焔の軌跡

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試験編

第六十八話 足を止めるな

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 焔は先ほどまでジャングルの中にいたはずだったのに、いきなり目の前の景色が一転、広大な砂漠へと変わってしまい、呆然と立ち尽くす。

「……これも総督からの……」

「はい、特別サービスです」

「ハハハ、絶対に総督さんには会いたくねえな」


 ジャングルからの砂漠……総督って人は相当なSで間違いないな。ジャングルで大分足の力を使わされた後にこの最も体力が奪わられる砂の上を走るなんて……いや、それはあんまり進むのに支障はない……問題は……。


「あっちいな」

 焔は上空高くでこの地を焼き尽くさんと燃え盛る太陽を強く睨みつける。


 問題はこの肌を焼くような気温。今まで経験したことのないこの暑さ。あまりにも長居しすぎると、熱中症や脱水症状を起こして、ゴールつく前にお陀仏だ。だが、おそらくこの砂漠は……


「AI、今どれだけ経った?」

「現在、1時間7分経過。残り時間5時間53分」


 さっき1時間の通達があってから7分……おそらく、体感からして、今10㎞地点ぐらい。このジャングル内の仕掛けはほぼ等間隔。仕掛けから仕掛けに移る距離も走ってみた感じ同じ。だとすると、このジャングルから砂漠に切り替わるタイミングも中途半端な数字じゃなく、区切りのいい数字、10㎞か、15㎞。でも、さすがに体感で15㎞も走ってないのはわかる。だとすると残りは10㎞。そして、このタイミングで地形が変わったということは20㎞地点でも砂漠から新たな地形に変化するはず。だから、まずはこの仮説を信じて、10㎞集中して走って、なるべく早くここを抜ける。このまま何の仕掛けもなければ、1時間ちょっとで行けるはずだ。


「よし! 行くか」

 焔は自分が立てた仮説を信じ、なるべく早くこの砂漠地帯を抜けるため、少し速めのペースで走り出す。


―――「お、もう走り出しましたね。一体何を考えてたんだろう、焔は」

 シンは相変わらずの笑顔で焔の動向を伺っていた。

「クソ! ここまでたどり着いたら、もっと絶望に満ちた顔をすると思ったんだがな。何なんだあいつは……本当に少しの間しか動揺しなかったぞ、全く」

 総督は焔の切り替えの速さに少し不機嫌そうな顔で文句を言う。そこにレオが後ろからフォローを入れる。

「おいおい、総督さんよぉ。他のモニター見てみろよ。絶望する顔はこの後たんまり見れるはずだぜ」

「……あ、ああ、そうだな(いや、別に焔に関しての話であって、他のやつの絶望する顔なんて見たくはないんだが……訂正するの恥ずかしいから、このままでいいか)」

 総督のS度がどんどん高まっていく中、他のモニターでは、いまだジャングルで悪戦苦闘している受験者が何人も見て取れた。そのほとんどがもうすでに顔を歪め、汗を垂れ流しながら走る、いや、正確にはほとんど歩いているのと変わらないスピードで走っていた。

 そして、そのモニターの大部分はさきほど焔が通った泥沼のゾーンに突入しており、茜音もその一人だった。

(さっきの木といい、この泥沼といい、本当に体力が一気に持ってかれる。岩場は段々足の置けるスペースがなくなってきてるし、下は泥沼だし。でも、さっき確認したけど、この泥沼すごく浅い。だから、落ちたところで、一貫の終わりってことにはならない。でも、絶対に落ちるわけにはいかない)

 茜音以外に、この泥沼が浅くなっていることを確認した受験者は数多くいた。だが、茜音のようにその理由を考えたものは少なく、浅いと言う事実のみを確認し、最悪落ちても大丈夫というような楽観的な答えに行きつくものは多かった。そして、その気の緩みが次々と泥沼へと引き込んでいった。

「おっとッ! 落ちちまった……」

 ある受験者はバランスを崩しながらも石の上をジャンプしながら移動していたところ、泥沼に落ち、両足を盛大に突っ込んでしまった。当人は落ちるつもりがなかったのだが、体力、集中力が低下していること、落ちても失格になることはないという安心感から、この事態を招いてしまった。

