伯爵の料理人

マスターとの出会い

アンドレイは自分の部屋に入ると、ベッドに突っ伏した。

アンジェラとダレンが来てから、調子狂う。

人間なんて屋敷に住まわせるからだ。アンジェラはみなしごだから、まだいいけど。ダレンってやつが気に食わない。
性格はいいんだけど、なんか気に食わない。

アンドレイは１００年以上前の雨の日のことを思い出していた。

ヴィクトリア時代のソーホーの貧民街の一角の汚い路地で、アンドレイは横たわっていた。
１７歳だが、極度の栄養失調で痩せて成長も１５歳で止まっていた。

「ここで死ぬのか。ゴミ溜めみたいなところで死ぬんだ。もう力がなくて起きれない。それに目もよく見えない。怖い」

もうしゃべる気力もない。

ふっと誰かの手が髪にさわった。
「君、まだ生きたいのかい？」
半年前出会ったお金持ちの青年。シルクハットに黒いマント。

貧民街で子供の診察をしていた青年医師だ。
アンドレイは頷いた。
アンドレイを抱え上げると、馬車に乗り込んだ。馬車の中でアンドレイの首に口を寄せた。
ちくっとした痛みが首筋に走る。

「もう大丈夫だ。君はもう死ぬことはないよ」

そのままアンドレイをサリー州のお屋敷に連れて帰った。

次の日には、アンドレイは元気になっていた。
キッチンに行き食べ物を探したがみつからない、庭にリンゴの木があるのを見つけた。木に登ってリンゴを一つ取りかじった。
「リンゴの味がするけど、おいしくない」
少し食べて捨てた。

書斎に行くとマスターが居た。
「昨夜はありがとうございます」
「こういうことはあまりしないんだけど、君が生きたいと願ったから」
「すっかり元気です」
「もう君は人間じゃないんだよ」
「え？」
「吸血鬼になったんだ」
アンドレイは微笑んだ。
「それでもいいです。生きられるなら、そしてマスターといられるなら」
「そう」
両手を組んでマスターはやさしく言った。マスターはバンパイアーだった。

それがマスターとの出会い。

アンドレイは気が付いた。
いままでマスターに紅茶をいれるのは僕の役目だったのにダレンが来てからあいつの仕事になった。
それにすごく品のいいセッティングでサーブするから。

それで気に食わなかったんだ。