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3.お見合い相手はいったい誰?

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「じゃあ、それをここにセットして、これがスイッチ。スピード上げると失敗しやすいからゆっくりでいい」

 備品倉庫という名の小部屋。私はそこで、主任に紙折り機の使い方を教えて貰っていた。折るのは先月分の請求書。それを今日絶対に発送しないといけないらしい。

「わかったか?」
「ひゃいっ!」

 今日の私は厄日だろうか。さっきから噛みまくっては主任に笑われていた。

「ふっ!」

 またも私から顔を背けて主任は笑っている。いったい何がツボに入ったのか、まるで今までの無愛想な主任とは別人のようだ。

「主任、意外に笑い上戸なんですね⁈」

 私がちょっとばかり怒り気味に主任に言うと、まだ顔を緩めたまま主任はこちらを見た。

「いや? こんなに笑ったのは久しぶりだ」
「久しぶり……」

 久しぶりがどのくらいかわからないが、その笑いが噛みまくっている恥ずかしい私の姿かと思うと居た堪れない。

「だいたいお前が、かっ……」

 そこまで言うと主任は急に言葉を止めた。

「……か?」

 何だろうと主任を見上げると、主任は口元に手を当てて、私から視線を外した。

「か、揶揄い甲斐があるからだ。じゃあそれ、頼んだぞ?」

 そう言うとそそくさと主任は部屋を出て行った。

 私は言われた通り請求書の束をセットするとスイッチを入れる。大きな音を立てて動き出す機械を眺めながら私は溜め息を吐いた。

 主任があんなに笑う人だったなんて思わなかった。それにいつもの仏頂面と違って、イケメンにプラスされた可愛い笑顔。いくら顔の良い兄弟達で耐性の付いてる私でさえ、そのギャップにやられてしまいそうだ。

 私、何考えてるんだ

 意識しないように自分の両頬を両手で軽く叩く。とにかく、今日はこれを折り終わったら封入して糊付けして、郵便の取りまとめ時間に間に合うように総務課に出さなければいけない。

「よし! 頑張ろ!」

 自分を叱咤激励するように呟いて、私は機械が紙を折って行くのを眺めた。

「これでよしっと」

 折り終わったものを崩さないようにカゴに入れて、備品倉庫を出る。勢いよく扉を開けると、「うわっ!」とその向こうから慌てたような声が聞こえた。

「すっ! すみません!」

 扉に『開閉時注意』と書いてあったのに、何も考えず開いたから向こう側の人にぶつかりそうになったのだ。

「危ないなぁ。気をつけてくれよ」

 不機嫌そうな声がしてその人が顔を出すと、私の顔を見て途端に表情を変えた。

「あれっ? 与織子ちゃん!」

 私は、あんまり会いたくなかったなー……と思いながら「お疲れ様です。専務」と頭を下げた。

 専務には申し訳ないが、ニコニコしながら私を見ているその顔は、いつもながら胡散臭い。鈍感な私でさえ、何か裏がありそうだなって感じてしまうのだから。

「与織子ちゃん、連休の谷間なのに出勤だなんて。川村にこき使われてるんだね。可哀想に」

 いつものように主任を敵視するような発言をしながら、専務はその主任がいないのをいいことに私を名前で呼ぶ。主任が側にいれば、間違いなく冷たい視線と「セクハラです」の言葉が主任から浴びせられたに違いない。けど、残念ながら今主任はここにはいないのだ。

「えっと、そんなことは……。休んでもすることないですし、今日は忙しいでしょうから私から出勤を願いでたんです。それに金曜日はお休みをいただくことになってます」

 私が引き攣りながら何とか返すと、専務は「へー」と半分興味無さそうに口にした。そして、急に明るく表情を変えると私に少し顔を近づけた。

「連休中は何か用事ある? どこかご飯でも食べに行こうよ。フレンチ? イタリアン?」

 そう言って専務ににじり寄られ、私は後退る。

「え、や、あの。よ、用事あります」
「え~? 1日くらい空いてるでしょ? それとも彼氏でもいるの?」

 後ろはさっき出てきたばかりの扉。専務に近寄られても逃げることもできない。

「いっ! いませんが、それでも忙しいんです。あ、兄が色々連れて行ってくれることになってまして」

 全部が嘘ではないけど、それでも兄達とは遊びに行く予定はある。ただし、明日はお見合いなんてさすがに言えない。

「兄ねぇ……。与織子ちゃんもそろそろ兄離れしたほうがいいんじゃない? ま、気が向いたら連絡してよ」

 そう言うと専務はポケットから名刺を取り出して何かを書き入れた。

「与織子ちゃんが連絡くれるまで、毎日予定空けて待ってるからさ」

 そう言うと専務は、薄ら笑いを浮かべてそれを私の持っていた箱に放り込む。

「え! 困ります!」
「俺も困ってるんだよねぇ、色々と。だから人助けだと思って」

 専務が何を言いたいのか、その意図が掴めずポカンとしていると、私を見て専務は口を開く。

「それに、川村も部下と備品倉庫で密会してたなんて噂、流されたら困るよね? だから、これはもちろん秘密だよ?」

 そう言ってわざとらしい笑顔を私に向けると、専務は呆然としたままの私を残して去って行った。
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