いや、いいんだ。まだ小さかったしね。僕はもう小学生だったから覚えてるけど」

俊哉は笑って、そして咲凪に目を向ける。

しかし何も言わず、

「じゃあ、中に入ろうか」

と通した。

「お邪魔します」

豪華な玄関から室内に入ると、父が姿を現した。

「お父さん、こんにちは」

「……あぁ。遅かったな」

「すみません、咲凪が途中で公園に行きたいと言い出して……」

当の本人は、初めての人たちを警戒しているのか、咲良の後ろに隠れている。

「こんにちは」

そこへ、俊哉と名乗った兄が膝を折って話しかけた。

「……」

咲凪は口を開こうともしない。

「お名前はなにちゃん?」

「……」

「こ、こら、咲凪」

「……しゃぁたん」

母に促されて、なんとか口にできる。

「咲凪ちゃんか。かわいいね」

かわいいと言われて、咲凪は照れて笑った。

「咲凪ちゃん、おじさんと遊ぼうか」

「……んーん」

少しだが声が出ている。

人見知りも成長とともに治るものなのか。

「ごめんなさい、この子、遊ぶよりも絵本を読むのが好きな子で」

「そうなんだ」

「しゃぁたん、えほん、もってりゅよ」

お気に入りのリュックには、絵本が数冊入っている。

「絵本持ってきたの?何持ってるか、教えてくれる?」

咲凪は確かめるように咲良を見上げる。

「その前に、じぃじにご挨拶しようか」

咲良がそう言ってあげると、咲凪は目の前に立つ男を見、そして怯えてまた隠れてしまった。

「咲凪、こんにちは、は?言える?」

「……こん……ちゎー……」

小さな声だが確かに言えた。

「いい子だね」

咲良が褒めてあげる。

父も何か言うでもなく、黙って咲凪の頭を撫でる。

玄関での挨拶を終え、咲良たちはリビングに通される。

「……わ、ぁ……」

咲凪が小さな声をあげた。

「すごいね」

咲凪はくいくいっと咲良の服を引っ張り、口に手を当てる。

秘密の話がしたいらしい。

咲良がその口元に耳を寄せてあげると、

「ここ、おしろ?」

と聞いてきた。

「どうだろうね。おじさんに聞いてみようか」

咲良が兄の方を見ると、咲凪は一瞬戸惑ったが、すぐに歩み寄り、

「ここ、おしろ?」

と同じことを聞いた。

「お城ではないかな。でも、お城みたいなお家なら父さん……と、じぃじが持ってるよ」

その瞬間、咲凪の目が嬉しそうに光る。

「咲凪ちゃんはお城に住みたいの?」

「ん」

咲凪がそう答えた時、くうぅぅと小さな音が鳴る。

咲凪は自分のお腹の音だと気づき、顔を赤く染めて咲良の後ろに隠れる。

「ご飯にしようか」

兄がにっこりと笑った。


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