心の扉が閉まる音

杉本けんいちろう

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心の扉が閉まる音

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『ねぇ香織ってさ、何で彼氏作らないの?』

『何でって言われてもねぇ…。』

『だって、そのルックスに人見知りもしない明るい性格だよ。モテない訳がないのに。』

『里佳子…。ありがとね。でも私、里佳子が思ってるほどモテないよ。』

『ウソだぁ!?』

『うーうん、ウソじゃないよ。それに、そもそも私、今、彼氏なんて要らないし。』

『何でよ?もう二十六になるのよ?二十代も後半なのよ?寂しくないの?』

『うーん、そうね。寂しくない訳じゃないけど、私、ぶっちゃけ今まで人を好きになった事がないのよね。』

『え!?じょ、冗談でしょ!?』

私は、転勤族だった父親のせいで小さい頃から転校を繰り返して来た。酷い時は、一年も経たない内に別の所へ。
東京の大学へ入って、一人暮らしをする事になって初めて四年も同じ場所で過ごした。でも、その頃には人間という生き物に対して全くと言って良いほど心を開く事が無くなっていた。
だって、こうも長い事、初対面と短い付き合いを繰り返してきたら心を開くタイミングを忘れてしまうもの。
良く言えば、人見知りする事なく、その場の空気が読める世渡り上手。でも悪く言えば、人間慣れし過ぎて、ときめく事を忘れた冷血人間。

ときめくってさ、あったかいのかなぁ…。
明確に自覚してる冷血が、沸き上がる事ってあるのかなぁ…。

社会人になっても、私の体は、心は、沸き上がる事なく、扉を開く事なく、無感情の愛想を振り撒き、人間関係の平穏を維持している。
私は、ホントにこのまま独りを誇りに歳老いて行くのかしら…。そんな未来しか描けない。

『ねぇ香織。今週末にさ合コンやるんだけど来ない?』

『合コンねぇ…。』

『良いじゃん!来てよ!相手は、お医者さんだよ!』

『医者ねぇ…。』

『もう!そんな冷めたリアクションしないでよ!医者よ!?こんなチャンス無いんだから!ね?良いきっかけになるかもよ?』

『うーん…。』

『はい!もう考える余地なし!行く!決定!ね?香織の初恋が待ってるかもよ!』

『里佳子…。』

実は、合コン自体は、学生の頃から何度か経験している。でも、当たり前の様にときめいた時は無かった。名門大学のお坊ちゃんだろうが、有名企業のエリートだろうが私の心を鳴らしてくれる人は誰一人として現れなかった。
今回も同じ結果になる事は目に見えている。医者ねぇ…。どんなに凄い腕を持ってても所詮、人間だからね…。初恋?笑っちゃうよ。里佳子には、悪いけど期待のきの字も無く、行かせてもらうね。

『…どう?香織?気になる人いた?』

『うーん…。』

『いないの?何でかなぁ、あの片桐さんなんて良くない?カッコいいし、何てったって、あの若さで次期院長だよ!それに絶対、片桐さん、香織のこと気に入ってるもん!』

『そうかなぁ…。』

『絶対そうだよ!よし!今日はこのまま、お持ち帰られよう!決定!』

『ちょ、ちょっと里佳子!勝手に決めないでよ!』

『いいじゃない!香織、そうでもしなきゃ何にもしないでしょ?それに、抱かれてみたら男の見方も変わるかもよ?』

『里佳子…。』

確かに私は、人を好きになった事はないけど、別に処女じゃないよ。セックス自体も嫌いじゃない。でも、快楽のその果てにもときめく瞬間は皆無だった。体は許しても心の鍵は固く締められたままビクともしないの。それが私という人間…。

そんな私を好きだって近寄って来る人がいるんだよ。一体、何を以って?何にも私の心の内を見えてない人に好意を持たれてもね。それこそ、何を以ってあなたを信用すれば良いの?いい加減な事ばっか言わないで…。

『香織ちゃん、知ってる?人は温もりが無いと生きていけないんだよ。』

『え?』

『昔ね、こんな実験をした人がいるんだ。生まれたばかりの赤ちゃんを、一切の人肌に触れさせずに哺乳瓶のみで栄養を与え続けたグループと、ちゃんと人肌に触れさせて人の温もりの中で母乳を与え続けたグループとに分けたらどうなるかっていう実験なんだけど。ああ、もちろん大昔の話ね。どうなったと思う?』

