14 / 19
ー第十三章ー
星野流果 Ⅱ
しおりを挟む
私が、その知らせを聞いたのは、歩実ちゃん本人の口からだった。
『流果さん、お騒がせして本当に、すみません!』
ある日、突然、お隣りの歩実ちゃんのお宅に沢山の警察の方が押し寄せて来た。それは、直ぐにマンション中の噂となって広まり、まだ騒めきが収まらないその夜に、歩実ちゃんがウチに訪ねて来た。
『一体、どうしたの?何かあったの?』
『すみません…。実は、夫が逮捕されました。』
『ええ!?零児さんが!?どうして!?』
『実は、零児さん、六年前の連続強姦事件の犯人だったんです。』
『え…?』
私は、正直、もう忘れかけていました。この数年、毎日に充実して、歩実ちゃん一家の楽しげな雰囲気を見る度に、あの忌まわしい事件の事なんて、まるで何も無かったかと思わせるくらい記憶が褪せていました。もう、このまま、今の幸せな時間のまま、時は流れて行くのだと思っていました。それが、思いもしなかった、まさかの展開…。
歩実ちゃんからの、まさかの知らせから時待たずして、メディアは、このニュースを取り上げた。六年前の世田谷連続強姦魔の逮捕は、再び、世間と私に、あの日の記憶に火をつけ、呼び起こした。
そして、何より恐れていた事態…。そう時間もかからずに、二人目の被害者である私のもとに警察の方が訪ねて来た。それと、同時に新聞記者や週刊誌の記者の方までが、憐れな被害者を取り上げようとばかりに何度も取材しに訪ねて来た。それは、つまり、何も知らなかったはずの歩実ちゃんに、実は、私が被害者の一人だという事を知らしめる事を意味していた。
『流果さん、あの…、私、何て言ったらいいか…。あの、本当に、すみませんでした!すみませんでした!』
『やだ、やめて!歩実ちゃん!やめてちょうだい!ね!もう、頭を上げて!お願いだから!謝らないで!歩実ちゃんが悪い訳じゃないんだから!ね!』
『で、でも、私…。まさか、流果さんが被害者の一人だったなんて…。私、もう、どうしたらいいか…。本当に、すみませんでした!』
『歩実ちゃん!だから!もう、やめて!歩実ちゃんが、謝る事じゃないわ!』
『流果さん…。』
『歩実ちゃんは、何も知らなかったんだもん。仕方ないじゃない。だから、歩実ちゃんは、何も悪くない。分かった?』
『あの…、流果さん、一つ聞いてもいいですか?』
『いいわよ?』
『流果さんは、零児さんが犯人だって、分かってたんですか?』
『え?』
『そうなんですか!?知っていたんですか!?』
『それは…。』
『流果さん!!』
こんな時に、嘘を付けない馬鹿正直な性格が災いしてしまうなんて…。これだけは、黙ってなきゃいけない事だったのに…。私が、零児さんが犯人であると知っていた事をあっさり見透かされてしまった。
『流果さん、じゃあ、私達一家が隣りに越して来てから、ずっと、苦しい思いをしてたって事ですよね。零児さんと顔を合わせるたびに、忌まわしい記憶を呼び起こされて苦しんでいたんですよね。』
『歩実ちゃん…。』
『すみませんでした!本当に、すみませんでした!忘れたい記憶を何度も、何度も呼び覚ましてしまって…!私、もう、何度でも謝ります!すみません!すみませんでした!』
『歩実ちゃん!だから、やめてって!それは、何も言わなかった私も悪いんだから!』
『そんな!言える訳ないじゃないですか!そんな事!私だって、黙ってますよ!流果さんは、何も悪くありません!本当に、すみませんでした!』
『歩実ちゃん…。』
私は、完全に終わったと思った。これまでの平穏な幸せな日々の終わりを告げられたと…。歩実ちゃんの、本当に私を頼って訪ねて来てくれたあの時間、毎日の様に会えた凛ちゃんの屈託のない笑顔。楽しかった日々が、まるで夢でも見ていたかの様に、大きな音を立てて崩れていった。
それから一カ月後、歩実ちゃん一家は、逃げる様に引っ越して行った。
『流果さん、本当に今まで、お世話になりました。』
『歩実ちゃん…。』
『私は、零児さんが出て来るまで、ずっと待ってようと思っています。理解されないと思いますが私は、零児さんとこれからも一緒に頑張ってやって行こうと思っています。なので、流果さんに零児さんの影を感じさせてしまう訳にはいかないので私達は、出て行こうと思います。流果さんには、本当に沢山お世話になって、感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。』
『流果おばちゃん、バイバイ!』
『凛ちゃん…。』
凛ちゃんは、またね!とは、言わなかった。いつもなら、またね!って言ってくれたのに、凛ちゃんも、これが最後の別れなんだと理解していたんだと思うと涙が溢れて止まらなくなっていた…。
あの日の忌まわしい事件。あの事は、私だけの永遠の秘密。そうすれば決して揺らぐ事のない幸せな時間のはずだった。でも、そんなの、永遠なんて無理だったのよね。あの事が知れ渡ってしまって、瞬く間に環境が変わってしまった。もう忘れてしまいたいのにマンションの住人には、憐れんだ目で見られ、それこそ辛かった。私は、別に同情なんてされたくないの。そんな安物いらないの。私が、失くしたくなかった物は、あの楽しかった、何も知らなかった幸せな時間だけ。
『流果、大丈夫か?』
『あなた…。私、もう…。』
『流果、暫くの辛抱だよ。また、きっと来るさ、幸せは…。一緒に待とう。』
『あなた…。ありがとうございます…。』
歩実ちゃんが、このマンションを引っ越して行った日の言葉。その言葉の実現だけを願って私は、また次の幸せを待とうと思います。
