幸せとは、何も知らないということ。

杉本けんいちろう

文字の大きさ
13 / 19
ー第十二章ー

沢木零児 Ⅱ

しおりを挟む
『お父さん!僕は、お父さんを許さないよ!』

『ちょ、ちょっと凛太郎!』

『何で!?何でそんな事したの!?僕は、もう信じられないよ!』

『凛ちゃん…。』

凛太郎に憤慨されたのは、その日も何事も無く仕事も終え、夕飯は何だろうなんて幸せじみた妄想しながら意気揚々と帰宅した直後の事、それは、余りにも唐突だった…。

もう永遠に、このままの日々が続くんだと思い込んで過ごしていた矢先だった。恐れていた事態。何より、恐れていた事態…。

『な、何で!?何で凛太郎が、それを!?』

焦りと驚きで、直ぐに取り乱した俺を歩実は、冷静に説いた。

『零児さん、突然ごめんなさい。とりあえず、こっちへ来て座って下さい。』

俺は、促されるまま、歩実と凛太郎とみなみちゃんが待ち構えるリビングのソファーに腰を下ろした。

『ごめんね、零児さん。その時が来てしまったの…。』

『み、みなみちゃん…。ま、まさか!?』

『零児さん、みなみから全てを聞きました。』

『あ、歩実…。』

『零児さん、私は、怒っていません。むしろ、零児さんが凛太郎の本当のお父さんであると分かって嬉しく思っています。』

『歩実…。』

『でも、だったら何で?みなみにも言ったんですけど、何でもっと早く言ってくれなかったの?それが、私は、何より悲しいです。』

『それは…。』

『お父さん!先ず答えてよ!お父さんは、何でお母さんを無理矢理襲ったの!?』

『え!?り、凛太郎、そんな事まで!?』

『お父さん!僕らは、もう全部知ってるんだよ!だから、お父さんの口から全部話して!』

『零児さん、急な展開で申し訳ないけど、もう腹を括った方がいいよ。』

『みなみちゃん…。わ、分かったよ。覚悟を決めよう。』

俺は、深い深呼吸を一回した後、ゆっくりと口を開いた。

『いいか?凛太郎。お父さんは、六年前の夏、全国的なニュースにもなって世間を震撼させた連続強姦事件の犯人だ。』

『だから、何で!?何で、そんな事したの!?嫌がる人を無理矢理なんて…!』

『それはな、誰も理解出来ないよ。そんな事をする奴の心理なんか誰も理解出来ないだろ?ただ一つ言えるのは、俺は、正気ではなかったって事だけだ。もう夢中だったんだ。強姦魔としての自分に酔いしれてたんだ。』

『そんなのって…!』

『ねぇ、零児さん。その時の事も全て話してくれませんか?連続って事は、被害者は、私だけじゃないって事でしょう?』

『分かった…。』

俺は、おもむろに、やめていた筈のタバコに火を付けた。さすがに、平常心では、いられなかった。

『いいか…?一人目は、女子大生。二人目は、三十代の主婦。三人目が、歩実。以上だ。』

『違うでしょ?もう一人いるでしょ?』

『え!?あ、ああ…。未遂に終わったけど、四人目は、み、みなみちゃん…。』

『零児さん、私は、その話を、みなみ本人から聞いて、何よりも驚いた。何でよ!?何で、みなみまで!?みなみもみなみよ!幾ら未遂に終わったからって何で、ずっと黙ってたのよ!?私は、それが一番、辛いわ!』

『歩実、ごめんね。それは、私が零児さんにお願いしたの。こんな事、知ったところで誰の得にもならないからって。私は、未遂で終わったから、そこまでの被害は無かったし、そのおかげで私は、零児さんが犯人である事が分かったんだから。』

『でも…!』

『いいの!歩実!私の事は、もう、いいの!それよりも、大事なのは、今の凛ちゃんの心よ。』

『凛太郎…。』

『お母さん、僕、一生懸命に理解しようとしてるけど、やっぱり無理だよ。お父さんの気持ちなんか理解出来ないよ。』

『凛ちゃん。でもね、その当時の零児さんの気持ちと今の零児さんの気持ちは、全くの別物なの。その当時の零児さんの気持ちなんて、私だって、歩実だって理解出来ないわ。』

『そうなの?』

『今の零児さんは、凛ちゃんも知ってる優しいお父さんそのものでしかないわ。だから、もう責めないであげて。』

『みなみ…。』

『凛太郎、ごめんな。謝っても謝り切れない。俺がした事は、凶悪な大犯罪だ。歩実やみなみちゃんはもちろん、沢山の人を傷付けた。そして、年月を経て全てを秘密のまま、父親として、また目の前に現れた。卑怯だよな。凛太郎からしたら俺のやってる事は卑怯者の何者でしかないよな。これが実の父親なんて悔して仕方ないよな。ごめんな、凛太郎…。』

『お父さん…。正直、僕は、何て言っていいか分からないよ。お父さんが、僕の本当のお父さんであった事は、何も知らないままだったら嬉しいだけだけど、お父さんは、沢山の人を傷付けた大犯罪を犯した犯人なんでしょ?僕は、その血が通う息子なんでしょ?』

『凛太郎!』

『僕は…。僕には、お父さんと同じ血が流れてるんでしょ?だから、僕も、いずれ同じこ…!』

『凛太郎!そんな訳ないだろう!凛太郎は、俺とは違う!確かに、凛太郎には、俺の血が流れてる。でも、凛太郎には、歩実の血も流れてるんだ。だから、大丈夫。歩実の血が流れてる奴に、そんな、どうしようもない犯罪なんか起こさない!いいか!?何度でも言うぞ!?凛太郎は、俺とは違う!だから、何も心配しなくていいんだ!』

『そうよ!凛ちゃん!凛ちゃんは、大丈夫よ!』

『ウゥッ…。ウゥッ…。ウワーン…!』

『凛太郎、おいで。』

『ウゥッ…。ウゥッ…。』

号泣する凛太郎を優しく包み込む歩実を見て、改めて母親の偉大さを感じた。そして、俺のした事の重大性を改めて痛感した。

凛太郎は、心労が激しかったんだろう。そのまま眠ってしまった。その寝顔を見て俺は、一つの決心を下した。

『歩実。みなみちゃん。』

『零児さん、どうしたの?そんな怖い顔して。』

『俺、自首するよ。』

『ええ!?』

その次の日、俺は、先ず会社に行き、同僚の大きなどよめきの中、退職願いを出し、その帰り、警察に自首した。

『歩実、ごめんな…。被害者は、歩実だけじゃないんだ。俺は、罪を償うよ。』

『零児さん、私、待ってるから!凛太郎と二人で、いつまでも待ってるから!』

涙を滲ませながら振り絞った歩実の声が、いつまでも胸に響く中、俺の両手に、手錠がかけられた…。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

処理中です...