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39.咲良の本音
しおりを挟む咲良は日常を過ごした。
いつもと変わらない、ごく当たり前の日常。
しかし、頭のどこかでは彼のことが離れない。
どうしても、どうしても気になってしまう。
彼は幸せなのだろうか。
あんなにも憔悴し、やつれていた彼は、本当に幸せになれるだろうか。
心配したところで、どうにかする手立てもない。
そんな中で、咲良の方も疲れを見せはじめていた。
「咲良、最近元気がないね」
それは兄からの指摘から始まった。
「すみません」
「悩みがあるなら聞くよ?」
優しい兄の声音は、あの時の彼と重なる。
あの時、彼を引き留めていれば……。
そう後悔したところで、どうにもできない。
咲凪を昼寝させた後。
広いリビングには、咲良と兄の2人だけ。
それでも、咲良には言えなかった。
「彼のこと?」
しかし、兄はまるですべてを見透かしたように、穏やかな声で聞いてくる。
咲良は口をきつく閉じて、頷いた。
一気に熱を持つ目から、何もこぼれないように。
「行っておいで」
「……!」
それは咲良にとって予想外の言葉だった。
「ちゃんと話し合うべきだよ。なにがあったのかは知らないけど」
頭では納得できるが、心が追い付かない。
「でも……だって……」
と子どものような言葉を言ったところで、その次に続く言葉はない。
「言い訳は聞かないよ」
兄はなおも優しく諭してくる。
「ちゃんと話してきて」
まだ昼間。
「でも……場所が……」
どこにいるかもわからない。
「神川家のお屋敷の住所ならわかるよ」
そう言って、兄はハガキを取り出した。
「年賀状とか季節の節目にやりとりをするからね」
それなりの付き合いはあるのだろう。
「でも……わたしは……」
「咲良、これだけは覚えておいて」
それでもためらう咲良に、兄はハガキを渡し、その手を取った。
「咲良は、苗字は違っても、周防家の人間だ。父さんのたった1人の娘で、僕の妹だ。いいね?」
何が何やらわからず、咲良は戸惑いながら頷いた。
兄によってタクシーに乗せられ、咲良はそのまま神川家のお屋敷へ向かった。
その道中、頭から離れなかったのは、彼、神川拓海と、そして娘のこと。
『ぱぱのとこいくと、こわいおばちゃんがいるから』
咲凪はそう言った。
その意見を尊重しないわけではない。
この行動は、娘を裏切っているような気がしてしまう。
今からでも引き返してしまおうか。
そう思う反面、彼に会いたいという気持ちもあった。
話がしたい。
そう言ったところで、この前と違った話し合いができるとも限らない。
複雑な思いを抱えたまま、タクシーは夜の街を進んでいく。
「こちらですね」
外から扉が開けられ、咲良は戸惑うまま車を降りた。
立派なお屋敷。
高級住宅街の高級マンションの最上階とは違う、本物のお金持ちといった建物。
こんなところに、彼は本当に住んでいるのだろうか。
アメリカでともに過ごした時を思い出すと、とても信じられない。
それでも、せっかくここまで来たのだ。
覚悟を決めて、震える手でインターホンを押す。
『はい』
インターホンに出た声は、女性のものだった。
「あ……えっと……わたし、佐山咲良です。拓海さんはご在宅でしょうか」
最初は戸惑ったが、不思議とスムーズに言葉が出た。
しばらくして、慌てた様子の拓海が、玄関から飛び出してきた。
「咲良!」
彼はバタバタと駆け寄ってくる。
「どうしたんだい?こんなところまで来て……」
あぁ。
心の中の何かが崩れる音がした。
その心配そうな顔には、目には、咲良しか映っていない。
そうだ。
彼はそういう人だった。
「……き……」
歪む視界を拭いきることもできず、咲良は両手で顔を覆う。
「……あなたが、好き……っ」
嗚咽を押し殺し、こみあげる感情のままに口をついて出た言葉。
次の瞬間、咲良の体は優しい温もりに包まれていた。
「僕も、君が好きだ」
「……ったくみく……っ」
「待ってて。必ず迎えにいくから」
「……まって……いや……」
離れていってしまう。
そのことに、咲良は強い恐怖を覚えた。
彼が好きなのだ。
あの頃と変わらず、今も同じように。
「何をしているの!」
そんな時、冷たい声が響いた。
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