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散歩から帰って、かんちゃんに餌とお水を用意すると、私もご飯の準備に取り掛かる。
昨日、睦月さんの誘いを断ってまで家に帰ってご飯を食べた。本当はそこまでしなくても今日食べればよかったんだけど。
何となく、ずっと長い時間一緒にいると、離れがたくなる自分がいるから断ったのだと思う。
けれど、睦月さんは私の思いに構う事なく近づいてくる。
ご飯食べに来てって言われて、そっと頭を撫でられて、私がどんなに嬉しかったかなんて、睦月さんはきっと知らないだろう。
恋って厄介なんだな……
今更そんな事を知ってしまい、私は学生時代を思い出した。
仲の良かった友達が、好きな先輩の姿を見るだけでキャアキャア言うのを、よくわからないな、なんて見ていた中学時代。
周りはカップルだらけで、一時的に友達が誰も遊んでくれなくなった高校時代。
私は、好きな人のために可愛くなるよう努力する彼女達を、応援はしたけど自分にはずっと縁のない世界だと、どこか遠い目で見ていた。
だって私は、努力してもブスのままで、誰かに可愛いと言われる事なんて一生ないのだから、とそう思い続けてきたから。
ふと私は、冷蔵庫の中を覗きながらそんな事を考えていて我に返る。
「とりあえず……お好み焼きかな」
少しずつ残ったものを全部放り込んで作るお好み焼きは、定期的に食卓に登場している。特に今日はキャベツが半玉残っているし。
「そうしよ……」
と独り言ちて食材を出し始めた。
さて、キャベツでも切るか、と流しに向かうと奥の部屋からかんちゃんが吠える声がしてきた。
「スマホ!置きっぱなしだ」
かんちゃんはスマホの着信音に合わせて吠える事がある。教えてくれるのは助かるけど、とにかく煩い。
奥に向かうと寝室のサイドテーブルに置いていたスマホが震えながら鳴っている。慌てて走るとそれを取り電話に出た。
「はい!綿貫です」
『あ、さっちゃん?』
電話の向こうから聞こえる明るい声。
「どうしたの?香緒ちゃん」
『ごめんね。忙しい時間に。さっちゃん、年末年始ってこっちいるよね?』
「あ、うん。いるよ?」
『じゃあ……お願いがあるんだけど、いいかな?』
どうせ実家には帰ることのない年末年始。真琴は遊びに来るって言ってたけど、どうせ泊まるだけでデートに明け暮れるだろう。
私は掃除して、かんちゃんの散歩して、きっといつもと変わらない日々を過ごすのだと想像できる。
『じゃあさ、年明け2日。着物着たいから手伝ってくれない?』
そんな、弾むような香緒ちゃんの声がした。
いつもなら日本にいる事の方が少ない香緒ちゃんが、久しぶりに過ごす日本でのお正月。
なんでも前に、希海さんのお母さんが譲ってくれた着物があって、それを着て初詣に行きたいらしい。もちろん武琉君と。
「うん。もちろん!香緒ちゃんに着付けできるなんて楽しみ。メイクもいるよね?出来たら着物の写真先に送って欲しい。イメージ考えときたいし」
私は2つ返事でそう答える。
香緒ちゃんに着物を着せてメイクできるなんてなかなか無いし楽しみだ……そう思うだけで、ワクワクした。
『本当ありがとう。さっちゃん。何か用事出来たら言ってね。デートとか』
「やだなぁ、香緒ちゃん。私にそんな用事入るわけないでしょ?」
笑いながら香緒ちゃんにそう返していると、電話の向こうから『そうかなぁ』なんて小さく聞こえた。
香緒ちゃんがこんな話を私にしてくること自体珍しい……と言うか、初めてかも知れない。
どうしたんだろう?と思っていたら、すぐに香緒ちゃんの方から答えをくれた。
『睦月君の事さ、どう思う?』
「えっ⁈」
突然そう振られて、私は動揺を隠せず声を上げてしまう。
「ど……どうって言われても……素敵な人だなとは思うよ?」
『ふぅん。他には?』
なんだかその声は楽しそうで、電話の向こうで笑顔を浮かべて尋ねている香緒ちゃんの顔が浮かぶ。
「その……優しいし、私の相談にも色々乗ってくれるし……」
『それでそれで?』
香緒ちゃんの誘導にアッサリ乗せられてるなぁ、と思いながら、でもここまで来たら聞いてほしくて、私は続けた。
「……とっても安心する……」
『……そっか』
そう一言呟くと、向こう側で深く息を吐き出すような気配がした。
「香緒ちゃん?どうかした?」
『あ、ううん?さっちゃんにも、そう思える相手が出来て良かったなぁって。それが睦月君で尚更嬉しいな』
香緒ちゃんは、私が男の人が苦手な事を知っている。だからその私に、安心できる相手が出来て喜んでくれているのかも知れない。
「睦月さんが私の事、どう思ってるかわからないんだけどね?」
私がワザと明るく返すと、
『うーん……。それは僕にもわからないんだけど、さっちゃんの事は気にいってるよ?さすがにそれはわかる』
少し考えてから香緒ちゃんはそう答えた。
「まぁ、きっと妹みたいな感じなのかなぁって思うんだけどね」
本当はそれ以上に思って欲しいけど、今はそれでも構わない。
『本当にそれでいいの?』