『えー、どうなったんですか?』

『簡単だよ。人の温もりを与えなかった赤ちゃんのグループは全員、早々に死んだんだ。』

『えー…。』

『香織ちゃん。実はさっき、みんなと別れて二人でこのバーに来る前に、里佳子ちゃんから頼まれたんだ。』

『里佳子から?』

『ああ。香織は、今まで人を好きになった事がない冷血人間なんです。だから、お願いします。香織に人肌の温かさを教えてあげて下さいって。』

『里佳子…。』

『香織ちゃん!』

『はい。』

『俺は、折角のその優しい声を無駄にはしたくない。俺たち、まだ今日出会ったばかりだけど、香織ちゃんのその閉ざされた心の鍵を俺に開けさせてくれないか?』

『片桐さん…。』

『俺の心は、がっつり香織ちゃんに開けられちゃってるからさ。』

ーーー。

『そんな事、言われたの?』

『うん。』

『良かったじゃないよ。そんな事、言ってくれる人なんかいないよ?これはチャンスだよ香織!これを機にさ、香織も人を好きになるように努力しよ?ね?』

『里佳子…。ねぇ里佳子は、何で私にそこまでしてくれるの?』

『何でって、そんなの簡単じゃない。私は、香織が好きだからよ!それ以外にある?』

人を好きになるって、こういう事なの?その人の為にそこまで無償で捧げる事が出来る。それって素晴らしい事?なんだよね。私にもホントにこんな感情が芽生えるのかな…。

『なぁ、片桐。お前、本気なのか?あの香織って子。』

『吉田…。あぁ、本気だよ。』

『だって、お前、別にちゃんと彼女いるだろう?』

『いるよ。だから?』

『はっ!お前、ホント悪い奴だな!』

『お褒めの言葉ありがとう。でも、俺は言われた通りやってるだけだから。』

『は?どういう事だ?』

『ま、いずれ分かるさ。』

里佳子は、それからも暇さえあれば私と片桐さんをどうにかしようと色々とセッティングしてくれる。それだけ、親友に推されれば、いくら好きになる事はないにしても、片桐さんを意識しない訳にはいかないよ。
片桐さんは、いつだって優しいし、難しい医療の話をしてる時は、この人ホンモノだって将来に光りしか感じない。それに誠実で、決して無理にホテルに連れ込んだりはしない。
ただもう、あの合コンから三ヶ月たつ…。私の心を開きたいって感じは、熱すぎる程に感じるけど、結局、どうしたいのか良く分からなくなるの。

今日も、二人で夜に会う事になっている。正直、ヤりたければ、そんなのは別に良いんだけどな…。私は、煮え切らない状況を打開しようと、思い切って聞いてみた。
ところが、待っていたのは予想だにしない展開だった。

『あの、片桐さん。』

『ん、どうしたの?香織ちゃん。』

『私達、こうして二人で会うようになって、もう結構たつと思うんですけど…。』

『けど…?』

『どうして何もして来ないんですか?』

『え?』

『私は、別に良いですよ。…この後、ホテルでも行きます?』

『い、いや、まさか香織ちゃんから、そんな誘いが来るとは思ってもなかったよ。何か、ごめんね。女の子にそんな事、言わせちゃって…。』

『別に良いですよ、そんなの。…で、どうします?』

『あ、ああ実は、俺も今日は、決めるつもりでいたんだ。』

『え?』

『ホテルじゃなくて、ウチに来ないか?』

『は、はい…。』

私達は食事を済ませると、そそくさとレストランを出てタクシーを停めた。都会の喧騒が眩しく見えた。そんなにまで私は、心を踊らせていたのかもしれない。
もう、どれくらいだろう。久しぶりの男の部屋…。初めてなのは、驚くほどの高級マンションだった事。エントランスから、彼の部屋に着くまで、凄く長く感じたな…。

『さ、着いたよ。』

(ガチャ。)

『どうぞ。ちょっと散らかってるけど、ごめんね。』

散らかってる?そんな事、どうでも良くなった。広いリビングに、大きな窓。そこから望む都会の夜景。こんな部屋に住める男が、私の事を気にかけてくれる。

さすがに、心が緩む…。

『とりあえず、飲み直そうか。』

『あ、はい。』

『あ、そうそう!林檎食べる?美味しいの頂いたんだよ!今、用意するから!さ、立ってないで座ってよ。』

ふかふかの真っ白な大きなソファ。

『あ、なんだったら、何かDVDでも観る?』

一体、何インチだろう。大きなテレビ。

『俺、映画好きだから結構、色んなのあるよ。香織ちゃん何観たい?』

『片桐さん。』

『ん?』

『もう、ベッド行きませんか。』

『え!?』

『いや?』

『香織ちゃん…!』

片桐さんは、私を抱きしめた。強く、強く…。こんなに強く抱きしめられたのは、紛れもなく初めてだった。私達は、そのまま流れる様にベッドルームへ。ドアを開けるとそこには、また大きなベッ…。

