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七章 手繰り寄せられた運命
6
着いたのは公園で、ベンチの空きを見つけそこに並んで座った。
「たっちゃんが……あんなこと言うなんて……」
膝の上に乗せた手は震えていて、それを抑えるようにギュッと握りしめた。そして顔を上げると彼に向いた。
「大智さん、峰永会って、なんですか? 何か知ってるんですか?」
彼もまだ戸惑いの色を滲ませたまま、静かに答えた。
「峰永会は、僕の実家が経営する病院なんだ。さっき彼にも伝えたように、今の理事長は叔父で、その前は父だった」
「病……院……」
そこで樹から昔聞いたことを一つ思い出した。
「そういえば、たっちゃん。小学生の頃に病気でお母さんを亡くしたって……。峰永会の病院に入院していた……とか?」
「それはわからない。けれど、身内を亡くした人が、何らかの理由で病院や医者に、そのやるせなさを向ける場合はあるんだ。子どもだったなら尚更」
だからこその、気持ちの整理がつかない、なのかも知れない。けれど同じように、自分も気持ちの整理がつかない。
黙りこくってしまった自分の手に、大智の温かな手が重なる。暗い表情のまま上を向くと優しい微笑みが目に入った。
「彼は……今日はって言っていた。頭ごなしに話を聞かないつもりではなさそうだ。だから待とう。由依は信じているんだろう?」
彼の言う通りだ。樹はずっと、自分を信じてくれていた。自分だって同じように樹を信じている。改めて、それを気づかせてくれた大智の、懐の深さを思い知る。
大きく頷き真っ直ぐ彼を見つめると、穏やかな瞳が自分を包み込むように向けられていた。
「ありがとうございます、大智さん。たっちゃんを待ちます。きっと……大丈夫です」
「うん。そうだね。……そうだ。一つ、お願いを聞いてくれないかな」
愛おしげに目を細め、彼は笑みを浮かべて言う。不意にそんな表情を見せられ、心臓が音を立てて跳ねているようだった。
「ただいま……」
大智と別れ家に帰る。玄関を開けると、先ほどと同じように静まり帰っていた。
廊下を進み台所に向かうと、テーブルには樹が背を向けて座っていた。項垂れるように背中を丸めて。
「たっちゃん、ただいま」
小さく声を掛けると、その背中が揺れ動いた。それを見ながら樹の向かい側に回る。何もないと思っていたテーブルには、見覚えのあるものが並べられていた。
「ちょっと倒してな。壊してしまったんだ。悪い……」
力なくそう言う視線の先には、仏壇に飾られていた写真立てが置かれていた。ガラスの部分はなく、フレームだけ。そしてその中身がそれとは別に並べられていた。両親が笑顔で並ぶ写真と、二年前大智からもらった名刺だった。
「あいつが……灯希の父親……だよな。これを見つけたその日に、本人が現れるなんてな。……さっきは追い返してごめんな」
立ちっぱなしで見下ろしていた自分に、樹は弱々しい笑みを向ける。見たこともないそんな樹の姿に、表情を強張らせながら首を振る。樹は自虐的にも見える笑みを口元だけで浮かべると続けた。
「運命の悪戯って、こういうのを言うんだな。今は……何があったか話せる気分にならないけど。いずれ話すから」
「うん……。ごめんね、私こそ。大智さんのこと、黙ってて。また会えるなんて思ってなくて……」
「そっか。会えて良かったな。俺のことは気にしなくていいからな。灯希に父親できたんだ。喜ばしいことじゃないか」
無理をして笑顔を作るその姿に胸が痛む。樹に過去、何があったのか想像すらできない。正解の返事など浮かぶはずもなく「ありがとう……」と言うだけで精一杯だった。
一瞬の静寂は、聞こえてきた元気な足音にかき消される。
台所に顔を出した灯希は「マッマッ‼︎」と嬉しそうに声を上げると、自分の元に走り寄ってきた。しゃがみこみ手を広げると、笑顔の灯希は自分の胸に飛び込んできた。
「たっちゃんが……あんなこと言うなんて……」
膝の上に乗せた手は震えていて、それを抑えるようにギュッと握りしめた。そして顔を上げると彼に向いた。
「大智さん、峰永会って、なんですか? 何か知ってるんですか?」
彼もまだ戸惑いの色を滲ませたまま、静かに答えた。
「峰永会は、僕の実家が経営する病院なんだ。さっき彼にも伝えたように、今の理事長は叔父で、その前は父だった」
「病……院……」
そこで樹から昔聞いたことを一つ思い出した。
「そういえば、たっちゃん。小学生の頃に病気でお母さんを亡くしたって……。峰永会の病院に入院していた……とか?」
「それはわからない。けれど、身内を亡くした人が、何らかの理由で病院や医者に、そのやるせなさを向ける場合はあるんだ。子どもだったなら尚更」
だからこその、気持ちの整理がつかない、なのかも知れない。けれど同じように、自分も気持ちの整理がつかない。
黙りこくってしまった自分の手に、大智の温かな手が重なる。暗い表情のまま上を向くと優しい微笑みが目に入った。
「彼は……今日はって言っていた。頭ごなしに話を聞かないつもりではなさそうだ。だから待とう。由依は信じているんだろう?」
彼の言う通りだ。樹はずっと、自分を信じてくれていた。自分だって同じように樹を信じている。改めて、それを気づかせてくれた大智の、懐の深さを思い知る。
大きく頷き真っ直ぐ彼を見つめると、穏やかな瞳が自分を包み込むように向けられていた。
「ありがとうございます、大智さん。たっちゃんを待ちます。きっと……大丈夫です」
「うん。そうだね。……そうだ。一つ、お願いを聞いてくれないかな」
愛おしげに目を細め、彼は笑みを浮かべて言う。不意にそんな表情を見せられ、心臓が音を立てて跳ねているようだった。
「ただいま……」
大智と別れ家に帰る。玄関を開けると、先ほどと同じように静まり帰っていた。
廊下を進み台所に向かうと、テーブルには樹が背を向けて座っていた。項垂れるように背中を丸めて。
「たっちゃん、ただいま」
小さく声を掛けると、その背中が揺れ動いた。それを見ながら樹の向かい側に回る。何もないと思っていたテーブルには、見覚えのあるものが並べられていた。
「ちょっと倒してな。壊してしまったんだ。悪い……」
力なくそう言う視線の先には、仏壇に飾られていた写真立てが置かれていた。ガラスの部分はなく、フレームだけ。そしてその中身がそれとは別に並べられていた。両親が笑顔で並ぶ写真と、二年前大智からもらった名刺だった。
「あいつが……灯希の父親……だよな。これを見つけたその日に、本人が現れるなんてな。……さっきは追い返してごめんな」
立ちっぱなしで見下ろしていた自分に、樹は弱々しい笑みを向ける。見たこともないそんな樹の姿に、表情を強張らせながら首を振る。樹は自虐的にも見える笑みを口元だけで浮かべると続けた。
「運命の悪戯って、こういうのを言うんだな。今は……何があったか話せる気分にならないけど。いずれ話すから」
「うん……。ごめんね、私こそ。大智さんのこと、黙ってて。また会えるなんて思ってなくて……」
「そっか。会えて良かったな。俺のことは気にしなくていいからな。灯希に父親できたんだ。喜ばしいことじゃないか」
無理をして笑顔を作るその姿に胸が痛む。樹に過去、何があったのか想像すらできない。正解の返事など浮かぶはずもなく「ありがとう……」と言うだけで精一杯だった。
一瞬の静寂は、聞こえてきた元気な足音にかき消される。
台所に顔を出した灯希は「マッマッ‼︎」と嬉しそうに声を上げると、自分の元に走り寄ってきた。しゃがみこみ手を広げると、笑顔の灯希は自分の胸に飛び込んできた。
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