まるで私の思考を読んだように香緒ちゃんに尋ねられて、一瞬息が止まった。
昨日、睦月さんの誘いを断ってまで家に帰ってご飯を食べた。本当はそこまでしなくても今日食べればよかったんだけど。
何となく、ずっと長い時間一緒にいると、離れがたくなる自分がいるから断ったのだと思う。
けれど、睦月さんは私の思いに構う事なく近づいてくる。
ご飯食べに来てって言われて、そっと頭を撫でられて、私がどんなに嬉しかったかなんて、睦月さんはきっと知らないだろう。
恋って厄介なんだな……
今更そんな事を知ってしまい、私は学生時代を思い出した。
仲の良かった友達が、好きな先輩の姿を見るだけでキャアキャア言うのを、よくわからないな、なんて見ていた中学時代。
周りはカップルだらけで、一時的に友達が誰も遊んでくれなくなった高校時代。
私は、好きな人のために可愛くなるよう努力する彼女達を、応援はしたけど自分にはずっと縁のない世界だと、どこか遠い目で見ていた。
だって私は、努力してもブスのままで、誰かに可愛いと言われる事なんて一生ないのだから、とそう思い続けてきたから。
ふと私は、冷蔵庫の中を覗きながらそんな事を考えていて我に返る。
「とりあえず……お好み焼きかな」
少しずつ残ったものを全部放り込んで作るお好み焼きは、定期的に食卓に登場している。特に今日はキャベツが半玉残っているし。
「そうしよ……」
と独り言ちて食材を出し始めた。
さて、キャベツでも切るか、と流しに向かうと奥の部屋からかんちゃんが吠える声がしてきた。
「スマホ!置きっぱなしだ」
かんちゃんはスマホの着信音に合わせて吠える事がある。教えてくれるのは助かるけど、とにかく煩い。
奥に向かうと寝室のサイドテーブルに置いていたスマホが震えながら鳴っている。慌てて走るとそれを取り電話に出た。
「はい!綿貫です」
『あ、さっちゃん?』
電話の向こうから聞こえる明るい声。
「どうしたの?香緒ちゃん」
『ごめんね。忙しい時間に。さっちゃん、年末年始ってこっちいるよね?』
「あ、うん。いるよ?」
『じゃあ……お願いがあるんだけど、いいかな?』
どうせ実家には帰ることのない年末年始。真琴は遊びに来るって言ってたけど、どうせ泊まるだけでデートに明け暮れるだろう。
私は掃除して、かんちゃんの散歩して、きっといつもと変わらない日々を過ごすのだと想像できる。
『じゃあさ、年明け2日。着物着たいから手伝ってくれない?』
そんな、弾むような香緒ちゃんの声がした。
いつもなら日本にいる事の方が少ない香緒ちゃんが、久しぶりに過ごす日本でのお正月。
なんでも前に、希海さんのお母さんが譲ってくれた着物があって、それを着て初詣に行きたいらしい。もちろん武琉君と。
「うん。もちろん!香緒ちゃんに着付けできるなんて楽しみ。メイクもいるよね?出来たら着物の写真先に送って欲しい。イメージ考えときたいし」
私は2つ返事でそう答える。
香緒ちゃんに着物を着せてメイクできるなんてなかなか無いし楽しみだ……そう思うだけで、ワクワクした。
『本当ありがとう。さっちゃん。何か用事出来たら言ってね。デートとか』
「やだなぁ、香緒ちゃん。私にそんな用事入るわけないでしょ?」
笑いながら香緒ちゃんにそう返していると、電話の向こうから『そうかなぁ』なんて小さく聞こえた。
香緒ちゃんがこんな話を私にしてくること自体珍しい……と言うか、初めてかも知れない。
どうしたんだろう?と思っていたら、すぐに香緒ちゃんの方から答えをくれた。
『睦月君の事さ、どう思う?』
「えっ⁈」
突然そう振られて、私は動揺を隠せず声を上げてしまう。
「ど……どうって言われても……素敵な人だなとは思うよ?」
『ふぅん。他には?』
なんだかその声は楽しそうで、電話の向こうで笑顔を浮かべて尋ねている香緒ちゃんの顔が浮かぶ。
「その……優しいし、私の相談にも色々乗ってくれるし……」
『それでそれで?』
香緒ちゃんの誘導にアッサリ乗せられてるなぁ、と思いながら、でもここまで来たら聞いてほしくて、私は続けた。
「……とっても安心する……」
『……そっか』
そう一言呟くと、向こう側で深く息を吐き出すような気配がした。
「香緒ちゃん?どうかした?」
『あ、ううん?さっちゃんにも、そう思える相手が出来て良かったなぁって。それが睦月君で尚更嬉しいな』
香緒ちゃんは、私が男の人が苦手な事を知っている。だからその私に、安心できる相手が出来て喜んでくれているのかも知れない。
「睦月さんが私の事、どう思ってるかわからないんだけどね?」
私がワザと明るく返すと、
『うーん……。それは僕にもわからないんだけど、さっちゃんの事は気にいってるよ?さすがにそれはわかる』
少し考えてから香緒ちゃんはそう答えた。
「まぁ、きっと妹みたいな感じなのかなぁって思うんだけどね」
本当はそれ以上に思って欲しいけど、今はそれでも構わない。
『本当にそれでいいの?』
まるで私の思考を読んだように香緒ちゃんに尋ねられて、一瞬息が止まった。
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