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1.
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「これで契約成立だね」
事務所の社長室で俺と瑤子は契約書を取り交わし、それを笑顔の淳一から渡された。
10月1日からの専属契約。
大幅に仕事内容が変わるため、事務所からの報酬の他に、俺からも報酬を出すことになる。
その額を見て、「こんなにいらないんですけど……」と瑤子は戸惑っていたが、「その分働いてもらうから」と付け加えると、顔を痙攣らせていた。
正式に俺の専属になるまでは、もう1週間を切っていたが、まだ短時間勤務の茉紀への引き継ぎもあり、しばらくは事務所へ通うことの方が多そうだ。
俺の方も、いきなり撮影を入れているわけでもないし、家でする作業も多い。
そんな訳で、仕事についてはすぐに大きな変化があるわけではなさそうだ。
社長室を出ると、2人で打ち合わせのため別室へ向かった。
かなり窮屈な部屋に4人掛けのミーティングテーブル。
そこに瑤子はタブレットと分厚いスケジュール帳を置くと、紙を一枚取り出してペンを握る。
「では、私に対する要望をお聞かせいただきたいんですが?」
仕事モードの瑤子に対し、俺は全くそんな気にはならない。
真剣な眼差しの瑤子の隣に座り、足を組んで左手で頬杖を突きながらその横顔を眺めた。
「癒しが欲しい」
横から瑤子の髪留めをスルッと外すと髪の毛の感触を確かめるように撫でる。すっかり短くなってしまったその髪を。
昨日、美容院へ行くと出かけて行き、帰ってきたら肩までバッサリ切られていた。
本人は、「サッパリしたー!ずっと切りたかったんだよね」なんて楽しげに言っていたが、俺は全く面白くない。
背中まで伸びた長い髪。結構気に入ってたのに。
「ちょっと!!こっちは真面目に話ししてるの!だいたい、あの時の条件まだ有効だからね!」
「……なんだっけ?」
シレッとそう言うと久しぶりの怒りに満ちた瑤子の顔があった。
「この関係を仕事に持ち込まない!公私混同禁止!じゃなきゃ契約書今すぐ破り捨てるわよ?」
全く持って可愛げのない形相でそう噛み付かれるが、俺も簡単に引き下がる気はない。
「2人きりでも?」
「2人きりの方が何するか分からないでしょ!」
「じゃあ、せめて移動の車の中だけでも普通にするってのは?」
そう言いながら耳をツウっと撫でると、頰を少し染めてから「ちゃんと守ってよね!」と諦めたように瑤子は言った。
「りょーかい。じゃ、仕事の話しして、さっさと帰ろうか」
何か言いたげな顔でこちらに視線を向けた後、瑤子は机に向かうと、「じゃあ、どうぞ」と言葉を続けた。
「とりあえず、撮影スタッフの要望は出来るだけ聞いてやってくれ。俺に直接言い辛い事もあるだろうから。ただし、困ったことが有ればすぐに俺に言えよ?」
そう言うと、瑤子は紙にそれを書き留める。
初めて見るそれは、繊細な美しい文字だ。
「依頼の選別はお前に任す。受けられそうなものだけ上げてくれればいいから」
「分かりました」
真面目にそう答える瑤子に俺は続けた。
「あとは……。お前にとっちゃ気分のいい場面ばかりじゃないと思うけど……」
そこまで言うと、瑤子はペンを持つ手を止めてこちらを見た。
「俺は、お前以外の誰のことも被写体としか見てない。だから……俺を信じて欲しい」
睦月に忠告されたから…と言うわけではないが、一番俺が危惧している事。
今までのつけは、おそらく自分に返ってくる。
十中八九、今まで関係を持ったことのあるヤツは当たり前のようにそれを匂わせるような態度をとってくる。まるでそれがステータスかのように。
日本で初めて仕事する相手はまだ大丈夫だが、海外で一緒に仕事したことのあるヤツは厄介だ。
高いプライドで仕事して来た人間ばかりで、平気で『俺の女』みたいな顔をするだろう。
今までなら、それをなんとも思わず好きなようにさせていたが、これからはそうもいかない。
だが、俺の態度一つで被写体が思うような表情を見せないのも困る。そこは葛藤するところだが、やはり撮るものに妥協はしたくない。
「どう見えようが撮影中だけは、仕事だと思って割り切ってくれ」
俺はそう言うのが精一杯だった。
それを聞きながら瑤子は真っ直ぐに俺に視線を向けて、しばらくするとふわっと笑ってこう言った。
「分かりました。あなたを信じます」
その顔があまりにも……俺をどうしようもない気分にさせる。
「瑤子」
「……?なんでしょう?」
首を傾げてこちらを見る顔に、ゆっくり手を添える。
「キスしていい?いや、したい」
さっきダメだと言われたばかりなのに、もう抑えが効かない。
「えっ?あっ!」
と瑤子は驚いたように言葉を発するが、もう次の言葉は出なかった。
「っぅ……。んっ」
蜜に誘われる蜂のように、その甘い唇を味わう。
静かな部屋に時々唇から漏れる水音が響き、瑤子が持っていたペンを落としたのか、カラカラと机を転がる音が聞こえた。
唇を離して瑤子の顔を見ると、顔を紅潮させて俺を睨みつけている。
「どうした?」
笑顔でワザとそう尋ねると、