『はい!そこまで!』

『え!?』

真っ先に目に飛び込んで来たのは、大きなベッドではなく、まさかの薄っすら笑みを浮かべた里佳子の姿だった。

『ちょ、ちょっと何で!?何で里佳子がここにいるのよ!どういう事!?ねぇ!片桐さん!どういう事!?』

『ごめんね!香織ちゃん!』

『え!?』

『香織!どう?楽しかった?』

『里佳子!一体、何なのよ!』

『片桐さんて素敵でしょ?好きになったでしょ?でも残念!香織、片桐さんには、彼女がいるの。それは、私。』

『は!?』

『私達は、もう婚約もしてるの。』

『もう、意味わかんないよ!どういう事?ちゃんと説明して!』

『香織。私ね、香織が嫌いなの。』

『え?』

『香織は、可愛くて、愛想も良いから会社でも凄くモテる。私は、そんな香織が羨ましかった。』

『里佳子…。』

『でも香織の本性は、人間嫌いの冷血女。ふざけないでよ!何が人を好きにならないよ!だったら誰にも頼らないで一人ぼっちで生きられるもんなら生きてみなさいよ!私は、そういう、ふざけた奴が大っ嫌いなの!』

『里佳子!もう、良いだろ?もう、十分じゃないか。』

『片桐さん…。』

『香織ちゃん、後は、俺から話そう。俺と里佳子は、実は、幼なじみでお互いが初恋の相手だったんだ。』

『え?』

『ただ、里佳子との交際は俺の両親から反対されていた。次期院長が約束されていた現院長の一人息子には、親からの勧めで決められた婚約者がいたんだ。それが、香織ちゃんと良く似た外面が良い、心を開かない子だったんだ。おそらく、俺の事も何とも想ってない。かと言って資産目当てでもない。その子も十分過ぎる程の金持ちの社長令嬢だからね。そんな彼女の存在が、一般家庭の里佳子には、どうしようもなかった。』

『里佳子…。でも、それが何で私をこんな目に合わせる事に繋がるのよ!』

『俺は、里佳子が好きだから、両親に里佳子との事を認めてもらおうと何度も直訴したんだ。里佳子と一緒にね。でも、体裁ばかり気にするウチの親は、頑なに認めてはくれなかった。そこへ調度、彼女が現れて、こう言ったんだ。
「私は別に、この婚約、解消しても良いですよ。って言うか、お父様が何を企んでるのか知りませんが、私は、あなた方一族に何の興味もありませんから。里佳子さんでしたっけ?私は、あなたが羨ましいわ。そうまでして彼と一緒になりたいなんて、私には、まるで理解出来ないもの。バカバカしい。」』

『バカバカしい?』

『そう。そう言ったんだ。二十年以上、俺への想いを貫いてきた里佳子にしたら、それは許せなかっただろうよ。』

『里佳子…。』

『そこへ現れた全く同じタイプの香織ちゃん。本当は、香織ちゃんには、どうにか変わって欲しかったんだと思うよ。知って欲しかったんだと思うよ。人を好きになる事がどういう事か…。』

『里佳子…。』

私は、そのまま片桐さんの足元に泣き崩れる里佳子の姿を見て、何も言わずに、部屋を後にした。里佳子の思いを知った私は、それまでの己を省みる。確かに、片桐さんに抱きしめられた時のドキドキは、本物だった。

これからは、それを信じて生きてみようと思う。
そう誓った…。

翌日ー。

いつものように会社で里佳子と会う。いつもは逆だけど、今日は、私から里佳子を気遣って声をかけた。

『おはよう!里佳子!』

明るく元気に、何もなかったかのように。でも、返って来たのは思いもよらない声色だった。

『は?ねぇ、香織、あんたバカじゃないの?あんな事されといて、なにスッキリしたみたいな顔で声かけてんのよ。』

『里佳子…?』

『言ったでしょ?私は、あんたが嫌いなの!片桐さん羨ましいでしょ?片桐さんは、あんな風に上手く言ってたけど私は、ただ片桐さんを、下らないあんたに自慢したかっただけ!』

『里佳子…。』

『あ、そうそう!私、来年には片桐さんと結婚するから!あははは!これで片桐総合病院は私の物だわ!』

『え?』

『香織!人間てどいつもこいつも下らないバカばっかね!片桐さん、昨日あの後、私の事、もう絶対離さないから!だって!あははは!あははは!全部が全部、狙い通りに、シナリオ通りに行くなんて、人生ってホント下らないわ!』

『里佳子…。』

私には、ハッキリと開きかけた心の扉の閉まる音が聞こえた。やっぱり、やっぱり所詮、これが人間なのよね…。

もう、いい…。

そして、何もそそらなくなった。

                                       ー完ー
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