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「……き。……っおい!咲月!聞いてんの?」
真琴が車を走らせながら、呆れたようにそう言っている。
外を眺めながらぼんやりと昨日の事を考えていたら、真琴の呼びかけが耳に入ってなかったようだ。
「あーごめん。聞いてなかった」
顔を外に向けたまま、私はそう答えた。
「だから!母ちゃんが、何か食べたいものあればスーパー寄って来いって言ってたけど、どうするよ?」
「うーん。別にないなぁ。どうせいっぱい買い込んでくれてるんでしょ?」
1年に2度ほどしか帰らない私に、母は帰ると山のように食べさせようとする。もちろん愛情あっての事なのは分かるけど、毎回動けなくなりそうな程食べさせれられるのは考えものだ。
「また張り切ってたぞ。そしていつものはもちろんある」
「そっかあ……」
少し溜め息を吐きながら、私はいつものものを思い出す。
こんな事を言えば贅沢だって言われそうだけど、冬場に帰ると必ず登場するのは、地元で採れるカニだ。
もちろん高級な物もあるが、家で出てくるのは地元だけで消費されるようなお手頃価格のもの。嫌いじゃないが、面倒くさいのだ。
「まぁ、いいんだけど……」
そう言っているうちに、あまり代わり映えのしない見慣れた景色が近付いて来た。
「そうだ。年末年始は向こういるんだろ?」
「うん。行くとこもないしね」
仕事も年末ギリギリまである事はないし、年始もそれなりにゆっくり出来る。けれど、特に予定があるわけでもない。
じゃあ、なんでその時期にこっちに帰って来ないのかと言うと、雪が降るかも知れないからだ。
と言うか、だいたいお正月あたりは雪が降って、積もる事が多い。そうなると、飛行機が欠航して帰れなくなってしまう。
それに、かんちゃんをそう長い間ペットホテルに預ける訳にいかないし。
母は「連れて帰って来ればいいじゃないの」って言うけど、父は「連れて来たら親子の縁を切る」なんて言い出す程犬嫌いだ。だから、私は犬を飼う事に憧れていたのだった。
「もしかしたら遊びに行くかも。そん時は泊めてよ」
「いいけど、ちゃんと事前に言っといてよね。前みたいにもう寝てる時間に突然来られても入れないからね」
前に友達と東京に遊びに来た時は、友達は漫喫に泊まり、真琴は予告なく突然やって来たのだ。
夜中にチャイムを連打され、それはそれは不機嫌になった。
「はいはい。分かってますよ。あん時の咲月、無茶苦茶怖かったし」
「真琴が悪いんでしょ!」
そう言い合っているうちに、久しぶりの実家が見えてきた。
「ただいまぁ……」
大きな荷物を、今度は真琴に任せて自分はお土産の入った紙袋を持って玄関を開ける。
相変わらずと言うか、鍵などかかっておらず、玄関の扉は簡単に開いた。
車の音が聞こえてきたのか、母はすぐに玄関にやって来た。
「お帰りなさい。さっちゃん」
「ただいま。はいこれお土産」
さすがに家を出て数年経つと、離れている事に慣れてしまい、こうやって帰省しても特に感傷的な気分になる事はない。
それに、なんだかんだで母はメッセージアプリで連絡を寄越してくるので、余計に久しぶりな気がしないのだ。
「いつもありがとう。寒かったでしょ?」
「うーん。思ったより大丈夫だった」
私は靴を脱ぎながらそう答えて、コートも手早く脱いだ。
「お茶淹れておくから、手を洗ったら来なさい」
そう言うと母はまた奥に戻って行き、入れ替わるように真琴が荷物を持って玄関に入って来た。
「悪いけど、部屋に入れといて。その荷物の中にお目当てのもの入ってるから、勝手に開けていいよ」
「へーい!」
軽い返事をして、真琴は私のキャリーケースを持って2階へ上がって行った。
手を洗ってから、奥にある居間に向かう。リビング、などと言う言葉は全く似合わない和風の古い家だ。
入ると、当たり前のようにコタツが出してあり、速攻で潜りこんだ。
「あー……コタツ~!」
さすがに、1人暮らしの部屋にコタツは置いていない。欲しいと思う事はあるけど、入ったら最後、出れなくなるのは目に見えているからヒーターとホットカーペットで凌いでいる。
「あらあら。早速コタツの住人?」
マグカップを乗せたお盆を持った母が、私の姿を見た途端に呆れながら笑っている。
「冬場に帰って来た時の一番の楽しみだよ!」
そう言って、私は板の上で伸びをするようにうつ伏せになる。
「さっちゃん!置けないでしょう!」
そう言われて渋々起き上がると、目の前には温かいココアが湯気を立てていた。
子供の頃から、母は私にはずっとこれを出してくれる。
「そう言えば……さっちゃん。聞きたい事があるんだけど」
目の前に座った母は、神妙な面持ちで口を開いた。
私はカップを持ち上げて、フゥフゥ息をふきかけながら「何?」と返す。
「あなた……彼氏できたの?」
「はぁ?」
あまりに唐突すぎて、思わずそう返すと、ココアが溢れそうになる。
「だって、この前竜ニ君が慌てて連絡してきたんだもの」
母の言う竜ニ君とは、いただきの店主のことで、そんな話になる心当たりは一つしかなかった。
「違うからっ!おじさんにも仕事関係の人だって言ったのに!」
慌てて否定すると、母はのんびりとした口調で私に言う。
「あら、だって竜ニ君のお店に男の人連れて行ったの初めてじゃない?だから竜ニ君、結構動揺してたわよ?」
いや、男の人を連れて行った事ならある。香緒ちゃんを連れて行ったから。けど、あえて性別まで紹介なんてしないから、女友達だと思ったわけだ。
それにしても……なんでそんな事お母さんに報告するのよ……おじさんったら
目の前で期待した目を向ける母に、溜め息混じりで視線を送る。
「とにかく違うから!相手の方にも失礼だし!私なんか範疇にないよ」
むくれたようにカップに口をつけるとココアを口に含む。母特製の激甘ココア。こんな甘さの飲み物は、もう実家でしか飲まない。
「そう?竜ニ君、さっちゃん随分楽しそうだったって言ってたし……」
困ったように眉をハの字にして、母は言っている。
睦月さんには、おじさんは父の幼なじみと伝えたが、実は母も幼なじみだ。
と言うより、3人ともこの実家のある小学校区で生まれ育った幼なじみ。
高校からはみんな違う学校に行ったが、それでも交流はあったらしい。
おじさんは、おっとりした優等生だった母と、やんちゃなガキ大将の父が結婚すると知った時、それはそれは驚いたそうだ。
よく言えば、まったり癒し系とも言える母と、いつの時代の人間よ?と言いたくなる頑固で昔堅気な父が、何を間違えて結婚したのか……。
しかも、高校卒業後すぐに。
私の今の年齢には、とっくに2人の子持ちだったなんて、私にはとても想像出来ない話だ。
「とにかく!おじさんにもちゃんと言っといてよね!お仕事の関係の人だって」
「分かったわ」
そう言って母は諦めたように返事をした。
「咲月~!たべもん開けていいやつ他にある~?」
居間の引き戸が開き、真琴が顔を出すとそう言った。
「もー!せめてお父さん帰ってから開けなさいよー!」
「え~。証拠隠滅すりゃ分からないだろ?」
父だってあんな厳つい顔しながら、じつは甘い物、特に洋菓子が好きなんだから、何もなかったら機嫌が悪くなるに決まってる。
「そうよ。あなた、この前もお父さんとお菓子の取り合いで喧嘩したんだから、今日は我慢なさい?」
母の台詞の内容の余りの進歩のなさに、呆れ返りながら私はココアを黙って飲んだ。