『流果さん、お騒がせして本当に、すみません!』
ある日、突然、お隣りの歩実ちゃんのお宅に沢山の警察の方が押し寄せて来た。それは、直ぐにマンション中の噂となって広まり、まだ騒めきが収まらないその夜に、歩実ちゃんがウチに訪ねて来た。
『一体、どうしたの?何かあったの?』
『すみません…。実は、夫が逮捕されました。』
『ええ!?零児さんが!?どうして!?』
『実は、零児さん、六年前の連続強姦事件の犯人だったんです。』
『え…?』
私は、正直、もう忘れかけていました。この数年、毎日に充実して、歩実ちゃん一家の楽しげな雰囲気を見る度に、あの忌まわしい事件の事なんて、まるで何も無かったかと思わせるくらい記憶が褪せていました。もう、このまま、今の幸せな時間のまま、時は流れて行くのだと思っていました。それが、思いもしなかった、まさかの展開…。
歩実ちゃんからの、まさかの知らせから時待たずして、メディアは、このニュースを取り上げた。六年前の世田谷連続強姦魔の逮捕は、再び、世間と私に、あの日の記憶に火をつけ、呼び起こした。
そして、何より恐れていた事態…。そう時間もかからずに、二人目の被害者である私のもとに警察の方が訪ねて来た。それと、同時に新聞記者や週刊誌の記者の方までが、憐れな被害者を取り上げようとばかりに何度も取材しに訪ねて来た。それは、つまり、何も知らなかったはずの歩実ちゃんに、実は、私が被害者の一人だという事を知らしめる事を意味していた。
『流果さん、あの…、私、何て言ったらいいか…。あの、本当に、すみませんでした!すみませんでした!』
『やだ、やめて!歩実ちゃん!やめてちょうだい!ね!もう、頭を上げて!お願いだから!謝らないで!歩実ちゃんが悪い訳じゃないんだから!ね!』
『で、でも、私…。まさか、流果さんが被害者の一人だったなんて…。私、もう、どうしたらいいか…。本当に、すみませんでした!』
『歩実ちゃん!だから!もう、やめて!歩実ちゃんが、謝る事じゃないわ!』
『流果さん…。』
『歩実ちゃんは、何も知らなかったんだもん。仕方ないじゃない。だから、歩実ちゃんは、何も悪くない。分かった?』
『あの…、流果さん、一つ聞いてもいいですか?』
『いいわよ?』
『流果さんは、零児さんが犯人だって、分かってたんですか?』
『え?』
『そうなんですか!?知っていたんですか!?』
『それは…。』
『流果さん!!』
こんな時に、嘘を付けない馬鹿正直な性格が災いしてしまうなんて…。これだけは、黙ってなきゃいけない事だったのに…。私が、零児さんが犯人であると知っていた事をあっさり見透かされてしまった。
『流果さん、じゃあ、私達一家が隣りに越して来てから、ずっと、苦しい思いをしてたって事ですよね。零児さんと顔を合わせるたびに、忌まわしい記憶を呼び起こされて苦しんでいたんですよね。』
『歩実ちゃん…。』
『すみませんでした!本当に、すみませんでした!忘れたい記憶を何度も、何度も呼び覚ましてしまって…!私、もう、何度でも謝ります!すみません!すみませんでした!』
『歩実ちゃん!だから、やめてって!それは、何も言わなかった私も悪いんだから!』
『そんな!言える訳ないじゃないですか!そんな事!私だって、黙ってますよ!流果さんは、何も悪くありません!本当に、すみませんでした!』
『歩実ちゃん…。』
私は、完全に終わったと思った。これまでの平穏な幸せな日々の終わりを告げられたと…。歩実ちゃんの、本当に私を頼って訪ねて来てくれたあの時間、毎日の様に会えた凛ちゃんの屈託のない笑顔。楽しかった日々が、まるで夢でも見ていたかの様に、大きな音を立てて崩れていった。
それから一カ月後、歩実ちゃん一家は、逃げる様に引っ越して行った。
『流果さん、本当に今まで、お世話になりました。』
『歩実ちゃん…。』
『私は、零児さんが出て来るまで、ずっと待ってようと思っています。理解されないと思いますが私は、零児さんとこれからも一緒に頑張ってやって行こうと思っています。なので、流果さんに零児さんの影を感じさせてしまう訳にはいかないので私達は、出て行こうと思います。流果さんには、本当に沢山お世話になって、感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。』
『流果おばちゃん、バイバイ!』
『凛ちゃん…。』
凛ちゃんは、またね!とは、言わなかった。いつもなら、またね!って言ってくれたのに、凛ちゃんも、これが最後の別れなんだと理解していたんだと思うと涙が溢れて止まらなくなっていた…。
あの日の忌まわしい事件。あの事は、私だけの永遠の秘密。そうすれば決して揺らぐ事のない幸せな時間のはずだった。でも、そんなの、永遠なんて無理だったのよね。あの事が知れ渡ってしまって、瞬く間に環境が変わってしまった。もう忘れてしまいたいのにマンションの住人には、憐れんだ目で見られ、それこそ辛かった。私は、別に同情なんてされたくないの。そんな安物いらないの。私が、失くしたくなかった物は、あの楽しかった、何も知らなかった幸せな時間だけ。
『流果、大丈夫か?』
『あなた…。私、もう…。』
『流果、暫くの辛抱だよ。また、きっと来るさ、幸せは…。一緒に待とう。』
『あなた…。ありがとうございます…。』
歩実ちゃんが、このマンションを引っ越して行った日の言葉。その言葉の実現だけを願って私は、また次の幸せを待とうと思います。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる