幸せとは、何も知らないということ。

杉本けんいちろう

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ー第十一章ー

沢木凛太郎 Ⅱ

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僕は、お母さんの言葉を信じてる。僕の、お父さんは、もう二度と会う事のない人。だから、お母さんの告白は、本当にびっくりだった。

『…じゃあ、あの時、僕に言った話は嘘だったって事?お母さんは、僕に嘘を付いたの?』

『凛太郎…。ごめんね。お母さんも、あの時は、そうするしかなかったの。』

『何で!?最初から、本当の事を言ってくれれば良かったのに!僕が、まだ子供だから?子供には、嘘で良いって事だったの?』

『違うの!違うの!凛太郎!』

『違わないよ!僕は、信じてたのに!お母さんが僕に嘘を付くなんて考えもしなかったから、全てを信じてたのに!』

『凛太郎!聞いて!お願いだから!聞いて!』

『分かったよ。今度は、本当の本当の話だよね?嘘じゃないよね?』

『うん。』

『信じるからね、お母さん。じゃあ、教えて。僕の本当のお父さんは誰なの?』

『いい?凛太郎の本当のお父さんはね…。お母さんにも分からないの。』

『え…?どういう事?』

『あのね、今から話す事は、正直、凛太郎には早すぎるの。だから、凄く難しくて、凛太郎には理解が出来ないかもしれないの。もちろん、出来るだけ分かりやすく話すけど、それでも聞く?』

『難しい?そんなに何か複雑なの?』

『そうね…。とても複雑よ。』

『分かった!僕、頑張って理解する!だから、お母さん、話して!僕、本当の事が知りたいんだ!』

『凛太郎…。うん。じゃあ、話すわね。いい?何で、凛太郎のお父さんが誰だか分からないのかって言うとね、お母さんは、凛太郎のお父さんに無理矢理、レイプされたの。』

『レ、レイプ…?』

『そう。お母さんは、高校生の時、夜、道を歩いていたら、顔も名前も知らない見ず知らずの凛太郎のお父さんに、突然、襲われたの。』

『え?ほ、本当に…?』

『本当よ。もう、嘘は付かない。』

『だ、だって、それって、犯罪じゃないの?』

『そうよ。強姦っていう立派な犯罪。』

『ご、ごう、かん…。』

『そう。お父さんは、お母さんの口を塞いで、停めてあった車に押し込んで、泣き叫ぶお母さんを笑いながら無理矢理、犯したの。』

『おか、した…。』

『凛太郎は、どうやったら子供が出来るか知ってる?』

『え、うん。分かるよ。男の人と女の人がセックスすると出来るんでしょ?』

『そう。凛太郎、良く知ってたね。でも、普通はね、男の人と女の人が愛し合って出来るものなの。でも、お母さんは違うの。顔も体も全身黒尽くめのお父さんが、ある日、突然、目の前に現れて、必死で抵抗するお母さんを力ずくで押さえ込んで無理矢理セックスして来たの。ことが終わるとね、お父さんは、どこか遠くに逃げて行っちゃった。だから、お母さんは、お父さんが、どこの誰だか知らないの。』

『ヤダ…。そんなのヤダよ!』

『凛太郎…。でも、これが本当なの。その時に出来たのが凛太郎なの。これが真実なの。』

『ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!僕、そんなのヤダよ!何で!?何で、お父さんは、そんな事したの!?無理矢理なんて、おかしいよ!お母さんは、泣いてたんでしょ!?そんなの、おかしいよ!』

『凛太郎…。』

『じゃあ、僕は…。僕は、泣き叫ぶお母さんを、お父さんが、笑いながら力ずくで押さえ込んで無理矢理、出来た子なの?そんな…、そんな…。僕は、一体…。』

『凛太郎!違うわ!凛太郎には、何の罪も無いの!変な風に取らないで!』

『お母さん、僕は…。僕って何なの?誰も望んでないのに出来ちゃった子って事?じゃあ、僕が今ここにい…!』

『凛太郎!落ち着いて!ね!凛太郎!凛太郎が出来た、いきさつは、確かに許されない事かもしれないわ。でもね、レイプされてボロボロに傷付いたお母さんに、笑顔をくれたのは凛太郎がお腹の中にいる事が分かった時なの。』

『本当に…?』

『本当よ。凛太郎を妊娠してるって分かってからは、お母さんは、毎日が嬉しくてね。だから、凛太郎は、決して誰にも望まれないで生まれて来た訳じゃないの。凛太郎は、お母さんの全てなの。凛太郎がいなかったら、お母さんは死んじゃうわ。』