 落ちた受験者は再び石の上に足を乗せ、次の石場へ飛び移ろうとするのだが、

「うわっ!!」

 そのまま飛び移ることなくすっころんでしまった。そこで、ほとんどの受験者は気付く。己が犯してしまった過ちを。

「あらら、けっこう落ちちゃってるね」

「まあ、けっこう体力使っちゃってるし、無理もないと思うけど……この先のことを考えるなら、ここは絶対に落ちちゃいけなかったね」

 シンとハクはモニターを見ながら、苦言を示す。そこに、総督も加わり、更に言及する。

「その通り。この泥沼に落ちれば、その泥で小さな石場を移動することなんて絶対に不可能。そして、このゾーンを超えても、その泥の影響は収まりはしない。泥のせいで走るとき滑りを起こし、今まで以上に体力の消耗が激しくなる。時間が経てば、固まり、走りづらくさせる。ここに落ちるか、落ちないかでこの先の難易度に大きな差がつく。ま、正直この試験、こんな小細工するつもりではなかったんだが……これぐらいの危険予測ができなければ、この先、いくら命があっても足りんからな」

 この総督の説明には、全ての者が首を縦に振り、納得を示していた。そして、この説明を自身の頭で的確に理解している受験者は、茜音を含め、半分も行かない程度であった。皆そんな考えに至らないほどに体力的にも、精神的にも追いつめられていたのだった。

 茜音は先のことを予見し、ここは慎重に時間をかけて、進んでいった。泥沼のゾーンを超えると、安堵やら疲労やらで、1度足を止め、息を整える。

「AI、残り時間は?」

「現在、1時間13分経過。残り時間5時間47分です」

「そう……」

(距離は……おそらく10㎞は超えてない。でも、確実に5㎞は突破しているはず。仮に、5㎞で1時間だと仮定したら……大丈夫。まだ、焦るときじゃない。ペースを崩さず行くのよ茜音)

 茜音は考えを頭の中でまとめると、再び、この遅れを取り戻すべく、走り出した。

 一方、焔はというと、汗もすぐに蒸発してしまうほどの熱気と、砂漠の砂に足をとられ、顔に少し苦の表情がにじみ出ていたが、平地を走っているかのようなスピードで、前に突き進んでいた。

 だが、モニタールームでは、そんな常人離れした焔よりも、更に注目を集めていたのが、同じく焔と同時刻に砂漠に突入した少女であった。砂漠地帯に入ってから、焔と少女との間では、明らかに差が出始めた。焔は走り慣れていない砂場で持ち前の脚力を生かし切れてはいないのに対し、この少女は砂の上で走っていると感じさせないほど、物凄く静かで、足跡にも体重が乗った形跡が全くなかった。

 これにはモニタールームにいたほとんどの者が唖然としていた。だが、皆が驚いていたのは、この技術の高さではなく、別のものにあった。それは、

「無表情……」

 それを口にしたのはヴァネッサだった。

「汗すらかいてないね」

 ハクもヴァネッサと同様に驚きを口にする。総督もモニターから顔を離し、椅子にもたれかかると、苦笑いを示した。

「話には聞いていたが、まさかこれほどとはな……シン、お前は知っていたのか?」

 椅子をくるりと回転させると、総督はシンに尋ねる。

「知ってましたけど……まさか、これほど末期とは……どうしましょう」

「どうしましょうと言われてもなあ。ま、戦力として申し分ないのは目に見えているが……何とも不気味な奴だ」

 そう苦言を述べると、総督は再び、この気味の悪い少女に視線に移し、ため息を漏らすのだった。


―――それから時間が経ち、大体の者はジャングルを抜け、焔が体験したようにいきなり砂漠が広がる光景に変るのを目の当たりにした。そして、ほとんどの者は膝を突き、笑い出した。そこからは、これから進む意思のあるもの、ないのものの区別がはっきりと見て取れた。

「ど、どういうこと……これは……」

 肩で息をしながら、茜音は突如として現れた砂漠地帯に茜音は足を止めざるを得なかった。

「AI……時間」

「現在、2時間34分。残り時間4時間26分です」

「2時間34分……」

(距離は……多分10㎞。後20㎞で、残り約4時間半……このタイミングで地形が変わったということは20㎞地点でも地形の変化はある。つまり砂漠地帯は10㎞で終わるはず。でも……もう体力が……)

 茜音は冷静を装うべく、今置かれている状況を分析するも、途中で分析をやめた。

(ダメよ茜音! 弱気になってどうするの! 根性を見せるのよ!)

 再び、走り出す茜音の足取りはとても重かった。

 そして、ほぼ同時刻、焔も目の前に広がる景色を目に、もうすでに足を止めたい思いでいっぱいだった。

「な、なんじゃそりゃ」

 おそらく20㎞地点と思われる場所では、砂漠が忽然と終わりを告げ、その境界線の先には激しい吹雪に見舞われし雪山が堂々と鎮座していた。


 これから来るであろう受験者たちの侵入を拒むかのように。


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