真琴が車を走らせながら、呆れたようにそう言っている。
外を眺めながらぼんやりと昨日の事を考えていたら、真琴の呼びかけが耳に入ってなかったようだ。
「あーごめん。聞いてなかった」
顔を外に向けたまま、私はそう答えた。
「だから!母ちゃんが、何か食べたいものあればスーパー寄って来いって言ってたけど、どうするよ?」
「うーん。別にないなぁ。どうせいっぱい買い込んでくれてるんでしょ?」
1年に2度ほどしか帰らない私に、母は帰ると山のように食べさせようとする。もちろん愛情あっての事なのは分かるけど、毎回動けなくなりそうな程食べさせれられるのは考えものだ。
「また張り切ってたぞ。そしていつものはもちろんある」
「そっかあ……」
少し溜め息を吐きながら、私はいつものものを思い出す。
こんな事を言えば贅沢だって言われそうだけど、冬場に帰ると必ず登場するのは、地元で採れるカニだ。
もちろん高級な物もあるが、家で出てくるのは地元だけで消費されるようなお手頃価格のもの。嫌いじゃないが、面倒くさいのだ。
「まぁ、いいんだけど……」
そう言っているうちに、あまり代わり映えのしない見慣れた景色が近付いて来た。
「そうだ。年末年始は向こういるんだろ?」
「うん。行くとこもないしね」
仕事も年末ギリギリまである事はないし、年始もそれなりにゆっくり出来る。けれど、特に予定があるわけでもない。
じゃあ、なんでその時期にこっちに帰って来ないのかと言うと、雪が降るかも知れないからだ。
と言うか、だいたいお正月あたりは雪が降って、積もる事が多い。そうなると、飛行機が欠航して帰れなくなってしまう。
それに、かんちゃんをそう長い間ペットホテルに預ける訳にいかないし。
母は「連れて帰って来ればいいじゃないの」って言うけど、父は「連れて来たら親子の縁を切る」なんて言い出す程犬嫌いだ。だから、私は犬を飼う事に憧れていたのだった。
「もしかしたら遊びに行くかも。そん時は泊めてよ」
「いいけど、ちゃんと事前に言っといてよね。前みたいにもう寝てる時間に突然来られても入れないからね」
前に友達と東京に遊びに来た時は、友達は漫喫に泊まり、真琴は予告なく突然やって来たのだ。
夜中にチャイムを連打され、それはそれは不機嫌になった。
「はいはい。分かってますよ。あん時の咲月、無茶苦茶怖かったし」
「真琴が悪いんでしょ!」
そう言い合っているうちに、久しぶりの実家が見えてきた。
「ただいまぁ……」
大きな荷物を、今度は真琴に任せて自分はお土産の入った紙袋を持って玄関を開ける。
相変わらずと言うか、鍵などかかっておらず、玄関の扉は簡単に開いた。
車の音が聞こえてきたのか、母はすぐに玄関にやって来た。
「お帰りなさい。さっちゃん」
「ただいま。はいこれお土産」
さすがに家を出て数年経つと、離れている事に慣れてしまい、こうやって帰省しても特に感傷的な気分になる事はない。
それに、なんだかんだで母はメッセージアプリで連絡を寄越してくるので、余計に久しぶりな気がしないのだ。
「いつもありがとう。寒かったでしょ?」
「うーん。思ったより大丈夫だった」
私は靴を脱ぎながらそう答えて、コートも手早く脱いだ。
「お茶淹れておくから、手を洗ったら来なさい」
そう言うと母はまた奥に戻って行き、入れ替わるように真琴が荷物を持って玄関に入って来た。
「悪いけど、部屋に入れといて。その荷物の中にお目当てのもの入ってるから、勝手に開けていいよ」
「へーい!」
軽い返事をして、真琴は私のキャリーケースを持って2階へ上がって行った。
手を洗ってから、奥にある居間に向かう。リビング、などと言う言葉は全く似合わない和風の古い家だ。
