偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています

玖羽 望月

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1.お見合い話は突然に

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「ここ、か……」

 目の前にあるホテルを見上げ、私はゴクリと唾を飲み込む。
 こういう場所に来たことがないわけじゃない。仕事上付き合いで訪れることくらいある。けれど、一人で来るのは初めてだ。
 それに……

「今日の私は安田、安田千春!」

 呪文のように小さく呟く。
 お見合い替え玉作戦を伝えられてから、たったの1週間と1日。
 夏帆からは『相手には名前しか伝わってないから。ただ、さすがに安じゃなくて安田。あと下はそのまま千春でいいよ』とシレッと言われていた。

 適当なお見合いだな、と思うけど、そもそも私はお見合いなどしたことはない。何が普通なのかもわかっていないのだ。

「よしっ!」

 グッと拳を握るとエントランスへ向かう。

 どうかバレませんように……

 それだけが心配だ。
 一張羅の淡いベージュのワンピースは、シフォン生地でプリーツの入った膝丈のもの。メイクもできるだけ清楚だけど少し華やかに、髪はハーフアップにして巻いてみた。
 これで社長令嬢っぼく見えるはず、と私は最上階のレストランに向かった。

「おぉっ! いい眺め」

 レストランで名前を告げ通された個室。誰もいないのをいいことに、窓際から外を眺めて声を上げていた。
 ここで食べるディナーはさぞかし美味しいだろう。それにあわよくばなかなか飲むことのできないワインもいただけるかも。
 なんて、お見合いそっちのけでワクワクしていた。

 トントントンと、軽く3回扉がノックされると、「失礼します」と女性スタッフが入ってくる。
 いよいよ相手のお出ましか、と控えめに椅子に座り息を呑んで見守った。

「すみません。遅くなってしまい」

 ダークネイビーのスリーピースを着たその人は入ってくるとまず謝った。

 ……って、背、高っ!

 一瞬、連れ立って入って来たスタッフが小さいのかと思ってしまうくらい背は高い。180は超えているだろう。そしてその顔は、噂通り……。

 氷の貴公子って呼ばれるだけあるな……

 口を開けてその顔を見ている自分に気づき、慌てて取り繕う。

「いえ、とんでもない。私が早く来てしまったもので」

 役員秘書として培ったスキルで笑みを浮かべ答える。

 その人が向かいの席に着くと、スタッフは「のちほど参ります」と一旦下がる。
 私は、夏帆から聞いた噂以上の超絶美形を前に小さくなっていた。

 夏帆に相手はどんな人か知っているのか聞いたとき、彼女はこう言った。

『なんか、巷では氷の貴公子って言われてるんだって。顔はそれなりにいいらしいよ』

 全然それなりじゃないって……

 景色を見ているのか窓に向くその横顔は絵なのかと思うくらい完璧なラインだ。鼻は高すぎず低すぎず、瞳はもちろん二重で切れ長。まつ毛も長い。眉もすっと長くて目とのバランスは良い。漆黒の髪は自然に撫で上げていて、少し垂れた前髪がなんとも言えず色っぽい。

 気がつけば私は、食い入るように見つめていた。
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