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第1章 白醒めた息止まり
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エントランスホールを玄関口から北に抜けた先に広がる光景は、寂然とした微細な埃の舞う中にあった。
屋敷の本館と別館を繋ぐL字を右に倒した形の渡り廊下。右側はガラス張りとなっており、四角く区切られた中庭の様子が窺える。手狭ながら、ガーデニングを趣味として興じるには十分な空間が確保されている。しかし今では蔦や雑草が生い茂り、まるで動物園の蛇の園を彷彿とさせる。食堂の窓も緑に覆われ、廃墟然としている。
自然と人工が融和した小さな庭園。
植物の手は屋敷の屋根をすべて覆うほど伸びてはおらず、舞台を照らすように、ここのみがてらてらと日が射していた。
「こんなところを見ても、あまり楽しくないと思うのだけど……」
怜耶が戸惑うように微笑を浮かべる。
しかし、それに梓乃はゆるゆると首を振った。
「全然。なにもかも久しぶりなことばかりだから。もしかして、あまり見られたくないとか?」
「そうね、ないと答えれば嘘になってしまうかもしれない。梓乃の前では、綺麗な姿でいたいもの」
「別に醜いとは思わないのに」
「気持ちの問題よ。どうにかできる手段はすでに用意されているのに、手付かずのままだとしたら、それは怠惰というものでしょう?」
「……そう言われちゃうと、なんとなくその気持ちもわかるけど…ね」
いつか手入れしないといけない景色であれ、今のあるがままの姿も嫌いではないと、梓乃は荒れ果てた中庭に視線を這わせた。
「変わらないわね、そういうとこは」
「それ、私が成長してないって言いたいの?」
「違うわよ。というか、わざと曲解したでしょう」
ふふ、とそこで二人の笑みが重なり合った。
「怜耶は、すこし変わったかも」梓乃がどこか寂しさを滲ませるように呟く。「前よりも大人っぽくなった」
「……そうかしら」
「前はもっと、声が揺れていたような気がする。今は落ち着きが出たというか。迷いがない、みたいな」
あくまで私の所感に過ぎないけど、と梓乃は自信なげに零す。
隣で耳を澄ましていた怜耶は見かけでは事もなげに相槌を打ってみせるが、実際は背中を小突かれたように心臓が跳ねていた。
がちゃり、と別館側の扉が無造作に開く。中からエプロンドレスに身を包んだ妙齢の女性が現れ、すたすたと無言で二人の背後を通り過ぎ、エントランスへと出ていった。
その一部始終を目で追っていた梓乃がぽつりと呟く。
「……びっくりした」
「家事代行に新しく雇い入れた人なの。他にも数名いて、今はそれぞれ屋敷の清掃に従事してくれていると思うわ」
「怜耶のご両親は、今はお仕事?」
「事故で亡くなったわ、二年前にね」
呆けたのも束の間、梓乃は咄嗟に口許を抑え、息を呑んだ。
そしてすぐに謝ろうとするが、怜耶がぴしゃりと制した。
「いいのよ、別に。とっくに折り合いはついてるもの」
抑制された語り口は、廊下の影を一段と暗く、温度を奪うようだった。
「それより、梓乃にずっと謝りたかったの。何も告げずに転校してしまったことや、一度も連絡しないままでいたこと」
「……それこそ怜耶が謝る事じゃない。だって、どうしようもないことでしょ、そういうのって」
と、梓乃は呼吸を整えたあと、柔らかに微笑みかける。その相貌には薄く幕を下ろす憂いの影があった。
怜耶は胸が疼くのを感じた。衝動にも酷似した、仄暗い欲が首を擡げている。独占欲だろうか。忘却時の陶酔だろうか。それとも依存先への一種の愛着だろうか。
手先の冷えがじんわりと意識に染みつく。ぎゅっと握り拳を形作る。
軽く咳払いをし、中庭の向こう側に目配せした。
「少し、喉が渇いたわ。ちょうどお昼も近いことだし、食堂に向かいましょ」
屋敷の本館と別館を繋ぐL字を右に倒した形の渡り廊下。右側はガラス張りとなっており、四角く区切られた中庭の様子が窺える。手狭ながら、ガーデニングを趣味として興じるには十分な空間が確保されている。しかし今では蔦や雑草が生い茂り、まるで動物園の蛇の園を彷彿とさせる。食堂の窓も緑に覆われ、廃墟然としている。
自然と人工が融和した小さな庭園。
植物の手は屋敷の屋根をすべて覆うほど伸びてはおらず、舞台を照らすように、ここのみがてらてらと日が射していた。
「こんなところを見ても、あまり楽しくないと思うのだけど……」
怜耶が戸惑うように微笑を浮かべる。
しかし、それに梓乃はゆるゆると首を振った。
「全然。なにもかも久しぶりなことばかりだから。もしかして、あまり見られたくないとか?」
「そうね、ないと答えれば嘘になってしまうかもしれない。梓乃の前では、綺麗な姿でいたいもの」
「別に醜いとは思わないのに」
「気持ちの問題よ。どうにかできる手段はすでに用意されているのに、手付かずのままだとしたら、それは怠惰というものでしょう?」
「……そう言われちゃうと、なんとなくその気持ちもわかるけど…ね」
いつか手入れしないといけない景色であれ、今のあるがままの姿も嫌いではないと、梓乃は荒れ果てた中庭に視線を這わせた。
「変わらないわね、そういうとこは」
「それ、私が成長してないって言いたいの?」
「違うわよ。というか、わざと曲解したでしょう」
ふふ、とそこで二人の笑みが重なり合った。
「怜耶は、すこし変わったかも」梓乃がどこか寂しさを滲ませるように呟く。「前よりも大人っぽくなった」
「……そうかしら」
「前はもっと、声が揺れていたような気がする。今は落ち着きが出たというか。迷いがない、みたいな」
あくまで私の所感に過ぎないけど、と梓乃は自信なげに零す。
隣で耳を澄ましていた怜耶は見かけでは事もなげに相槌を打ってみせるが、実際は背中を小突かれたように心臓が跳ねていた。
がちゃり、と別館側の扉が無造作に開く。中からエプロンドレスに身を包んだ妙齢の女性が現れ、すたすたと無言で二人の背後を通り過ぎ、エントランスへと出ていった。
その一部始終を目で追っていた梓乃がぽつりと呟く。
「……びっくりした」
「家事代行に新しく雇い入れた人なの。他にも数名いて、今はそれぞれ屋敷の清掃に従事してくれていると思うわ」
「怜耶のご両親は、今はお仕事?」
「事故で亡くなったわ、二年前にね」
呆けたのも束の間、梓乃は咄嗟に口許を抑え、息を呑んだ。
そしてすぐに謝ろうとするが、怜耶がぴしゃりと制した。
「いいのよ、別に。とっくに折り合いはついてるもの」
抑制された語り口は、廊下の影を一段と暗く、温度を奪うようだった。
「それより、梓乃にずっと謝りたかったの。何も告げずに転校してしまったことや、一度も連絡しないままでいたこと」
「……それこそ怜耶が謝る事じゃない。だって、どうしようもないことでしょ、そういうのって」
と、梓乃は呼吸を整えたあと、柔らかに微笑みかける。その相貌には薄く幕を下ろす憂いの影があった。
怜耶は胸が疼くのを感じた。衝動にも酷似した、仄暗い欲が首を擡げている。独占欲だろうか。忘却時の陶酔だろうか。それとも依存先への一種の愛着だろうか。
手先の冷えがじんわりと意識に染みつく。ぎゅっと握り拳を形作る。
軽く咳払いをし、中庭の向こう側に目配せした。
「少し、喉が渇いたわ。ちょうどお昼も近いことだし、食堂に向かいましょ」
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