『お母さん…。』

『だから、凛太郎。お願いだから、自分の存在を否定しないで!凛太郎は、ちゃんと望まれて生まれて来た子。凛太郎は、お母さんの夢。いい?』

『うん、分かった。ありがとう、お母さん。本当の事を教えてくれて。でも、じゃあ結局、本当のお父さんは、誰だか分からないままなんだね…。』

『ごめんね、凛太郎。それだけは、お母さんも本当に分からないの。』

『うん、大丈夫だよ。それを知る事は、お母さんにも、結構な衝撃だもんね。だから、いいよ、今は。だから、お母さん、そんな顔しないでよ。』

『凛太郎…。ありがとうね。凛太郎が、笑ってくれて、お母さんは、凄く助かる。やっぱり、凛太郎は、お母さんの安らぎね。』

お母さんは、僕を強く抱きしめた。正直、僕も安心した。お母さんの前では、理解した風に装ったけど、内心は、ドキドキが止まらなかったから。僕にとっても、お母さんの温もりは、安心感そのもの。
僕は、お母さんが無理矢理、犯された時に出来た子。そんな事実を知ってしまった以上、今までみたいに何の違和感もなく、ただ来る毎日を過ごすのは、もう無理だろうな。そう感じて怖くなった僕を強く抱きしめてくれるお母さんには、やっぱり安心感しかなくて…。
この先、僕は、いつか本当のお父さんに会う時が来るのか。何より、本当のお父さんは、何を思って今を、どう生きているのか。僕は、抱えるものが多くなった。もし、本当のお父さんに会ったら、今のお父さんは、どう思うのか。
周りの友達も、実は、みんなこんなにも色々と抱えて生きているのかな。僕が何も知らないだけで、みんな、誰も知らないそれぞれの事情を抱えながら生きているのかな。普段は、それを誰にも気付かれないように隠しながら、笑いながら…。だとしたら、僕は、どれだけ、のほほんと生きて来たんだろう。本当の事を何も知らずに、どれだけ幸せだと思って生きて来たんだろう。まだ五歳だから?そんなの気にしなくていいの?子供だから、何も考えずに笑ってればいいの?そんなのヤダし、もう無理だよ…。本当の事を打ち明けてくれたお母さんの為にも、僕は、これからの毎日を、人とは違う事情を抱えて生きて行かなくちゃいけない。幸せだと勘違いしていた、昨日までを嘘だと知らしめる為にも…。

『お母さん、僕、本当のお父さんの事が知りたい。』

『凛太郎…。』

『お母さん、僕、探すね。本当のお父さんを。』

『凛太郎…。そんな事したら…。』

それが僕に突き付けられた問題だから。僕が、自分で答えを見つけ出すんだ。それが、どんな結果でもいい。どんな未来を呼ぶ事になってもいい。僕は、最後まで真実を知りたいんだ。

僕は、直ぐに行動に移した。単純に、思ったんだ。お母さんが唯一の親友だって言っている、みなみおばちゃんなら、何か知ってるんじゃないかって…。

『凛ちゃん…。』

『ね?何か知らない?』

『そっか…。歩実、ついに、凛ちゃんに話したのね。でも、まさか、凛ちゃんが一人で、本当のお父さんの事を聞きに来るとは思わなかったな。』

『だって、これは僕の問題だから。僕が、答えを見つけるんだ。』

『分かった…。正直に言うとね。私は、凛ちゃんの本当のお父さんの事、知ってるわ。』

『本当!?』

『本当よ。でも、こんな事、誰にも話さない方が、知らない方が幸せなんだって思って、歩実には、もちろん、誰にも話さないで隠してたの。』

『え?お母さんにも?』

『そうよ。でも、いつか、この日が来るとは、思ってた。だから、私も覚悟を決めて話すね。』

『おばちゃん…。』

『凛ちゃん、歩実のとこに行こう。』

『ウチに?』

『うん。凛ちゃんだけじゃなくて、歩実にも一緒に本当の事を話すね。』

『うん!分かった!行こう!ありがとう、おばちゃん!』

僕は、その数分後、衝撃の事情を知る事になる…。

それを、まだ知らない、ウチに向かうまでの道で、これから真実を知れる楽しみと、僕の右手を握ってくれた、みなみおばちゃんの左手が凄く温かくて幸せだった。
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