入ると、当たり前のようにコタツが出してあり、速攻で潜りこんだ。
「あー……コタツ~!」
さすがに、1人暮らしの部屋にコタツは置いていない。欲しいと思う事はあるけど、入ったら最後、出れなくなるのは目に見えているからヒーターとホットカーペットで凌いでいる。
「あらあら。早速コタツの住人?」
マグカップを乗せたお盆を持った母が、私の姿を見た途端に呆れながら笑っている。
「冬場に帰って来た時の一番の楽しみだよ!」
そう言って、私は板の上で伸びをするようにうつ伏せになる。
「さっちゃん!置けないでしょう!」
そう言われて渋々起き上がると、目の前には温かいココアが湯気を立てていた。
子供の頃から、母は私にはずっとこれを出してくれる。
「そう言えば……さっちゃん。聞きたい事があるんだけど」
目の前に座った母は、神妙な面持ちで口を開いた。
私はカップを持ち上げて、フゥフゥ息をふきかけながら「何?」と返す。
「あなた……彼氏できたの?」
「はぁ?」
あまりに唐突すぎて、思わずそう返すと、ココアが溢れそうになる。
「だって、この前竜ニ君が慌てて連絡してきたんだもの」
母の言う竜ニ君とは、いただきの店主のことで、そんな話になる心当たりは一つしかなかった。
「違うからっ!おじさんにも仕事関係の人だって言ったのに!」
慌てて否定すると、母はのんびりとした口調で私に言う。
「あら、だって竜ニ君のお店に男の人連れて行ったの初めてじゃない?だから竜ニ君、結構動揺してたわよ?」
いや、男の人を連れて行った事ならある。香緒ちゃんを連れて行ったから。けど、あえて性別まで紹介なんてしないから、女友達だと思ったわけだ。
それにしても……なんでそんな事お母さんに報告するのよ……おじさんったら
目の前で期待した目を向ける母に、溜め息混じりで視線を送る。
「とにかく違うから!相手の方にも失礼だし!私なんか範疇にないよ」
むくれたようにカップに口をつけるとココアを口に含む。母特製の激甘ココア。こんな甘さの飲み物は、もう実家でしか飲まない。
「そう?竜ニ君、さっちゃん随分楽しそうだったって言ってたし……」
困ったように眉をハの字にして、母は言っている。
睦月さんには、おじさんは父の幼なじみと伝えたが、実は母も幼なじみだ。
と言うより、3人ともこの実家のある小学校区で生まれ育った幼なじみ。
高校からはみんな違う学校に行ったが、それでも交流はあったらしい。
おじさんは、おっとりした優等生だった母と、やんちゃなガキ大将の父が結婚すると知った時、それはそれは驚いたそうだ。
よく言えば、まったり癒し系とも言える母と、いつの時代の人間よ?と言いたくなる頑固で昔堅気な父が、何を間違えて結婚したのか……。
しかも、高校卒業後すぐに。
私の今の年齢には、とっくに2人の子持ちだったなんて、私にはとても想像出来ない話だ。
「とにかく!おじさんにもちゃんと言っといてよね!お仕事の関係の人だって」
「分かったわ」
そう言って母は諦めたように返事をした。
「咲月~!たべもん開けていいやつ他にある~?」
居間の引き戸が開き、真琴が顔を出すとそう言った。
「もー!せめてお父さん帰ってから開けなさいよー!」
「え~。証拠隠滅すりゃ分からないだろ?」
父だってあんな厳つい顔しながら、じつは甘い物、特に洋菓子が好きなんだから、何もなかったら機嫌が悪くなるに決まってる。
「そうよ。あなた、この前もお父さんとお菓子の取り合いで喧嘩したんだから、今日は我慢なさい?」
母の台詞の内容の余りの進歩のなさに、呆れ返りながら私はココアを黙って飲んだ。
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