花休み

紅花

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汚染

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「なぜこの世界にやってきたのか分からない。でも、この世界から脱出したい」
 少女がそう言いながらくすくすと笑う。
「矛盾、してると思います?」
 彼女は僕に尋ねてくるが、僕には分からない。
「分からない。矛盾しているのかも、本当にこの世界から出ていきたいのかも」
 この世界、花だらけで甘い匂いのする暗闇の世界。
 この世界は居心地がよかった。
 疲れることもない、考えることもしなくていい。
 ただ、ただ、何も考えずに歩めば良いと思えてくる。
「あら、これは……ちょっと失礼」
 少女は真剣な顔で僕の顔を見て、目の前に回り込んだ。
「さて、質問です。あなたには大切な人がいますか?」
「大切な人……いる、けど、あれ?何で?顔が、思い出せない……」
「深刻ですね、汚染されてる」
 少女は僕の肩に手を置いて、僕の眼をじっと見つめた。
「私の眼を見て?私が見える?あなたにはどう見える?」
「どうって、人に……っ!」
 ぼんやりしていた思考が急に明るく、はっきりとなる。
「無事、思い出せたみたいですね。大丈夫ですか?大切な人のことは思い出せますか?」
「ああ、しっかりと顔も、声も、何が好きかも、全部全部思い出せる」
「それは重畳です。しっかりと自分を持っていないとさっきみたいに溺れますからね。気を付けて?」
 少女は僕の肩から手を放し、にっこりと笑った。
 でも、どうやって少女はあの、曖昧になっていた思考の中から僕という存在を見つけ、引っ張り上げたのだろう?
 少女にだって、あの時の状態の時に、深くまで落ちてしまっていたか存在しなかった僕という欠片を見つけるのは難しかった、いや、困難だったはずだ。
「どうしてって顔、してますね?」
 少女は僕が考えていたことをすんなりと当ててしまった。
「簡単ですよ。深淵を覗く者はまた、深淵に覗かれている。誰でも知っている言葉でしょう?その言葉通りなのです」
 深淵を覗く者。
 僕は先程、彼女の眼を見た。
 一度も僕に覗かせなかった、僕の眼を覗くことをしなかった彼女が……一度も?
 本当に、僕は彼女の眼を一度も覗かなかったのか?
 いつから僕は、おかしくなった?
 彼女はいつから、いつ僕の眼を見た?
 僕から彼女を見ることはあったけど、眼を合わせて話さなかった。
 彼女の眼はいつも僕を見ていなかった。
 見ていたけど、僕の眼を真っすぐ見たことはない。
 眼ではないところを見ていたはずだ。
 そんな少女が真っすぐ僕の眼を見た時は……あの時だ。
 一番初め。
 僕の眼に花が映った時。
 あの時、僕は彼女の眼を、黒い、紫色の瞳をはっきりと見た。
 そして、この世界へと入り込んでしまった。
「君の眼を見たから、僕はこの世界に来た?」
 今日行った特別なことは少女の眼を見ただけだ。
「あら、では、私の眼を見たら元の世界に帰れるという事ですか?でも、帰れて……あ」
「あ?」
 少女は何かに気が付いたのか、言葉を紡ぐことを途中でやめた。
 そして、少し早口で自身の考えを告げた。

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