恋せよ乙女!

高尾 閑

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アルル:政略結婚

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『旦那様に恋をする?』
貴族×貴族/政略結婚/仮面夫婦/病弱/恋愛初心者
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「アタクシ、ディルと本気で愛し合ってますの」

前触れもなくやって来た女性に、夫との関係を告げられたのは、結婚して1ヶ月が経とうとした時でした。


私が、ディルバーノ・セトリナス様の妻になったのは、よくある政略結婚でした。
私の生まれは男爵家ですが、ギリギリ貴族をやっているような、貧しい家でした。
ですが、数年前から希少種の栽培に成功し、領地が潤い始めたのです。
そうしてようやく色々なことに手が回るようになり、領民の生活もより良くなってきたのですが、良いことばかりではありませんでした。
領地が豊かになったことで、人が多く流れ着き、犯罪や事件の増加、品物の不足に警備隊の人手不足。
また、希少種の栽培方法を盗もうとする者まで現れ、もともと荒事とは無縁のお父様は、ホトホト困り果ててしまいました。
そんなときに手を差し伸べてくださったのが、ディルバーノ様のお父様である、セトリナス伯爵様でした。
セトリナス伯爵様は、私のお爺様と縁があったようで、結婚を条件に、領地が落ち着くまでサポートをしてくださると、お約束してくれたのです。
私はもともと体が弱く、お父様も私の結婚は諦めていたので、喜んでその条件に飛び付いたそうです。
私自身も、お父様と領民のお力になれるのならと、喜んで承諾いたしました。
こうして、私とディルバーノ様の結婚が、決まったのです。

ですが、ディルバーノ様は初めてお会いした時から、この結婚に納得していないご様子でした。
初めてお会いしたのは、結婚式の当日でした。
緊張で挨拶もまともにできなかった私を、冷たい眼差しで見下ろしたディルバーノ様は、その後2人で暮らすお屋敷に到着するまで、1度も私を見てはくれませんでした。
そして、お部屋で2人っきりになって初めてかけてくださった言葉が、「貴女と本当の意味で夫婦になるつもりはありません。好きなようにしてくれて構わないが、俺に干渉するのはやめてください」でした。
初夜となるはずのその日、ディルバーノ様が寝室に現れることはありませんでした。
つまりはそういう事なのでしょう。

こうして、私とディルバーノ様は夫婦になりました。
ですが、いくら愛のない夫婦でも、同じお屋敷に住んでいるわけですから、関わらないわけにはいきません。
ディルバーノ様とどのように接すればいいのか、私にはさっぱりわかりませんでした。
しかしそんな心配をよそに、ディルバーノ様とはあの日以来1度もお会いしませんでした。
なぜなら、結婚式の次の日、見事に体調を崩した私は10日ほど前まで寝込んでおり、最近になってようやくベッドから出られるようになったからです。
ですから、あの日から今日まで、ディルバーノ様にお会いすることがなかったのです。

ですから、突然の訪問者の知らせには、本当に驚きました。
ひとまず体調が落ち着いていたことに安心し、セトリナス家に名を連ねる者として恥のないように、万全の準備をしてお客人をお迎えいたしました。
ですが……。

「アタクシ、ディルと本気で愛し合ってますの」

私が口を開くよりも早く、開口一番に告げられたその言葉に、私は恥ずかしながら固まってしまいました。
その女性は、端正なお顔に意思の強そうな眼差しで、女性らしい体つきを強調するようなハデなドレスに身を包んだ、美しい方です。
そんな女性と、夫であるディルバーノ様が並んでいるお姿を思い浮かべかけて、はたと気づいてしまったのです。
ディルバーノ様のお顔を覚えていないことに。
お顔だけではありません。
そのお姿さえおぼろ気で、モヤモヤとした輪郭が辛うじて思い出せたくらいです。
なんという事でしょう。
これは妻として、由々しき事態です。
いくら1月前の結婚式の日にほんの僅かしかお姿を拝見してないからといって、夫の容姿が思い出せないだなんて……。
これで妻だと言えるのでしょうか。