「もうっ!!仕事の話ししないなら帰ってくれていいから!聞きたい事は全部岡田さんに聞いた方が早い!!」
とかなりご立腹な様子で……。
俺はまた笑ってしまい、余計に瑤子を怒らせた。
事務所の社長室で俺と瑤子は契約書を取り交わし、それを笑顔の淳一から渡された。
10月1日からの専属契約。
大幅に仕事内容が変わるため、事務所からの報酬の他に、俺からも報酬を出すことになる。
その額を見て、「こんなにいらないんですけど……」と瑤子は戸惑っていたが、「その分働いてもらうから」と付け加えると、顔を痙攣らせていた。
正式に俺の専属になるまでは、もう1週間を切っていたが、まだ短時間勤務の茉紀への引き継ぎもあり、しばらくは事務所へ通うことの方が多そうだ。
俺の方も、いきなり撮影を入れているわけでもないし、家でする作業も多い。
そんな訳で、仕事についてはすぐに大きな変化があるわけではなさそうだ。
社長室を出ると、2人で打ち合わせのため別室へ向かった。
かなり窮屈な部屋に4人掛けのミーティングテーブル。
そこに瑤子はタブレットと分厚いスケジュール帳を置くと、紙を一枚取り出してペンを握る。
「では、私に対する要望をお聞かせいただきたいんですが?」
仕事モードの瑤子に対し、俺は全くそんな気にはならない。
真剣な眼差しの瑤子の隣に座り、足を組んで左手で頬杖を突きながらその横顔を眺めた。
「癒しが欲しい」
横から瑤子の髪留めをスルッと外すと髪の毛の感触を確かめるように撫でる。すっかり短くなってしまったその髪を。
昨日、美容院へ行くと出かけて行き、帰ってきたら肩までバッサリ切られていた。
本人は、「サッパリしたー!ずっと切りたかったんだよね」なんて楽しげに言っていたが、俺は全く面白くない。
背中まで伸びた長い髪。結構気に入ってたのに。
「ちょっと!!こっちは真面目に話ししてるの!だいたい、あの時の条件まだ有効だからね!」
「……なんだっけ?」
シレッとそう言うと久しぶりの怒りに満ちた瑤子の顔があった。
「この関係を仕事に持ち込まない!公私混同禁止!じゃなきゃ契約書今すぐ破り捨てるわよ?」
全く持って可愛げのない形相でそう噛み付かれるが、俺も簡単に引き下がる気はない。
「2人きりでも?」
「2人きりの方が何するか分からないでしょ!」
「じゃあ、せめて移動の車の中だけでも普通にするってのは?」
そう言いながら耳をツウっと撫でると、頰を少し染めてから「ちゃんと守ってよね!」と諦めたように瑤子は言った。
「りょーかい。じゃ、仕事の話しして、さっさと帰ろうか」
何か言いたげな顔でこちらに視線を向けた後、瑤子は机に向かうと、「じゃあ、どうぞ」と言葉を続けた。
「とりあえず、撮影スタッフの要望は出来るだけ聞いてやってくれ。俺に直接言い辛い事もあるだろうから。ただし、困ったことが有ればすぐに俺に言えよ?」
そう言うと、瑤子は紙にそれを書き留める。
初めて見るそれは、繊細な美しい文字だ。
「依頼の選別はお前に任す。受けられそうなものだけ上げてくれればいいから」
「分かりました」
真面目にそう答える瑤子に俺は続けた。
「あとは……。お前にとっちゃ気分のいい場面ばかりじゃないと思うけど……」
そこまで言うと、瑤子はペンを持つ手を止めてこちらを見た。
「俺は、お前以外の誰のことも被写体としか見てない。だから……俺を信じて欲しい」
睦月に忠告されたから…と言うわけではないが、一番俺が危惧している事。
今までのつけは、おそらく自分に返ってくる。
十中八九、今まで関係を持ったことのあるヤツは当たり前のようにそれを匂わせるような態度をとってくる。まるでそれがステータスかのように。
日本で初めて仕事する相手はまだ大丈夫だが、海外で一緒に仕事したことのあるヤツは厄介だ。
高いプライドで仕事して来た人間ばかりで、平気で『俺の女』みたいな顔をするだろう。
今までなら、それをなんとも思わず好きなようにさせていたが、これからはそうもいかない。
だが、俺の態度一つで被写体が思うような表情を見せないのも困る。そこは葛藤するところだが、やはり撮るものに妥協はしたくない。
「どう見えようが撮影中だけは、仕事だと思って割り切ってくれ」
俺はそう言うのが精一杯だった。
それを聞きながら瑤子は真っ直ぐに俺に視線を向けて、しばらくするとふわっと笑ってこう言った。
「分かりました。あなたを信じます」
その顔があまりにも……俺をどうしようもない気分にさせる。
「瑤子」
「……?なんでしょう?」
首を傾げてこちらを見る顔に、ゆっくり手を添える。
「キスしていい?いや、したい」
さっきダメだと言われたばかりなのに、もう抑えが効かない。
「えっ?あっ!」
と瑤子は驚いたように言葉を発するが、もう次の言葉は出なかった。
「っぅ……。んっ」
蜜に誘われる蜂のように、その甘い唇を味わう。
静かな部屋に時々唇から漏れる水音が響き、瑤子が持っていたペンを落としたのか、カラカラと机を転がる音が聞こえた。
唇を離して瑤子の顔を見ると、顔を紅潮させて俺を睨みつけている。
「どうした?」
笑顔でワザとそう尋ねると、
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