路地裏ポストの三匹便 —ミスケ・あんこ・源さん—

あき

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3匹の不思議な猫

第1話:雨と鈴と、赤いポスト

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 そのポストは、夕立のにおいがする時だけ、町に現れる。
 商店街のいちばん外れ、誰も見向きもしない古い駄菓子屋の軒先。雨音が看板を叩くたび、赤い四角はじわりと輪郭を濃くする。
「今日も、ひとつ匂うよ」
 茶トラのミスケが、濡れた鼻先をひくひくさせた。
「甘い……いや、すこししょっぱい。泣いたあとみたいな匂い」
「お菓子屋のあめ玉じゃないの?」あんこが丸い背中を丸める。
「違う、これは“言えなかったごめんね”の匂いだ」
 黒猫の源さんは尾をぴんと立て、駄菓子屋の片隅に立つ赤いポストを見上げた。投函口の隙間から、紙の擦れるかすかな息づかいが聞こえる。
 三匹は音もなく跳びのり、ポストの内側へするりと入った。ここは路地裏ポストの内側、手紙の迷路。薄青い通路には、まだ言葉になっていない気持ちが、糸のように漂っている。
「ほら、これだよ」
 ミスケが前足でそっと引き寄せたのは、雨ににじんだ封筒。宛名はない。表には丸いシールが貼られ、鈴の絵が描かれていた。封は閉じられていない。
「開けよう、合図はもう来てる」源さんが軽くくわえて封をめくる。
 中には短い走り書き——『鈴をなくしました。返したいです。でも、あわせる顔がありません』
「返したい相手がいるのに、怖くて行けない——そういう匂い」
 あんこが封筒の隅を撫でると、文字の震えが指先に伝わった。
「届け先は?」
「うん、雨のにおいと、犬の毛のにおいが混ざってる。……駄菓子屋の角を曲がって二筋、空き地の前の青い家だ」ミスケが顔を上げる。
「走ろう!」源さんが跳ねた。濡れたアスファルトに肉球の音が弾む。
 青い家の前には、少年が立っていた。傘もささずに、にわか雨をそのまま受けている。玄関の前で、小さな犬がくるくると回った。首輪には、欠けた鈴。
「ここだね」
 三匹が塀の上に並ぶと、犬が気づいて小さく吠えた。少年はびくりと顔を上げる。
「……だれ?」
 ことばは届かない。ただ、三匹が持つ手紙の匂いに、少年の目がかすかに揺れる。
 ミスケは封筒をそっと落とし、少年の足元へ滑らせた。少年は迷った末に拾い上げ、震える指で文字を読む。自分が書いた字だ、と思った。昨日の塾の帰り道、空き地で、友だちとボールを蹴っていて。ぶつかった拍子に犬の鈴を飛ばしてしまい、探しているうちに、友だちは「大丈夫だよ」と笑って帰ってしまった。自分だけがひとり、空き地で立ち尽くして、家に帰ってから書いた言葉——投函する勇気の出なかった“ごめん”。
 玄関が開いて、少女が出てきた。少年より少し小さく、黄色いレインコートを着ている。
「ケンちゃん、来てたの?」
 少年は手紙を握りしめたまま、顔を上げられない。犬——ポチはうれしそうに尻尾を振り、三匹の足元でくんくんと匂いを嗅いだ。
 あんこがそっと、犬の首輪に鼻を寄せる。鈴はやっぱり欠けている。でも、音はまだ鳴る。濁った、でも確かな音。
「……あの、ポチの鈴、ぼくが……」
 少年の言葉は雨に溶けた。少女は首を横に振る。
「知ってるよ。昨日、見てた。空き地で、ずっと探してたのも」
 少年は驚いて顔を上げる。
「鈴ね、うち、引き出しに同じのがもうひとつあるの。おじいちゃんが二つ買ってきてくれてさ。替えようと思ってたんだ」
 少女は笑って、家の奥へ駆けていった。ほどなくして戻ると、小箱を差し出す。中には同じ形の、小さな鈴が光っていた。
「だから、その……わたしのほうこそ、昨日、何も言えなくてごめん」
 少年は息を呑んだ。雨音が、少しだけ遠くなる。
「ぼくも、ごめん」
 交換の手が伸びる。欠けた鈴と、新しい鈴が、掌の上で小さく鳴った。その音は、雨の粒をほどくように、軽かった。
 三匹は塀の上で身を寄せ合った。
「配達、成功だね」源さんが胸を張る。
「ぼくら、なにも渡してないけど」あんこが首をかしげる。
「渡したよ。“最後の一歩”を」ミスケが目を細めた。
 雨雲の切れ間から、薄い陽がのぞく。商店街のほうで、風鈴がいくつか鳴った。
「帰ろう。ポストが消えちゃう」
 三匹が跳び降りると、赤いポストの輪郭は、もう雨の色に溶けかけていた。投函口の奥には、次の気配——紙ではない、柔らかい布の匂い。
「次は……ぬいぐるみ?」
「たぶんね」
 猫たちは濡れた背をぶるりと震わせ、路地裏へ消えた。町は何事もなかった顔で、夕方を迎える。けれど、二つの鈴の音だけが、少しだけ澄んだ。
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