「あなた、ご自分がディルの隣に相応しいとお思い?」
「…………」

女性の言葉に、私は何も言えません。
言えるはずがありませんでした。
私は視線を落とし、下唇を噛みました。
情けないです。
自分が情けなくて、情けなくて、今にも涙がこぼれ落ちてしまいそうです。
ですが、私は今、ディルバーノ様の妻です。
セトリナス家に名を連ねる者として、お客様の前でみっともなく涙を流すようなまねは出来ません。
私はきゅっと口を引き結び、女性の目をまっすぐ見つめ返しました。

「申し訳ありませんが、本日はお帰りいただいてもよろしいでしょうか」

思っていたよりも固い声に、自分でも驚きました。
女性は睨むように私を見つめ、それからフッと笑いました。

「もうしばらく、あなたにディルを貸して差し上げますわ。生きるのが辛くなる前に、返してくださいませ」
「…………」
「それでは、ごきげんよう」

女性が退出し、部屋の中には私だけ。
言葉に言い表せないドロドロとした感情が、胸の辺りにわき出てきて、私はぎゅっと、胸元を強く握りしめました。
……どうすれば、いいのでしょうか。
きっと、あの女性はディルバーノ様の恋人なのでしょう。
いつからお付き合いしているのかは分かりませんが、私との結婚に乗り気ではなかったご様子から、たぶん結婚前からだと思います。
こういった場合、私はどうするべきなのでしょうか。
私とディルバーノ様は政略結婚です。
結婚が決まるまで、お名前もお顔も知らなかった、愛のない結婚。
ですがそれでも、私とディルバーノ様は結婚し、事実上は夫婦です。
妻として、私はどうあるべきなのでしょうか。
どんな態度をとるべきだったのか、どんな言葉を告げるべきだったのか、いくら考えてもわかりません。
ディルバーノ様からは、干渉しないよう言われましたが、この場合はどうすれば……。
妻としてなら怒るべきなのでしょうか。
ですが私には怒る理由もありませんし、干渉しないよう言われています。

「おかあさま……」

こんなとき、お母様がいたら……。
10歳のときに亡くなった、大好きなお母様。
私と同じで政略結婚だったけれど、お父様と愛し合っていた、美しいお母様。
お母様が生きていたら、こんなときどうするべきか、教えてくれたのでしょうか。
もし、お母様が……。



その日の夜、初めてディルバーノ様が私の部屋にいらっしゃいました。

「お帰りなさいませ、旦那様」
「……ああ」

いったい何しにいらしたのか、上の空のご様子で室内をキョロキョロと見渡すディルバーノ様。
そのお姿に、あぁ、そういえばこのようなご容姿でした……とぼんやり思いました。
ですがきっと、明日になればまた忘れてしまいそうな予感がします。
ディルバーノ様はとても容姿端麗なお方で、どちらかと言えば一度見たら忘れられないようなご容姿です。
私も貴族の娘として、一度見た方は忘れないと自負していたのですが……。
どうしてかディルバーノ様のお姿が、記憶に留まらないのです。
これでは本当に、妻失格です。

ひとり静かに落ち込んでいると、ようやくディルバーノ様が私の方を見ました。
ですがやはり、私と目が合うことはありません。

「俺になにか、言いたいことはありますか?」

ようやく口を開いたかと思えばそんな台詞で、ついついポカーンと口が開いてしまいました。
言いたいこと……。
それは結婚式の日にディルバーノ様がおっしゃった内容についてでしょうか。
それについては、いくつか聞きたいことはありますが……どうして今になって?
そこまで考えて、はたと気づきました。
ディルバーノ様がおっしゃっているのは、今日のことだ、と。
きっとディルバーノ様は恋人のご訪問を知っているのでしょう。
ですから私が余計なことを言っていないか、余計なことをしでかさないか警戒しているのかもしれません。
ツキン、と心が小さく痛みました。
それほどまでに、ディルバーノ様はあの女性を愛しているのです。
それなのに、私は……。
いくら政略結婚とはいえ、愛し合うお二人の仲を引き裂いてしまったことに、胸が痛みます。

