グレープフルーツムーン

青井さかな

文字の大きさ
26 / 45
chapter 2

what's going on(1)

しおりを挟む


「おかえり」 

 夜の10時を過ぎて、やっと帰って来た。

「……ただいま」

 声を掛けた相手はオレを見る事なく返事をしてくる。

「何してたの?」

「……別に、何も」

「何処に行ってたの?オレの事ほったらかして」

「何処だっていいだろ、毎回気持ち悪い出迎え方すんな」

 耐えきれなくなった湊が吐き捨てる様に言うと手に持っていたバッグをオレに投げつけてきた。

「危ねぇだろ」

「うるせぇ」

「何イラついてんだよ」

「おまえのせいだよ」

 ちょっとふざけ過ぎたか、何でか知らないが今日は本気で機嫌が悪そうなのでもう止めておこう。

「さっき斉藤が来て冷蔵庫にまたいろいろ詰め込んでくれてたけど、食う?」

「……あぁ」

 何が入っているのかもよくわからないので適当に冷蔵庫からタッパーと、ついでにビールを二缶出してテーブルに並べる。

「斉藤のやつ何かもうすっかりオレらの母ちゃんだな」

 男二人、それもオレと湊の組み合わせなら絶対まともな物食べないでしょと、こうやって時々斉藤は手作りの料理をまとめて持って来てくれる。

「おまえはいつでも本物の母ちゃんの手料理食えるだろ。いつまでうちに居るんだよ」

「……好きなだけ居て良いって言ったじゃん」

「もうそろそろ忘れろ。彼女呼べないし」

「なに、彼女出来た?」

 湊は大学四年の頃に付き合いはじめた彼女と半年で別れて以来彼女はいないはずだ。

「そろそろ出来る予定だよ。デビューしたら」

「あれメジャーデビューって意味じゃなかったの?」

「何でそういうのは覚えてんだよ、歌詞やスケジュールはすぐ忘れるくせに」

 うちのバンドのメンバーは基本的にみんな良い奴なので誰と居ても気が楽だし肩肘張る事も無い。その中でもドラムの湊は大学で一番初めに親しくなった上に音楽の趣味も一番オレと近かったので特に気を許しているところがある。無神経なオレが気を使わなさ過ぎて神経質な湊をイライラさせるのは日常茶飯事だがそれでも何となく馬が合っていた。

 湊のアパートに居着くようになったのは今から一年程前。ライブの度にボロボロに打ちのめされるオレを見兼ねて保護してくれた。以来ただひたすら湊に甘えて生きている。湊だけじゃ無い、食事面を世話をしてくれる斉藤も、もちろん長田も小原も常にオレを気にかけてくれている。……言い換えれば心配を、下手したら迷惑をかけ続けている。 

「……おまえさぁ」

 湊がオレを見ずに呟くように言う。

「何?」

「………いや、何でもない」

「何だよ」

「オレ今日はもう風呂入って寝るわ」

「はやくね?」

「そういう気分」

 そう言うと湊は本当に風呂場へ向かった。

 湊が言い澱んだ、言いたかった事は何となく予想はつく。それを言わなかった理由も。
 オレは今の状況を何とかしなければと思いつつも結局忙しさを言い訳にして何もしようとしていない。

 あの日、理香子さんにライブのチケットを渡したのは、あの頃の感覚を思い出したかったからのはずなのに、結局オレは土壇場になって怖気付いた。
 たった一曲だけど、理香子さんの見ている前で歌った『ドント・レット・ミー・ダウン』はここ最近ではオレの中で会心の出来だった。湊も認める程だ。だけど、ライブの日が近付いて来てイメージをすればする程、理香子さんの姿があの人へとすり替わっていき、あの頃感じていた胸の痛みまでもが鮮明に思い出された。

 そして思い知った。

 誰かに誰かを重ねて見てしまう事の苦しさを。


 宣言通りに湊は風呂から上がると布団に潜り込んで寝始めた。反対にオレはいくら酒を飲んでも寝付けず、明け方近くになってようやく眠る事が出来た……。





 湊が起きて早々に珍しく部屋の片付けでもしているのか忙しなく動き回っている。
 その気配に時々目を覚ましながらもついさっき寝たばかりのオレは当然起き上がれるわけもなく床に敷いた布団の上に転がっていた。
 そのうちに湊は何も言わずに何処かへ出掛けて行き、静かになった部屋でオレは再び深い眠りへと落ちて行った。




「まだ寝てんのかよ、いい加減起きろ」

 いつの間にか帰って来ていた湊に背中に蹴りを入れられ起こされる。

「……いてぇな、何だよ久しぶりの休みなんだからゆっくりさせてくれよ」

「ゆっくりし過ぎだろ、もう昼」

 マジか、確かにこのままでは貴重な休みが何もせず終わってしまいそうだ。しかし寝付けないせいで昨夜は一人でかなり飲んでしまったため、はっきり言って気分は最悪だ。

「んー、……無理。今日は一日寝とくわ」

「いいから起きろ!風呂入って目ぇ覚ませ!」

 布団を剥ぎ取られ風呂場に押し込まれる。
 ……何なんだよ。

 熱めのシャワーを頭から浴びてようやく目が覚めてきた。
 風呂場から出ると湊はいつもなら出しっ放しのオレがついさっきまで寝ていた布団まで片付けていて、湊の部屋は見たこともない程にキレイになっていた。

「……何、誰か来るの?」

 さすがに変だ。

「……ちゃんと着替えとけよ」

 そう言って湊はまた部屋を出て行った。
 だから、何なんだよ。


 言われた通りに着替えを済ませキレイ過ぎて逆に落ち着かない部屋で一人湊の帰りを待つ。そう言えば昨日からちょっと様子がおかしかったな。まぁあいつに限らずうちのメンバーは普段からおかしなやつしかいないが、帰ってから妙に落ち着きがなくイライラしていた。昨日あいつに何があったんだろうか、見当も付かないまま二十分程で湊が帰って来た。

「何なんだよ、ちゃんと説明し、」

 それ以上言葉が続けられない。
 湊と一緒に部屋に入って来たのは、……何で?理香子さん?


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。 見ると幸せになれるという 珍しい月 ブルームーン。 月の光に照らされた、たったひと晩の それは奇跡みたいな恋だった。 ‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆ 藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト 来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター 想のファンにケガをさせられた小夜は、 責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。 それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。 ひと晩だけの思い出のはずだったが……

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。 私たちは確かに愛し合っていたはずなのに いつの頃からか 視線の先にあるものが違い始めた。 だからさよなら。 私の愛した人。 今もまだ私は あなたと過ごした幸せだった日々と あなたを傷付け裏切られた日の 悲しみの狭間でさまよっている。 篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。 勝山 光との 5年間の結婚生活に終止符を打って5年。 同じくバツイチ独身の同期 門倉 凌平 32歳。 3年間の結婚生活に終止符を打って3年。 なぜ離婚したのか。 あの時どうすれば離婚を回避できたのか。 『禊』と称して 後悔と反省を繰り返す二人に 本当の幸せは訪れるのか? ~その傷痕が癒える頃には すべてが想い出に変わっているだろう~

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

処理中です...