「いいえ。何もございませんわ」

私は罪悪感を押し隠して、笑みを浮かべました。
お父様と領民のために、ディルバーノ様のお気持ちを無視して結婚したのですから、私が後悔などしてはいけないのです。
ディルバーノ様の前では絶対に。

あの後一人で考えて、私は決めたのです。
ディルバーノ様の妻として、私はその役目を果たすと。
もちろんディルバーノ様から言われ通り、干渉はしません。
本当の夫婦にもなりません。
私はセトリナス家に恥じない、相応しい妻になるのです。
ですから、ディルバーノ様に本当に愛する方がいても、私は何も言いません。
実際は私が割り込むような形になっていて申し訳なさでいっぱいなのですが、あの女性にはディルバーノ様の愛人でいてもらうつもりです。
本来ならば私が身を引くべきなのでしょうが、私には護りたい人達がいますし、これは貴族と貴族の契約によって交わされた結婚です。
無かったことにはできません。
ですから、愛人という立場で甘んじていただければと思っています。
それに、貴族では愛人を何人も囲うのは珍しくありません。
余程の事をしない限り、咎められることはないでしょう。
私はディルバーノ様の妻として、口を閉じていればいいのです。

ディルバーノ様はそんな私の態度に何を思われたのか、苦虫を噛んだようなお顔をされた後、無言で退出されてしまいました。
音もなく閉まったドアに、私はそっと息を吐き出しました。
これでよかった、のですよね……。
先程のやり取りで、ディルバーノ様には私が余計な口出しをするつもりは毛頭ないと、伝わったはずです。
あとはディルバーノ様からあの女性に伝えてくだされば、今まで通りお二人は愛し合うことができます。
結婚はできませんが、幸せにはなれるはずです。
私は恋をしたことがないのでわかりませんが、愛があればどのような状況でも幸せなのだと、最近読んだ小説に書いてありましたので、間違いないはずです。

私の考えが正確にディルバーノ様に伝わったのか少し不安がありますが、ここは伝わったと信じましょう。
不安で悩んだりなんてしたら、せっかく体調が落ち着いたというのに、またベッドに戻ることになってしまいます。
気持ちが弱っていると、体も弱ってしまいます。
ですから今日のことはひとまず、無事に解決できたということにしましょう。
もし誤解があったのならば、そのときに解決すればいいんですものね。

それに明日からは、やらなくてはならないことがたくさんあります。
結婚して早々、体調を崩してしまったばかりに、妻としてやるべき事が何もできていませんからね。
元気なうちに一通り見て回って、役目を果たさなくてはなりません。

「頑張らなくちゃ」

私は小さく呟いて気合いを入れると、就寝の支度に取りかかるのでした。




「ねえルクス。使用人を一度ホールに集めてもらえるかしら」

朝食のあと、今日の予定を聞きに来た執事のルクスに、私は内心とてもドキドキしながら訊ねました。
ディルバーノ様の妻として、今日初めて行動するのです。
緊張せずにはいられません。
それでも私は、そのような気持ちをおくびにも出さず、ほんのりと笑みを浮かべて優雅に毅然とした態度で言いました。

「畏まりました。少々お時間をいただきますがよろしいですか?」
「ええ」
「では直ちに召集して参ります。何かございましたら、遠慮なくお呼びくださいませ」

そう言って綺麗なお辞儀をして部屋を出ていくルクスを見送って、私はそっと息を吐き出しました。
大丈夫、おかしなところはなかったはずです。
ルクスの態度にも、私を咎めたり訝しむような点は見られませんでしたし。
きちんとセトリナス家の妻として、振る舞えたはずです。

あぁ、ですがルクスはセトリナス家に仕える執事です。
私のような田舎男爵家からやって来た小娘に、伯爵家に仕える執事の心情を察することなんてできるはずがありません。



【未完】

 
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